これもお勧め 矢野誠一「人生読本 落語版」(岩波新書)

著者は高校を卒業するまでに岩波文庫の緑帯を7割方制覇したけれど人生論とか思想書は殆ど読まなかったという。
矢野にとってのほんとうの人生の教師役は、若い頃から馴染んできた落語だともいう。
けっして世のため、人のためにはならないが、貧しいながら楽しく人生を送るすべを学んできた。古今亭志ん生がしばしば口にした、
「こんなこと学校じゃ教えない」のひと言は、まさに教育の妙諦で、
と書き人生の諸々について落語を引き合いに出しながら綴ったエッセイ。

これもお勧め 矢野誠一「人生読本 落語版」(岩波新書)_e0016828_1920738.jpg

電車の中、注文した蕎麦が出てくるまで、銭湯の湯上りの汗がひくまで、、、一つひとつのエッセイが短く読みやすいからちょうどいい。
落語入門でもあるし薀蓄集でもある。
噺家をめぐる”ちょっといい噺”も楽しい。
落語のさわり、面白いところを紹介しているから小咄集としても読める。

その中から品の無いのをひとつ。
目を患った男が、目薬を買うと「めの尻にさすべし」とあるんだが、この「め」という仮名文字を「女」と読んでしまったんだね。
嫌がる女房を四つんばいにさせ、その尻に薬をさした。
力が入ったか女房、たまらず一発やったものだから目薬が飛び散って男の目に入ったのさ。
「なるほど、こうやってさすのか」(矢野の文章を換骨奪胎してます)。

落語には無筆の人(上の噺は無筆というわけではないけれど)をからかう噺が結構ある。
このことを山本夏彦が「この国には無筆の人が少なかった証拠。無筆が多くて客席に大勢いたらとてもこんな噺が出来るわけはない」と書いているのを紹介している。
客席に目の不自由な人がいると楽屋にその旨の貼紙が出てめくらさんの噺はしないのが寄席の習わし。

ここで先日書いた「落語の国からのぞいてみれば」の復習を兼ねて理解度テスト。
次の発言には三つ間違いがあります。
それはどこにあるのでしょう?

①「品川八つ山の名前のイワレは?」
「お江戸日本橋を七つだちすると、ちょうどこのあたりで八つになるから」

②「日が長くなったなぁ。さっき六つを回ったのにまだ明るいよ」

矢野はかつてこういう間違いを書いたり見逃したりしてしまったと本書で告白している。
正解?書くまでもないよね。

著者が柳家小三治とか小沢昭一などと入船亭扇橋を宗匠にした句会「東京やなぎ句会」を39年近く、毎月続けていることは知る人ぞ知る話でメンバーもいろんなところでそのことを書いたり喋ったりしている。
いい会だろうなあと羨ましいほどだ。
その句会の記念すべき第一回で飛び出した小三治(号は土茶)の句。
煮こごりの身だけよけてるアメリカ人
矢野は「迷句というより名句」だと云い、そう確信する契機になったのは小三治自身が書いた自句解説を読んだからだと、その文章を全文引用している。
これが傑作だ。
小三治が面白くもない顔でマクラを語る口調を思いながら読んでいるとおかしくてたまらない。
ここには引かないからどうか700円払って買って読んでくだされ。

これもお勧め 矢野誠一「人生読本 落語版」(岩波新書)_e0016828_1924547.jpg
(北大塚・「千代田湯」、刺青三人、あまり威勢はよくなかった)

本筋の話ではないがフリーターが増えて社会問題化していることに触れて
国や組織にたよることなく、手に職つけて、自分の力で生きていくひとの増えていくのが悪いことだと、どうしても私には思えないのだ。
と書いている。
矢野自身がそのようにしてペン一本で生きてきた自負をうかがわせる。
だがしかし、今のフリーターは”国や組織にたよることなく”なんていう優雅なものではなくて”国や組織にたよりたくともたよれなくなって”、”手に職つける余裕などなくなって””自分の力で生きていくのも難しくなって”いる人が増えているってことは分からないんだろうな。

