テロが起きるか? 佐藤優「テロリズムの罠 左巻 新自由主義社会の行方」(角川ONEテーマ21)

「日米開戦の真実」「ナショナリズムという迷宮」「国家と神とマルクス」「自壊する帝国」「国家の崩壊」「国家の自爆」、このブログには書かなかったが「国家の罠」も、佐藤優をずいぶん読んだ。
彼は書き過ぎかも。
外務(情報担当)官僚として沈黙を強いられていた分が堰を切ったのか、ハタマタ憂国の情モダシがたいのか、本屋には佐藤本が平積みになってどれも面白そうな表題で食慾をそそる。
「2008年は最悪の年で、あのときに国際秩序が大きく悪い方向に転回した」と後世の歴史家が評価するのではないか
と危惧する筆者。
そのひとつは8月のグルジア・ロシア戦争で、国家間の懸案を解決するのに武力行使が安易に行なわれるようになったこと。
もう一つはリーマン・ブラザーズの破綻を契機として新自由主義に基づくグローバル資本主義が終焉する可能性がでてきた。

これは新自由主義に歯止めがかかるという意味では積極に評価できる事態かもしれない。
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新自由主義は「小さな国家」を理想とするから治安、外交、防衛など国家の強制力(暴力)を背景に職務を遂行する部分のみが突出して、国家の持つ暴力を加速する。

小泉が靖国を参拝したのは、民族や国家に重きを置いたからではなくて中韓を刺激し、日本人のナショナリズムを刺激して自己の権力基盤を強化しようとしたに過ぎない。
日本遺族会を取り込むことで旧経世会の切り崩しを図ったのだ。
そのときに靖国参拝は「心の問題である」としてアメリカ=新自由主義と正面衝突するようなこと(たとえば東京裁判の見直し)は賢明に避けている。

安倍が小泉の路線を保守主義に変えようとしたが、官僚の力を軽く見すぎていたことと、新自由主義を克服するのには若干の変更などでは間に合わない大きな世界観の変更が必要なことを本人も当時の政治エリートも気がつかなかったから、何も出来ず最後まで暫定政権の色を払拭できなかった。
その後の福田=「与謝野・麻生政権」も格差問題を念頭にした「アナウンスなき脱小泉路線」であってどこに日本・世界を向かわせるかの理念は見当たらない。
新自由主義を市場競争の論理で批判することはできない。商品や貨幣は自明のものではなく、近代資本主義の成立とともに人間の生活を支配するようになった。(略)(そういう社会を前提としている近代経済学ではなく)マルクス経済学やカール・ポラニーの経済人類学のような、幅広い教養と歴史認識に裏付けられた経済哲学をもたなくては現下の日本と世界が陥っている危機を理解することはできない。

現状の閉塞状況が続くと、テロかクーデターが必ず起きると筆者は危惧する。思い詰めた、日本を愛する人々が、暴力によって「世直し」を試みると、その結果、国家が暴力性を高める。この認識を共有することがテロやクーデターの歯止めになる。そのために思想がもつ力をいまここで発揮しなければならない。
秋葉原無差別殺傷事件の直後執行された3人の死刑囚について、特に陸田被告の遺した手記に「金」の物神化についての言及を見出す。
「金銭目的で人を殺した」ということがすぐ納得できる人は、以前の私(陸田)と同じく、その全的目標のためなら人間は殺人でも何でも出来る、つまり自分もそう思うと考えている訳で、これは大変な思い違いです。
弱体化している日本国家は秋葉原の社会へのテロに周章狼狽して陸田・宮崎らの上記のような情報発信力をこの機会に断ち切ろうと考えて百何人もの未執行者の中から判決確定後短期間の3人を選び出したのだ。

