“業”を虫眼鏡で見ると? 車谷長吉「金輪際」(文春文庫)
2009年 03月 30日
屈折、屈托した田舎出の学生と東京育ちのお嬢さんの恋愛。
文通で知り合った。(「ある平凡」)
主人公(車谷)と俺は年頃が似ている。
落語好きで役者になりたかったなんてところもちょっと通じるものがある。
俺が役者になりたかったってわけじゃないけれど。
初恋は成らず、別れて13年、再会はデパートの屋上、女は子ども連れだ。
四つ、「こないだとみ子のお母ちゃん薬のんだんやでえ」と女のいない時に言うのだ。
母子の生活を想像しながら読んでいると、傍らのラジオから小説のBGMのように、バイオリンの咽び哭くような音が流れてくる。
クロイツエル・ソナタだ。
激しく渦をまいて迫って来たかと思うと、ふっと諦めたかのように、いっとき安らかに舞う。
それを優しく受け止めるかのように、後押しするかのようにピアノが鳴る。
バイオリンが又力強く激しく前に出る。
俺は突然既視感に襲われ軽い目眩がする。
学生時代、寮で貸出す僅かな、ほとんどが擦りきれたレコードの中にクロイツエルがあった。
応接室のステレオで何度も聴いたのを思い出した。
レコードを聴いた思い出だけではない。
小説によって呼び覚まされた学生時代に始まる生々しい錯誤・過ちの思い出がグラッと足元を揺すった。
曲が終わってアナウンサーの声でここが日本ではないことに気づいた。
済州のホテルで学生時代の感覚をリアルに取り戻す。
不思議な感覚だ。
この短篇集も不思議な感覚に溢れている。
私小説家と謂いリアルな書き方はしているけれど、人間の業、生きていることに内在する怒り、苦しみ、妬み、貪り、恨み、憎しみ、、出来れば認めたくない業をぎりぎりと抉り虫眼鏡でみたように拡大して見せてくる。
ほら、凄いだろ!
驚くなよ、お前にも立派にでっかいやつがあるんだぞ!
そうすると細密描写が幻想的に感じられるのだ。
皮膚の表面を虫眼鏡で視たように。
それは本当なら恐怖小説になっても不思議ではない感覚なのだが、寧ろある種の滑稽味とか俳味を感じるのは俺が変なのか?
太宰治の自虐に通じる。
太宰にも奇妙なユーモアがあるじやないか。
だいぶ前に最初の一編だけ読んでそのままにしておいた文庫本をぴょいとバッグに放り込んで、済州のホテルの朝、読み始めたら面白くて帰りの飛行機で読み終えた。
着陸体制に入って読み終えたので、最初の一編「静かな家」をもう一度読んだ。
いよいよ怪奇小説を感じた。
切なくて無気味で、やっぱりどこか剽げている。
先ほど帰国しました。
コメントへの返信など明日にします。
名前だけは憶えてます。珍しい名前ですから。
何を書いたんだろう、とググってみますと、松岡正剛の「千夜千冊」がヒットしました。『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞を取った作家ですね。そういう映画があったのも憶えています。
「直木賞作家」で、しかも「私小説作家」なのですね。
白州正子は「こわい」といい、松岡正剛は「おぞましい」という。
「読みたい」と「読みたくない」が格闘してます。
何を書いたんだろう、とググってみますと、松岡正剛の「千夜千冊」がヒットしました。『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞を取った作家ですね。そういう映画があったのも憶えています。
「直木賞作家」で、しかも「私小説作家」なのですね。
白州正子は「こわい」といい、松岡正剛は「おぞましい」という。
「読みたい」と「読みたくない」が格闘してます。
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saheizi-inokori at 2009-03-31 07:11
きとらさん、確かにおぞましく怖いかもしれません。
又読む人によっては惰弱で女々しいとも。
いろんな意味で太宰に似ています、と私は思います。
この短編集を読むと「赤目、、」という傑作はどういう手順で熟成していったかが感じられます。
又読む人によっては惰弱で女々しいとも。
いろんな意味で太宰に似ています、と私は思います。
この短編集を読むと「赤目、、」という傑作はどういう手順で熟成していったかが感じられます。
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旭のキューです。
at 2009-03-31 07:38
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海外旅行は、そこにいるだけでも楽しいですよね。私も、9日からベトナムにいってきます。
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kaorise at 2009-03-31 11:40
saheiさん、読むのが速いんですね!
