心躍る 「詩歌の待ち伏せ(上下)」 北村 薫 (文藝春秋)


「空飛ぶ馬」を皮切りに”円紫師匠と<私>”シリーズ、「スキップ」に始まる”時と人”シリーズ、いずれも夢中になった。これは2年ほど前に買ったままになっていたエッセイ集。

本屋で見たときは面白そうだったのに家に帰って読み始めたら、なんだかとっつきにくいようで・・(そういう本が実に多いのではあるが)。ところが日曜日に手にとって読み始めたらググッと来てそのまま一気に釣り上げられてしまった。まさに”詩歌の待ち伏せ”だ。どこがとっつきにくかったのか?わずかな気分の差が同じ本を・・。

中学生の時の実力テストとか書店の立ち読みとか、偶然の出会いから自分にとって忘れられない大事なものとなっていく詩歌の数々。いわば心躍る待ち伏せに否応無しに捕らえられていく。

著者はそのようにして自分を捕らえた詩歌を丹念に奥深くまで読み込んでいく。ひととおりの自分なりの解釈ができて、それがすばらしい感動をともなうものであってもそれでよしとはしない。読み手によってはまるで違う受け取り方があることに気がついて、そのことに感動している。
書き手の状況について、その詩歌がどういう背景を持っているかについて、謙虚に推理・想像の限りを尽くし文献にあたり、ああであろうか、こうでもあろうかと楽しんでいる。
作品があればそれで十分ーというのは、潔い態度のようです。しかし、一人の読む力には限りがあります。作品に関する作品が存在するのは、有り難いことだと思います。

心躍る 「詩歌の待ち伏せ(上下)」 北村 薫 (文藝春秋)_e0016828_22395054.jpg

詩集であれば単に言葉だけではなく、言葉の周囲にどのような空白を書き手が配したかをうっとりと鑑賞する。待ち伏せにあって欣喜雀躍、舌なめずりをする文章のグルメだ。

待ち伏せしている詩歌はいわゆる名詩・名歌とは限らない。幼児の詩、童話、ミステリ、方言で書かれた詩、わらべ歌、尻取り唄、はたまた雑誌の見開きに書かれた「少年探偵団シリーズ」の内容紹介文もある。ほとんど無名のままに早世した詩人の作品の紹介には特に丁寧だ。

死の床にあって、全く無名であった中城ふみ子のこと。彼女を奇跡的に”発見”した中井英夫。中城がそれから死ぬまでわずか半年。その間に二人の間に交わされた書簡のこと。

 
残されたやり取りは《中城ふみ子》が死に向かいつつ、生まれ行く過程です。そしてまた、それぞれが一人の内に沈む、彼と彼女が、ただ死を目前にしたことによってのみ開かれる道をたどり、互いの物語の内に入り込み、世にも稀な《二人》となって行く過程なのです。
多くが著者の子供の頃からの懐かしい待ち伏せの思い出だ。そういう待ち伏せがあったような・待ち伏せを待ち伏せとして感得できるような時代を生きて来れたことを幸せに感じている。

そして、現代がそのような”生きることの周りの豊かさ”やそれに伴う”言葉の豊かさ”をなくして行こうとしていることに、哀しみと憤りを感じている。

子供の頃に感じた待ち伏せが大人になって、特に親を亡くしてみて、随分違う感覚で、ずっと切実な感覚で迫ってくるのに驚いてもいる。

その名前と筆致から当初女性作家と思われた(覆面で登場したような洒落っ気もあるのだ)ように、細やかな優しさに満ちた言葉の世界だ。大久保明子のデザインと群馬直美のイラストが美しい。


Tracked from 日だまりで読書 at 2006-03-10 12:34
タイトル : 「ターン」
以前に読んだ本の感想、第3弾。 「スキップ」「ターン」「リセット」は、北村さんの「時と人の三部作」だものね。 ★★★☆☆ 二人称と無人称(?)の不思議な感触の本。 ある一... more
Tracked from To pass leis.. at 2006-05-03 04:29
タイトル : 紙魚家崩壊
紙魚家崩壊 九つの謎 著者:北村薫 出版社:講談社 「9つの謎」を収録したミステリ短編集です。連作もあったりします。 軽いものから重いものまで幅広し。 「白い朝」が今まで読んだ北村薫らしくて好きです。 ... more
Commented by ぽっぽ at 2005-09-14 13:32 x
トラックバック、ありがとうございます。
『詩歌の待ち伏せ』は少し前に”続”も出版されましたね。
北村薫さんの文章は非常に温かくて心地いいと私は感じることが多いです。
切なさと優しさが同居した作品。
また他の作品も読みたくなりました。
Commented by saheizi-inokori at 2005-09-14 16:26
ぽっぽさん、梨木さんと丸谷さんに通じるようなエッセイですね。続も読みましょう。よろしく。
Commented by さつさ at 2005-09-14 23:22 x
こんばんは。
TBありがとうございます。

これは私もお気に入りのエッセイです。
北村氏の作品は言葉が丁寧でほっとしますね。
「待ち伏せ」という題が妙に頭に残って手にとったことを覚えています。
そういえば、続はまだ読んでいないですね。早速読んでみたくなりました。
Commented by saheizi-inokori at 2005-09-15 22:53
梨木さんと一緒、北村さんと一緒みたいな気持ちがちょっとした一泊の旅でした。
Commented by みや at 2005-09-23 22:56 x
はじめまして、少し遅くなってしまいましたがTB有難う御座います。

私はこの本はまだ未読なのですが、
実は上巻だけ手元にもうあったりします。
記事を読んで早く読みたくなってしまいましたー。
北村さんの文章は読みやすいし、外れがなさそう…!と
思うんですが、エッセイは未読なので楽しみです。

Commented by saheizi-inokori at 2005-09-24 00:11
みやさん、勝手にTBさせていただきました。写真が(も)面白いブログですね。
Commented by そら at 2006-03-10 12:33 x
TBありがと~♪あぁ、やっぱりおもしろそうだな~と思いました。北村さんってことにこだわらず(←ちょっと引いてしまうものを感じる私^^;)読んでみようかな~。
詩的な表現や言葉を大切にする作家さんなんだな~と、今改めて思いました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-03-10 22:21
そらさん、今晩は。そうですね。ちょっと引いてしまいたくなる感じもあるね。飛ばし読み、したら失礼かな。でも面白いところから読む手もあるかも。
Commented by みい at 2008-09-17 10:29 x
この本は手元にあります。飛ばし読みしかしてない(汗
中城ふみ子の歌は初めて知った時に衝撃を受けた、そんな記憶があります。saheiziさんの記事を拝見して、又じっくり読んでみたくなりました。
「言葉」を大事にしなければ、と思いました。
Commented by saheizi-inokori at 2008-09-17 12:33
みいさん、楽しい本でした。もう手元にないけれど。
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by saheizi-inokori | 2005-09-13 22:57 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(2) | Comments(10)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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