小泉・竹中によって強力に推進された新自由主義は個人をアトム(原子)化する。
民族や国家に重きを置くのではなく個人や個別企業が繁栄すればよいのだ。
アトム化されバラバラになった日本人は、同胞に対する想像力が物凄く狭い範囲にしか及ばなくなっている。
新自由主義による猛烈な貧困層の増加とアトム化する社会は国民統合を内側から壊し、国家=官僚による税収奪を損ねる。
そして日本国家は弱体化した。
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権藤成卿(1868~1937)という尊王の農本主義者の紹介がある。
1932年、悲惨な信州農民の現状を嘆く座談会で”政府のボンクラ”を言う出席者に
そのボンクラな組織には誰がしたんでせう?法律でも規則でもあらゆる施設の一切合切は貴方方の代表者が決定したもんじゃありませんか。政府が悪いとか政党が悪いとか云ってその罪をみんな人に塗りつけるのは良くない。此の社会は結局自分のもの、民衆のものなのであるから民衆自身が考へて行かなければならないのです。
先日毒ガスよけマスクの記事を書いたら同じような趣旨のコメントを頂いたなあ(ジクジ)。
ここまで悪くなったのは40年も50年もかかって悪くなったのだから、それを元のように住みやすくするにはそれなりに時間もかかるという漸進主義者だ。
そういいながら
財閥、政党、官僚、軍人、、彼らは国家において養われる者たちであり彼らを養う者が一般国民だ。
此の養われる者が日増しに増加して支配力を振るうようになるとそれだけ養う者の血は絞られる。
革命ではなく民衆の下からの改革、農業に基づく改革を説く人らしい。
「君民統治論」という著作があるそうだ。

小説「蟹工船」が共産党を美化した観念小説であるという批判は、マアそんなものだろうと思って読んだ。
ナンセ「蟹工船」を読んでないから。
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俺も、単に経済不況と言うだけでなくリーダー不在、理念不在、信頼(国民相互・政治・行政への)不在、、いろんな意味で日本が極端に弱くなっていると思う。
クーデターとなるとピンとこない(そんな実行力が今の官僚軍人たちにあるのか)がテロは大いに心配だ。
そうなったときに権力側が今以上に締め付けてくることも想像できる。
Commented by きとら at 2009-02-23 23:14 x
>彼は書き過ぎかも。
 
 読み過ぎ、読み過ぎ。(笑)
 
 私も昔は少々左掛かっていましたから、マルクスを再認識しようという論者には惹かれるところがあるのですが、一方、今更マルクスでもあるまい、という思いもあり、佐藤氏の著作は敬遠しています。
 
 今の日本、「政治の劣化」の域を超越していますね。「劣化」の次にくる最低の状態を日本語で何と言うのですか? 麻生太郎の根性を何と言うのですか?
Commented by たま at 2009-02-24 00:14 x
3枚目の画像は、かの異国(南フランス)にて「春告げ花」として有名な「ミモザ」(英語読みではAcasia/マメ科アカシア属)の黄花でしょうか?
すべてに「ノンポリ」を自負していた自分をして、学生時代に美術部の女性に誘われ、ホイホイと「原子力空母エンタープライズ・佐世保寄港」を契機に初めて参加したデモ(あとで判ったことは、何と「民青」主催のものでした。)の後、その女性と川べりで口すさんだのが、たしか、西田佐知子の「アカシアの雨に打たれて・・・」のフレーズだったような・・・?
ちなみに、スペインの女工「カルメン」が口に咥えていた花は、ホントは高価な真紅のバラではなく、並木に花咲くアカシアの黄色の花房だったとか・・・?
ミツバチにはともかく、花粉症の人には辛い季節かしら・・・。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-24 06:56
きとらさん、右翼ではない愛国主義者とでもいうのか、目を啓かれることが多いです。
ややジャーナリステイックにすぎるようにも思いますが。
麻生たち、民主党も含めて、崩壊、腐敗、、、なんとも言葉をなくす、ってこのことですね。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-24 07:00
たまさん、mimiさんのブログで鮮やかなカリフオルニアのミモザを見て感心して改めて周囲を見たら日本にも多いのでした。
そしてこの写真を撮って帰ったら家のマンションの庭にもあったのですよ。
狭い庭とも言えないスペース、だから帰って見逃したのか。
いったい毎日何を見て暮らしているのかと情けなくなりました。
西田佐知子、懐かしいですね。
雨が好きだからあの歌も好きです。
Commented by tona at 2009-02-24 09:17 x
権力側が今以上に締め付けてきたら、恐ろしいです。戦中に戻ることはないでしょうが。
思想が持つ力を発揮・・ただただテレビや新聞の報道に考えもなしに文句や批評をしている浅はかな自分がいます。哲学的であれ、そうでなくても思索することもなく、勉強不足の日々の連続であったと、佐平次さんの論文で反省。自分の意見がなくて、人に迎合しているだけなのですよ。

