ベストセラーを読みますか? 岡野宏文・豊崎由美「百年の誤読」(ちくま文庫)

1900年から2004年までのベストセラー100冊以上を改めて読み直した二人が読後感を楽しく戦わす。
率直にけなしたりからかったり讃嘆したりする。

居酒屋で飲んで、知ってる本のことなんかをアーダコーダ言うのって楽しい(相手にも寄るけれど)。
ちょうど隣の席のカップルがそんな調子で盛り上がっているようだ。
俺もその仲間になってソーダソーダとかエー、チガウダローとか合いの手入れてるような気分。
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戦前は取次店の売り上げデータなんてないからいろんな資料にあたって話題を呼んだ作品とかメルクマールと呼べる書籍を取り上げた由。

1900年は徳富蘆花の「不如帰」、「なんかもう、脱力するくらいベタな構図」(岡野)「にもかかわらず、(略)意外なほど楽しんで読めちゃった」(豊崎)。
1902年の尾崎紅葉・「金色夜叉」は「今の時代にあっても十二分に読むに耐える、これは傑作ですね」(豊崎)。

1941年、高村光太郎「智恵子抄」は「世評は高いんだろうけども、詩の技巧としてはどうなの?繰り返しが多すぎやしないか」(岡野)で光太郎の人間性は「典型的な自分大好き人間。イチローか、お前は」(豊崎)で「傲慢な上にイヤらしい」(岡野)。

1946年、第五位のサルトル「嘔吐」って「ホントに読んだのかよ、っていうか読めたのかよ、当時の日本人!」(豊崎)。
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(雑司が谷・鬼子母神)

ベストセラーをおさらいしていくと当然ながら時代が見えてくる。
思想・文化ばかりか生活史も。
岡野は昭和35年が本の世界の分岐点・謎の年で、ここを境に読書傾向が「だらしな派」に切り替わってしまったという。
カッパブックスがヒットを飛ばし続けた頃だ。

謝国権「性生活の知恵」(60)、林髞「頭のよくなる本」(61)、松本清張「砂の器」(61)は、清張作品のなかで決して傑作とは言えないのに「推理小説ファン以外の、ミステリーを読み慣れていないその他大勢までが支持したからこそ、ベストセラーになったわけ」(岡野)「光文社の宣伝力もあったのかも」(豊崎)。
山岡壮八「徳川家康」(63)、河野実・大島みち子「愛と死を見つめて」、大松博文「おれについてこい!」(64)、三浦綾子「氷点」(66)、多湖輝「頭の体操」(67)、曽野綾子「誰のために愛するか」(69)。
なるほど本書に取り上げている本を見ても現在のベストセラーの原型が揃った年だなあ。
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そしてベストセラー“バカの本丸”が80年代、そこから90年代の“バカの天守閣”へと駆け上がっていく。

「怪物商法」(糸山栄太郎)、「かもめのジョナサン」、「ノストラダムスの大予言」、「蒼い時」、「気配りのすすめ」、「積木くずし」、「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」、「愛される理由」、「マデイソン郡の橋」、「遺書」、「脳内革命」、「失楽園」、「だからあなたも生きぬいて」、「ハリーとポッターと賢者の石」、「金持ち父さん 貧乏父さん」、「世界の中心で愛を叫ぶ」、、。

全くだ。って俺は読む気にもならなかった本ばかりだが。

名物と同じで「ベストセラーに傑作なし」かもしれないが本書で取り上げている本で俺が面白かった本もある。

漱石「それから」、百閒「冥途」、井伏鱒二「山椒魚」、レマルク「西部戦線異状なし」、太宰「斜陽」、潤一郎「細雪」、、、ああ、そうか、戦前の本が多いなあ。

冗談や機知にとんだやり取りが愉快だ。
しかし、内容は幅広い読書体験に裏打ちされた、まっとうで鋭い書評対談だ。
こういうセンスが嫌いな人には、”ギャフンでアウト”かもしれないが。

そうそう、対談に出てくる人名やキーワードなどに脚注が丹念に書いてある。自分たちの発言に対するフオローやツッ込みみたいな註もあって面白い。
Commented by HOOP at 2009-01-10 22:51
ある意味、おすすめガイド本でもあるわけですね。
豊崎由美さんの名前を見たのもうれしいです。
これは読んでおこう。
Commented by takoome at 2009-01-10 22:57
だめだ、ついて行けん............

Commented by saheizi-inokori at 2009-01-10 23:03
HOOPさん、豊崎さんて怖い人かな。斎藤美奈子さんに似ているのかも、って斎藤さんもあったことないけれど。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-10 23:05
takoomeさん、「おれについてこい!」って東洋の魔女か?
私の拙文より本の方が面白いです、当然ながら。
Commented by kaorise at 2009-01-11 02:17
かもめのジャナサン、中学生のとき読んで面白かったです。
SFファンタジー的なかんじで読みました。サルトルの嘔吐も読んだけど
顔が不細工だと言うこともウザイんだなって思った。
私は顔つき(顔の造りではない)で作品評価してる。多分・・・・
Commented by maru at 2009-01-11 06:10 x
この本のノリ、僕は嫌いじゃありません。しかし戦前のベストセラーのレベルの高さにはちょっと愕然としますね。「細雪」など読み返す度に発見がありますから。
Commented by antsuan at 2009-01-11 08:20
ベストセラーって大衆に受け入れられたということなのに、学校の教科書の題材になっていないというのも、なんか考えてしまうのですが。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 09:11
kaoriseさん、作品の顔つき以前?装丁、名前、帯のキャッチコピー、、結構こういうものに影響されてしまいます。
書評にも。ミーハーな私^^。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 09:16
maruさん、今とは発行部数などは比較にならないのでしょうが、どうみても今の本は”やわな”感じがしますね。
「世界の中心で、、」なんて読みもしないけれど軟さをを売りにしているように思います。
直ぐ“泣ける””しみじみと”って宣伝すれば売れる。ブラックな笑い、又はじわっとくるような感動、再読に耐える文章が敬遠されるようです。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 09:18
antsuan、今漱石や龍之介などの文章が教科書からなくなりつつあるようです。
それが“ヤワナ“作品をベストセラーにしている原因かと云ったら変ですか?
総理大臣の国語力は国民のそれを反映しているのかも。
Commented by convenientF at 2009-01-11 09:41
なんと、私が読んだのは「斜陽」だけ!”ギャフンでアウト”だわ。

