文句なしに面白い トム・ロブ・スミス「チャイルド44」(上下)(新潮文庫)
2008年 08月 30日
恐怖が革命を守る。
一定のレベルの恐怖を持続するためには、常に民衆に恐怖そのものが供給されなければならない。恐怖供給機構の元締めともいえる国家保安省であるがその国家保安省自体も恐怖によって支えられる。
本書の主人公、レオ・デミドフ国家保安省上級捜査官は順調に出世街道を歩いていて、それは恐怖の革命維持装置の思想に忠実であったということなのだが、自らがねつ造の罠にハマってしまう。
悲惨な飢餓状態にあった30年代ウクライナの悪夢のような物語が序章。
気の弱い人はここで逃げ出すかもしれない。
連続発生する残虐な少年少女殺人事件。
“理想の社会”であるソビエトに犯罪はあってはならない。
それでも発生したとすればその犯人は知的障害者、異常性愛者、、そもそも“理想社会”の枠組みに入らない不要な人間だ。
逮捕したときに有罪であることは決まっている。
必ず自白する。させる。それが証拠だ。
そして処刑。
非常委員会「チエカ」の指導者であったジエルジンスキーの言葉、
職員は鍛錬し、自らの心を無慈悲にしなければならない。これこそ国家保安省の職業倫理の聖堂に奉られた言葉だ。
罠に落ち自らの命を守らなければならないレオが連続殺人事件の真犯人を追う。
国家がしないなら、人民がしなければならない。既に犯人が処刑されているのに別の犯人を探すことは国家に対する反逆だから見つかれば死刑だ。
圧政、密告、収容所列島、、人間性は押さえつけられ歪む。
共同体や夫婦の愛や信頼も崩壊する。
レオの犯人を追う戦いは自らの人間性を回復する戦いでもある。
スピーデイな展開、抑制の利いた文章がかえって犯罪の残虐さ、登場人物の奥に潜んだ人間性を浮かび上がらせる。
巧みなプロットとストーリーテリング、二転三転するレオの冒険にワクワクハラハラ。
良くできた小説はエンタテインメントであっても人間や組織の真実を鋭く的確に描いてあるものだ。
作者はスウェーデン人とイギリス人の間に1979年に生まれた。
実際にロシアで起きた事件に触発されて本書を書いたそうだが、ロシアでは発禁になっている。
本年度のCWA(英国推理作家協会)のイアン・フレミング・スティール・ダガー賞を受賞している。
田口俊樹 訳
おもしろかった! いろんな意味で堪能しました\(^o^)/ ★★★★☆ スターリン体制下のソ連。国家保安省の敏腕捜査官レオ・デミドフは、あるスパイ容疑者の拘束に成功する。だが、この機に乗じた狡猾な副...... more
松の湯、写真がちがってるよ。直してね。
この本も買ってみよう~
先日の落語の事を書いてる本、とっても勉強になりました。凄い。歴史を見たようでした。ありがとうございます。
同じ名前の銭湯って結構多いです。
かなり事実に近いのだと思います。おぞましさをこえていますが。
ありがとう。
ロベスピエールだったでしょうか,「美徳と恐怖」といったのは。ナポレオンは「人を動かす梃子は恐怖と欲望」と修正したように記憶しています。恐怖の増殖によって人を動かし,己の権力の維持だけをはかる独裁のおぞましさには身震いをします。虚偽とはいえ,それでもスターリンには「共産主義国家建設」という呪縛がありました。金日成の場合は「地上の楽園の建設」でした。フセイン,キムジョンイルには呪縛としての大義名分すらないことがおぞましさをより増幅しているように思われます。