このアカシアはかなりの大木なのですね。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-24 09:54
tonaさん、小泉の悪口を言ってたその口で麻生批判を肯定的に繰り返し持ち上げるメデイア、人々の脳髄に刷り込まれていく小泉のイメージ、怖いです。
Commented by antsuan at 2009-02-24 10:08
新自由主義の欠点は独裁主義も許容してしまったところにあるように思います。
石原莞爾がしっかりした国家戦略、アジアの平和構想を持っていたように、小泉さんもしっかりした国家構想を描いていたと思うのです。そういう戦略家の足を引っ張る無能官僚達を排除しないと、国民は本当にテロリズムの罠に嵌まってしまうのではないでしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-24 11:04
antsuan、新自由主義というものは本質的にグローバルな方向、国境をなくそうという方向に進むような気がします。善悪・好悪は別として。
そこが保守主義と異なる所以でかなり大きな違いではないかと思います。
未熟ながら、。
Commented by gakis-room at 2009-02-24 13:19
権藤成卿は農民自治と天皇を直結させた一種の無政府主義だったように思います。この限りにおいて,政・財・軍の癒着が進行する当時では批判思想になり得たのではないでしょうか(自信なし)。

産経新聞の世論調査によると「総理にふさわしい人」の第2位が,跡目を子どもに相続させた小泉です。これが恐ろしい。いつも思い出すのは「政府の悪さは国民の悪さに比例する」(ヘーゲル)という言葉です。
Commented by MAKIAND at 2009-02-24 13:21
私はとにかくもっと若い人たち、これからの人たちに希望と確約をと願います。
若い人たちが安定してくれないとこれからの日本の社会は全く希望が持てない、その上逃げ場もない。若い人たちがもっと意見を言える、選べるような教育が必要ではないかと思いますが。昔からの延長の時代ではあるにしても、今は今の人たちがもっと考えを表に出せる場とその影響が社会に反映されるような制度が欲しいと思います。クーデターとかテロは今の日本人は考えたりはしないと思います。考えても仕方ないと諦めてる人が多いのではないでしょうか。いろんな意見を持っても、結局、こんなこと言ってもどうしようもないよねで終わってしまいます。
Commented by convenientF at 2009-02-24 14:37
私も「佐藤優」は手当たり次第読んでいます。

>新自由主義に歯止めがかかるという意味では積極に評価できる

「個人を改造する」、そして「富裕への競争に敗れたヒト」「老人を含む弱いヒト」を汚物のごとく処理する新自由主義は、経済思想、経済活動のスコープから大きくはみ出しており、私は「邪教」と呼びます。邪悪さ、残虐さの程度と影響範囲においてオウムを遙かに超え、ナチも共産主義をも凌駕する代物です。
私は「国家」や「組織」を「個人」より上位の概念とみなしましません。「国家」や「組織」といった概念をになぜか非常な嫌悪を抱いています。私はすべての「個人」を最上位に置きます。

>日本が極端に弱くなっていると

日本は未だに経済大国、工業技術の最先進国だと思っている人がいるようですね。とんでもない錯覚ですよ。個人の生活水準ではフランスや北欧に遙か及ばず、ITリテラシーでも他のアジア諸国に追い越されてしまいました。
江戸時代から日本民族の最大の強みと言われてきた庶民の教育水準でもOECD加盟国の中では下位になっています。

