隠居になったんだからそれにふさわしい形(なり)をしようと無精髭をそのままにしたりピンクのポロシャツ(隠居にふさわしくないか)を着たり苦労している。
和服で落語を聴きに行くのも隠居だ。

先日会津で買った桐の下駄を履いていこう。
東京駅「江戸の市」で買った大津絵の巾着ぶら下げて。

(猪苗代の何でもやさん、おばあちゃんがいろいろ瓶詰など商品を御馳走してくれる。ここで下駄を買ったのだ)
ところが肝心の着物がない。
20代の頃着た浴衣があるけれど、これは手術で入院したときに着るためのものになっていて、今着ていくと病院から抜け出した隠居と思われる。
おじいちゃん、どこから来たのー?お名前は?あら、言えるのね
なんて。
しょうがないから甚平にする。
これも家の中とか近所歩きに使うもので、畏れ多くも天皇陛下のおひざ元にして最高裁判所のお隣という国立演芸場に着ていったら不敬罪かもしれない。
でも俺は寄席に行くのであって天皇に暑中見舞いに行くわけじゃない。
最高裁にいちゃもんつけることはいろいろあるけれどそれが目的でもない。
誰が建てたか(ゼネコンに決まってるって?)知らんがこんなとこに演芸場を建てる方が悪いんだから甚平で押し通すことにした。
こう見えて意志堅固が取り柄(頑固ともいうらしい、融通がキカナイ?うるさい!)。

(山梨から桃を送っていただいた。台所で立ったまま皮を剥いて流しの上で食べた。甘くて汁がいっぱい垂れた、それを読んでお行儀を二の次にした俺は賢いのだ。能なし隠居と侮らないでほしい。皮を途中切れることなく剥くのもすごくない?)
玄関で下駄を履いたら滑った。
何年ぶりかで下駄の新しいのを履いたらバランスが取れない。
これであの高齢者に優しい地下鉄の駅を歩いて行くのはキケンだ。
しょうがないから履きふるしたゴム底の下駄まがいの草履をつっかけていくことにした。
大雪山で引き返す勇気と判断力をもった能なし隠居だ。
ますます、最高裁で被告人と面会に行くようだ。
国立演芸場についたら、思いもかけず知り合いと遭遇。
形(なり)に自信がなくとも見知らぬ人ばかりだと案外平気でも存じよりの、しかもハイセンスのレデイたちに見られるのはこっぱずかしい。
まあ、
靴底が剥がれてペタンペタン歩いたのを目撃された方々だから、いまさらジローだ。

(これも隠居祝い。俺よりも15歳上の方にいただいた。新しい時を告げてくれそうだ)
喜多八が「盃と殿さま」
大名は大名だけの暑さかな
、その大名が
大名の遊びとはかくありたいもの
と風流を解する大名が感嘆するようなおおらかな風流を遊ぶにしてはイマイチ軽い滑稽な大名になってしまった。
それはそれで楽しくていいけれど、喜多八は泥棒とか間抜けが相棒と好い間でポンポンやるのが一番だ。
これは小満んの大名にはかなわない。
「目黒のさんま」も小満んはいいものなあ、って脱線です。

御大・小三治は「茶の湯」を一時間。
裸一貫、小僧から夜の目も寝ずに働いて蔵前の大店を創った旦那が隠居する。
だみ声のオッサンが口をひん曲げていってくれたように「働くしか能がない」からせっかく風流人の里・根岸にお気に入りの定吉を連れて瀟洒な家に住んでもやることがない。
日がな長火鉢を抱いている。
定吉が提案するには「茶の湯」をやりましょう。
あの緑色の粉はなんだ?私が買ってきました、青黄粉、これです。
いくら掻きまわしても泡立たないぞ。
アァ、これです、椋の皮(石鹸代わりに使われていた)をいれましょう。
モノ凄い泡だなあ、これはフ~っと向こう岸に吹いて、ほら、空き地が出来るだろう、それをすっと飲む、こうして、、ムツッっつ。
う~ん、風流だなあ(それまでのしかめっ面からなんとも素晴らしい笑顔になる)。
さあ、定吉、お前も早く呑んでごらん。
多くの噺家はこの場面や、その後で長屋の衆がすったもんだの上で茶を飲まされてする百面相などに工夫を凝らして笑いをとる。
小三治のもとても面白くて腹の皮がよじれる。
だが彼の百面相は総じて上品なのだ。
むしろ小三治の噺で俺が好きなのは定吉と旦那の掛け合い。
お互いに信じあって頼りにしている。
ユーモアが通じるいたずら好きの二人。

(わしもついとるけんのう)
太郎ちゃん、心配無用だぜ。
好い部下に恵まれていれば(それはいい現役だったということだが)能なし隠居もやっていけるさ。
それよりも世襲の肩書にしがみつく諸君こそ肩書きがなくなると
ほんとの能なし、肩書しか能のない人じゃないのかい^^。
他に一琴「真田小僧」、禽太夫「臆病源兵衛」、世津子「奇術」