これもお勧め 矢野誠一「人生読本 落語版」(岩波新書)_e0016828_1930267.jpg
(キツネノカミソリ)
Commented by HOOP at 2008-08-14 22:05
面白そうです。さっそく、「欲しいものリスト」に、、、
Commented by たま at 2008-08-14 22:34 x
最後の画像、ひょっとして、「ヒガンバナ」の仲間の「キツネノカミソリ」(狐の剃刀)ではないでしょうか。
狐のヒゲは硬くて、果たして、こんな可憐な花弁で剃れたのかしら・・・と?
ふと「けつねうどん」を食したく思い、そういえば、花弁の色が「けつね」(油揚げ)の色に似てなくもなく・・・。
Commented by antsuan at 2008-08-15 06:13
怪傑ゾロリという漫画で、オナラをするイノシシの子分がいます。笑い飛ばすって云うのはオナラの力なんでしょうね。 700円ですか、買ってみようと思います。
Commented by henry66 at 2008-08-15 06:33
小三治、うまいなあ!
もう骨抜きにされてしまいました。
私が男に生まれていても惚れたと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-15 07:34
HOOPさん、古本屋にも出ているかも知れません^^。
700円、安いと思えば安いけれど、あっという間に読んでしまうともったいないような、。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-15 07:47
たまさん、昨日の花はフクシアでいいのだそうです。花日和さんに教えてもらいました。
狐の剃刀も聞こうとしたらデータを消してしまったので聞けません。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-15 07:49
antsuan、テレビもラジオもない、本とてそうはない時代、娯楽と言えば他愛もないバカ話、どうしてもシモガカッタ話も多かったんだと思います。
不健康な下品ではないと思います。
奈良の大仏、屁で飛ばせ!なんて歌ったものです。私も。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-15 07:53
henry66さん、「アメリカ人」というところが眼目なんですって。イタリア人やフランス人じゃなくって。
あの身の皮のざらざらしたところを気味悪がって、でも国際人として食べて見せなきゃ、って。
鰻のかば焼きをひっくり返して皮の生焼けのところを見せたらどんな顔をするだろうとも。
ケレンミたっぷりな大うけを狙った俳句、噺家らしいですね。
Commented by makiand at 2008-08-15 10:12
私もこの本を読んでみたい!
今日買ってみますね~^^
Commented by お茶好き at 2008-08-15 11:27 x
今の日本人にはこの目薬の話を笑い話として吹っ飛ばしてしまう余裕がなくなっているのかもしれませんね。
わたしも読まなくっちゃ。その前に、今亀の歩みで読んでる本を読み終えねば!
Commented by convenientF at 2008-08-15 12:33
>”国や組織にたよりたくともたよれなくなって”、”手に職つける余裕などなくなって””自分の力で生きていくのも難しくなって”いる人が増えているってことは分からないんだろうな。

あまりにも当たり前になってしまったので分からない人も増えている、と私は見ています。
「お国の役に立つよう、自己責任で生きるのが人の道」などと、進駐軍も闇市もパンパンも知らない、偉いセンセイに言われると生きる気がなくなるなぁ。

それでいいのだ!
70歳過ぎたら死んでいくのがお国の為なのだ!
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-15 14:51
makiandさん、なかなか含蓄のあることも書いてありますよ。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-15 14:54
お茶好きさん、落語ブームは案外そういう世相に飽き足らない人が増えているせいかもしれませんね。
本は自分のスピードでゆっくりでもサッサとでも読むのが一番ですよ、受験勉強じゃないんですから^^。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-15 14:57
convenientFさん、オラは死んじまっただ、長い階段をオラは天国へ~天国よいとこ一度はおいで、酒はウマイし、ネ~ちゃんはきれいだ!っていい歌でしたね。
おもえばあの頃からこうなるべくしてこうなったのか。
Commented by convenientF at 2008-08-16 11:24
酒がウマくて、ネ~ちゃんがきれいなら、階段が多少長くったって何のその....

>おもえばあの頃からこうなるべくしてこうなったのか。

あの頃から「愛国者」が再発生したのでした。
Commented by saheizi-inokori at 2008-08-16 11:47
convenientFさん、では、声を合わせて!
天国良いとこ、一度はおいで~。
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by saheizi-inokori | 2008-08-14 21:23 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(16)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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