こんなオイラたちに誰がした~。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-24 20:45
gakis-roomさん、彼はいろんな肩書がつけられる、いわばオリジナルな思想家なのでしょうね。
穏健なようで出す片っ端から発禁になったようです。佐藤が彼を本気で押し出しているのかどうかよく分かりません。
ヒントではあるのでしょう、近経ではない、宇野=マルクスの線上で?
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-24 20:48
MAKIANDさん、まったくですね。
でもその若い人たちが深い考えなしに小泉的なものタモガミ的なものに付和雷同する恐れは多分にあります。
怖いです。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-24 20:52
CFさん、個人を生かすための国家を否定するわけではないでしょう。
いわば必要悪としての国家。
無政府主義というのは現実論としては現代世界には成り立ちそうもないですから。
私はそういう意味での国家必要論です。
その国家が弱体化すると強権発動に走るのが恐ろしいです。
Commented by convenientF at 2009-02-25 03:52
>いわば必要悪としての国家。
>その国家が弱体化すると強権発動に走るのが恐ろしいです。

そういうことです。マンションの管理会社のような行政サービス機能、医療保健、生活支援さえあればいいのです。

防衛なんて要りません。オーナーが代わっても住民サービスが維持されればいいのです。そんなケース、ヨーロッパではズーッと続いているじゃありませんか。

私が舌足らずでした。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-25 06:42
convenientFさん、マンションの管理会社も警備や排除、秩序維持の機能を期待されています。
ただそのマンションが豊かな住民で満たされ設備が堅固であればそういう“暴力的”な機能は表にでることはないのですが。
スラム化すると無法化してしまう。
その中間の状態でやたらと規制のうるさいマンションになるのかもしれません。
Commented by convenientF at 2009-02-25 07:46
>規制のうるさいマンションになるのかもしれません。

古い公営や公団の集合団地は既にスラム化していますね。さらに昨年暮れから発生した失業者をそれらの公的住宅の空室に収用し始めているので....

バブル時代に民間が開発したマンションも「売り切り」の住宅は惨めな状況になっているとか....

「売り切り」にはその危険があることと自分たちの年齢を考えて今の家は賃貸です。監視カメラの映像は管理事務所と警備会社の双方でチェックしていることになっています。実際に警備会社の車が急行してきたことがあります。

大家がテナントの職業にウルサイらしく、入居数ヶ月で追い出された人が結構います。契約書に虚偽記載があったようです。

ただ、この界隈ではアジアの外国人が人口の半分に近づいているそうですし、M党、K党、もう一つのK党の大幹部たちが軒を接して住んでいるので、老野次馬にとっては興味津々。

何か面白いことが起きたら報告します。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-25 09:49
convenientFさん、自分で書いておきながら、なんですが、マンションを国家にたとえるのは間違いかもしれません。
社会ではあっても。
国家は他の国家の存在を予定しているところがマンションとは違うような気がします。
自治的に警備するのと領土をめぐって戦うのは本質的に異なるのかもしれない。
Commented by convenientF at 2009-02-25 10:20
>国家は他の国家の存在を予定している
>領土をめぐって戦う

ありがとうございます。
これでスッキリしてきました。

>社会ではあっても。

私は社会に住んでいたいし、自分が住む社会は尊重します。自分が住む社会を構成する人々の「健康で文化的な生活」は保証して欲しいのです。
しかし、竹島がどうなろうと、北方四島がどうなろうと、ましてや沖ノ鳥島がどこに帰属しようと興味はないのです。
Commented by saheizi-inokori at 2009-02-25 12:01
CFさん、国家(官僚)はその社会から収奪することにより成り立っています。社会が疲弊すると困るのは国家でもあるはずなのですがね。
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by saheizi-inokori | 2009-02-23 22:15 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(20)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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