ものの哀れを知らぬは木石ぞ 狂言「41st ござる乃座」(国立能楽堂)

狂言 「牛盗人」

法皇の牛を盗んだやつがいる。
高札に、犯人を訴えたものはたとえ共犯でも許し、褒美には望むものをなんなりと与える。
訴え出てきたのは、10かそこらの少年(野村裕基)だ。
物々しい装束に長い顎鬚の牛奉行(野村万之介)の前に連れて来られて物おじもせず「藤吾三郎こそ牛盗人、大切な願いがござるによって訴人に及んだ」という、万之介奉行が「その証拠は?」と訊くと「そんなもの要らない、本人を連れてくれば対決してきっと白状させる」。

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太郎冠者(深田博治)と次郎冠者(月崎晴夫)が、藤吾三郎(野村萬斎)を家からおびき出して逮捕する。
三郎は後ろからはがいじめにした次郎冠者、前からかかる太郎冠者を見事に投げ飛ばす。
緊迫感にあふれた逮捕劇だ。
結局は後ろ手に縛りあげられた三郎(深田冠者と月崎冠者の動き、形がぴったりで萬斎のカッコよさを引き立てる。歌舞伎ならさしづめ和泉や!とでも声がかかるところ、クッキーになっちゃうな)。
奉行に対しても牛盗人など全く身に覚えがないと白を切る。
いかにもフテブテしい。
一回り大きくなったような存在感、悪者は大きく見える?

それまで、地謡座の前に背筋をしゃんとして微動だにしなかった少年が連れてこられる。
三郎が少年を見て驚いた。
我が子が目の前に端坐している。
それどころか、堂々と親に向かって「白状してしまいなさい」と言ってのけるではないか。

ああ、この子が生まれたときには男の子だと周りから羨ましがられ、妻と二人して苦労して育てた。
5つになれば、、、10になれば然るべきところで教えを受けさせ、15になれば元服だと先々を楽しみにして、いたのに、、、
アァ、それなのに、こうして父を死罪に訴えて出るとは恩知らず、もう子ではないわい、仇じゃわいやい!
先ほどまでのふてぶてしさとは打って変わって一人の傷ついた親になって嘆き怒る三郎だ。

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今はこれまでと罪を認め、亡母の法事が近づいているのに金がなくてやったことだ、お釈迦様の弟子にも同じ牛泥棒がいたではないか、などと弁解すれども、聞き入れる奉行にあらず、定めにより明日は死罪にと、ひったてられようとする、そのとき、
待ってください!
大きく手を広げて立ちはだかったのは大男ならぬ可愛い少年だ。
約束の褒美を忘れちゃいませんか
そうだ、すっかり忘れてた、万之介奉行がずっとやさしい好好爺になって
なにが欲しい?米か、金か?、、それとも饅頭か?
そんなものは要らない
犯人の命をください
それはだめだ、なに奉行は嘘をつくのか、一歩も引かない坊やだ。
私が訴人しなくてもいつか捕まって、死罪になるはず。それで私が訴人して出て命を救おうと思ったのに、聞き届けて貰えないならば、この私も一緒に死罪に
あっ晴れ、大きな声で言い終えるとエ~ンエ~ン、小さな手を目に泣きだす。
あっつあっつあっつ、たまらず三郎も嗚咽、息子に向かい、先ほどの暴言を許してくれと謝る。

牛奉行もオッオッ、貰い泣き
ものの哀れを知らないならば唯木石に異ならず
縄を解くように二人の冠者に申しつけると、二人もウッウッウッ
泣きながら喜んで縄を解く。
やれ嬉しや牛泥棒、たちあがって息子の方へ歩み寄るその三郎は生まれ変わった真人間、なんとも穏やかないい顔と優しい親になっている。
かくて伴いたち帰り
野村万作、石田幸雄、竹山悠樹、高野和憲、岡聡史が親子の幸多きその後の人生を謡う中、二人仲良く退場していく。

こんな狂言は初めてだ。
ほとんど笑いはない。
牛奉行の高札についての説明、少年による訴人、二人の冠者による捕り物劇、取り調べ、親子の対決、少年の父を救わんが為の必死の訴え、奉行の慈悲、親子の歓喜と再出発を寿ぐ大団円。
100分あまり、次から次へ息継ぐひまもなく場面が変って飽きさせない。
ひとつの能舞台を使って大道具も小道具もないのに新しい場面を眼前に彷彿と感じさせる。
狂言という芝居の特徴をフルに生かして演劇の面白さを堪能させた。
登場する役者、みんなよかったが何といっても子方の裕基が立派、というよりこの曲は子方がポシャッたら全部ダメだろう。