昨年あたりからなぜかナチ関連史料を片っ端から読みまくっていたらイスラエルが暴れ出しました。責任....は感じませんが変な気分。

やっぱ、「ツチヤ教授」にはまっているのが分相応のようです。
Commented by 旭のキューです。 at 2009-01-11 09:59 x
本って2回読むと味が出てきますよね。徳川家康2回読んだけど、2回目のほうが面白かったです。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 10:05
CFさんはベストセラーというだけで読みそうもないなあ^^。
ツチヤちゃん、面白いですね。週刊誌だけですが。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 10:06
旭のキューです。さん、あの長いのを二回も読んだのですか?凄いなあ、私は一度も、、。
Commented by 高麗山 at 2009-01-11 10:08 x
'60年代の本が圧倒的に多いが、
>って俺は読む気にならなかった本ばかりだが。
も、大半読み漁ってた。  俺も相当、ミーハーだな!
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 11:37
高麗山さん、だから売れたんですね^^。
ミーハー万歳!私もミーハー。
Commented by molamola-manbow at 2009-01-11 12:56
アハハ、井伏さんの『山椒魚』だけだ~。

遅まきながら、おめでとうございます。
Commented by あんずあんだんて at 2009-01-11 14:44 x
saheiziさん、こんにちは!
先だってはあんずのところへお寄りいただきありがとうございました。ベストセラーに関心を持たなかったあんずですが、高校時代に買った「人知れず微笑まん」が次々読みまわされた揚句先生に取り上げられてしまったこと、思い出しました。
タビラコについて2,3あたりましたが、ホトケノザともいうようですね。ホトケノザにはこのタビラコ(キク科・花は黄色)と、ヒメオドリコによく似た赤い花を咲かせるしそ科のホトケノザがあるようです。
Commented by convenientF at 2009-01-11 16:18
>ベストセラーというだけで読みそうもないなあ^^。

「ヘソ曲がり」の程度を完全に読まれてますなぁ(^^;)。
ご指摘の通り、ベストセラーのリストに加えられたら、たとえ謝礼を出すと言われても読まない...こともあるんですよ。
しかし「バカの壁」や「国家の品格」はウッカリ読んでしまい、後で深ーい自己嫌悪に陥りました。

>ツチヤちゃん、面白いですね。週刊誌だけですが。

私は、雑誌掲載文をまとめた文庫も含めて、単行本を全部持ってますよ。重症です!
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 17:21
molamola-manbowさん、今日は海ではなかったのですね。
又「名菜館」に行きますよ、いい店をありがとう。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 17:24
あんずあんだんてさん、樺美智子さんですね。生きていればいいお仕事もされたでしょうに。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 17:26
CFさん、バカの壁は結局何だってのでしょう?
分かったようで分からなかった、自分がバカの壁だった。
「品格」ってつくと手が出ません。バカなら別です^^。
Commented by hanabi_cyu at 2009-01-11 20:12
お年賀が、遅くなり申し訳ありませんでした<m(__)m>
さへいじさんのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
本年もよろしくお願いします<m(__)m>

松が取れないうちにうかがえてよかったです☆
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-11 21:13
hanabi_cyuさん、わざわざありがとう。
今年もじいちゃん便りを楽しみにしています。
Commented by convenientF at 2009-01-12 07:30
>自分がバカの壁だった。

裏の裏まで考えない「バカ」な人たちには、saheizi-inokoriさんが「壁」なんです。

>「品格」ってつくと手が出ません。

我らがツチヤ教授は、わかりやすく、「貧格」と書き換えてくれました。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-12 08:20
convenientFさん、裏の裏って表かな?
貧しい格、これは貧相ってことですか?
Commented by convenientF at 2009-01-12 09:06
>裏の裏って表かな?

「裏」には「反対側」という意味の他に「奥」という意味もありますね。

>これは貧相ってことですか?

「ナントカの品格」が語られる場合、私は「貧相さの程度」と解釈しています。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-12 13:42
「ツチヤの貧格」だったですか、買ってみようかな。
Commented by convenientF at 2009-01-12 15:21
>買ってみようかな。

saheizi-inokoriさんのような”生マジメ”な方(^^;)にはお勧めします。
Commented by saheizi-inokori at 2009-01-12 16:53
convenientFさん、見抜かれていましたね。
では早速、(いそいそ)。
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by saheizi-inokori | 2009-01-10 22:21 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(30)

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