わたしノロノロ脚注を読みつつ、たまにはネットで調べつつ、読むもんだからありゃ?何読んでたんだっけ???なんてことになるんです。
おかげでオタクな雑学オンナでござる。
わたしノロノロ脚注を読みつつ、たまにはネットで調べつつ、読むもんだからありゃ?何読んでたんだっけ???なんてことになるんです。
おかげでオタクな雑学オンナでござる。
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saheizi-inokori at 2009-03-31 11:49
kaoriseさん、そういう読み方に憧れています。少しづつ近づいていますよ。単に老化で遅くなっただけかもしれませんが^^。
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saheizi-inokori at 2009-03-31 11:50
旭のキューです。さん、ベトナム、いいなあ。
美味しいものがたくさんあります。
美味しいものがたくさんあります。
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74mimi at 2009-03-31 13:53
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saheizi-inokori at 2009-03-31 14:49
74mimiさん、美味しくて栄養満点、最高の食べ物です。
それだけで食べても酒の肴にもご飯のおかずにもなります^^。
成田から直行便が行きは3時間、帰りは2時間くらいでしょうか、成田空港の中で随分走るのが気になります。
それだけで食べても酒の肴にもご飯のおかずにもなります^^。
成田から直行便が行きは3時間、帰りは2時間くらいでしょうか、成田空港の中で随分走るのが気になります。
お粥美味しそうですね。中国ホテルの朝食で食べて以来、この頃は食べていませんので食べたくなりました。
2年前、車谷長吉さんの本「鹽壺の匙」を読んだのですが、私小説とのこと、内容はあまり覚えてない(我ながら唖然としました)のですが、凄い人生に驚いた覚えがあります。
2年前、車谷長吉さんの本「鹽壺の匙」を読んだのですが、私小説とのこと、内容はあまり覚えてない(我ながら唖然としました)のですが、凄い人生に驚いた覚えがあります。
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saheizi-inokori at 2009-04-01 00:21
tona さん、私小説といってもフイクションもかなり入っていると思うのですが、まあ、確かに壮絶な半生ですね。
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イネ
at 2009-04-03 10:34
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>クロイツエル・ソナタだ。
激しく渦をまいて迫って来たかと思うと、ふっと諦めたかのように、いっとき安らかに舞う。
それを優しく受け止めるかのように、後押しするかのようにピアノが鳴る。
バイオリンが又力強く激しく前に出る。
ヤナーチェクのクロイツェルソナタですか?
3月にカザルスホールで聴きました。
saheiziさんがおっしゃるとおりの感じでした。
美しいけれど、どこか不安定な曲。
飽かず聴いていた学生たちがいたのですね。
激しく渦をまいて迫って来たかと思うと、ふっと諦めたかのように、いっとき安らかに舞う。
それを優しく受け止めるかのように、後押しするかのようにピアノが鳴る。
バイオリンが又力強く激しく前に出る。
ヤナーチェクのクロイツェルソナタですか?
3月にカザルスホールで聴きました。
saheiziさんがおっしゃるとおりの感じでした。
美しいけれど、どこか不安定な曲。
飽かず聴いていた学生たちがいたのですね。
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saheizi-inokori at 2009-04-03 10:40
イネさん、ホテルのBGMです、アナウンスはあるけれど韓国語だから聴きとらない。
流しっぱなしで本を読んでいました。
流しっぱなしで本を読んでいました。
by saheizi-inokori
| 2009-03-30 23:58
| 今週の1冊、又は2・3冊
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Comments(12)