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順番は逆だが
狂言 「成上り」
狂言 「八句連歌」

どちらも素晴らしかった。
「成上り」の太郎冠者・石田幸雄の滑稽な演技は抱腹だった。
主は高野和憲。いい感じ。

「八句連歌」は野村萬斎(貧者)と野村万作(何某)親子が連歌によって借金の言い訳と催促を当意即妙に行う。
落ちぶれた貧者が「貧すれども品はなくさず」という風格をみせて風雅の喜びを表す。
それに感じた何某が借金を棒引きにする。
落語の「掛け取り万歳」を思い出させた。
先に書いた「牛泥棒」もそうだ。
“木石にあらず、ものの哀れを知る”、そういう時代があったのか。
なかったからこそこういう狂言や落語が喜ばれたのだろうか。
Tracked from 好都合な虚構 at 2009-03-22 11:02
タイトル : 犬畜生にも...    
Charlieがいなくなってから1週間、ようやくDickも諦めたようです。昨日の夕方には10日ぶりぐらいで相撲を2番取ってとってやりました。現役のラガーを引きずり倒したり、プロレスラーを突き倒したりするヤツが相手ですから2番が限度。 そして昨夜の夢には昔の会社の連中は現れず、代わりにシェルティのAndy、コッカースパニエルのBugsy、そしてCharlieが揃い、Dickとドンチャン騒ぎをしていました。 これまで複数頭のイヌをいつも室内で飼ってきて感心するのは家族、群れの中での...... more
Commented by HOOP at 2009-03-21 22:13
木石ならざらんとして、木石になっちまってる人の多いこと。
Commented by antsuan at 2009-03-21 23:34
そういう時代があったと信じたいです。
Commented by きとら at 2009-03-22 09:07 x
>“木石にあらず、ものの哀れを知る”、そういう時代があったのか。
 
 喜怒哀楽の哀なら、いつの時代、どの民族にもありますが、「ものの哀れ」は特定の時代の情緒でしょう。
 その庶民バージョンが歌謡曲。「昭和枯れすすき」まででしょう。平成時代にはなくなりましたね。今後不況が進行しても、「平成枯れすすき」は歌われないだろうと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2009-03-22 09:44
HOOPさん、なってしまっている、結果じゃなくて意識的になっている人も多いですね。
石から生まれた孫悟空かって^^。
Commented by saheizi-inokori at 2009-03-22 09:45
antsuanさん、江戸の庶民たちにはこういう感じがあったと思います。
又私が子どもの頃はそういう気風は当たり前でしたが、、。
Commented by saheizi-inokori at 2009-03-22 09:49
きとらさん、唱歌もそうかもしれないですね。
柳の根方で濡れている子に傘を貸してあげる子ども、歩きはじめたみよちゃんの泣き声に同情する、、。
Commented by 旭のキューです。 at 2009-03-22 16:16 x
「犯人の命をください。」ですか。素晴らしい子供ですね。内の倅はどうかな~
Commented by saheizi-inokori at 2009-03-22 16:59
旭のキューです。さん、ピンポンの相手がいなくなっちゃうから牛を盗まないでくださいよ。
Commented by tona at 2009-03-22 17:00 x
いいお話です。今、こんな子がいたら嬉しくなってしまいます。

関係ないのに「ベニスの商人」を思い出しました。
Commented by gakis-room at 2009-03-22 17:11
勧進帳,熊谷直実などを思い出しながら,情(なさけ),面目なんてことも浮かんできましたが,久しく手にしていない「泉谷のクッキー」にすべて追い払われてしまいました。木石だなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2009-03-22 18:50
tona さん、今こんな子は?どうでしょうねえ。
私は心情において親と生死を共にしたい、親のためなら一命を投げうつ気持ちの子はいると思いますが、その子がこれほど利発で勇気をも兼ね備えているとなると、さて稀有でしょうね。
いや、一命を投げうつことが一番のネックでしょうが。
Commented by saheizi-inokori at 2009-03-22 18:53
gakis-roomさん、あのクッキーの空き缶を鍋代わりにしてインスタントラーメンを食べたのです。
学生寮の共同洗面所にあった電熱器にのっけて。縁に触ると熱くて火傷しました。
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by saheizi-inokori | 2009-03-21 22:07 | 能・芝居 | Trackback(1) | Comments(12)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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