おおらかな自然の中の幸福感 第59回京都薪能(平安神宮)

橋掛かりから舞台の回りに、九つの篝火に火が入った。
まだ空は青い。
昨日の寒い雨がウソのような素敵な6月1日、平安神宮の薪能だ。

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源氏千年紀、源氏にちなんだ演目、「浮舟」が終わったばかりだ。
脇席の半ばほど椅子席では一番前に座った俺は東山と正対している。
その東山からいつの間にか二条の飛行機雲がまっすぐ天頂に向かって伸びている。
頭をそらさなければ見えないくらいの高さになったら急に飛行機がはっきり見えてきた。
まるでこの舞台の仕掛けの一つのような、あそこからここが見えるのではないかというような不思議な飛行機。
頭の上を越して消えていったと思うと飛行機雲もすぐに形を崩し他の雲の中に溶けていった。
すると舞台で
今日のこの清涼殿の にぎにぎしき態は何事じゃ
そうか、あの飛行機は千年の昔へのタイムトラベルだったのか。
狂言役者二人の大きな声の滑稽なやり取りはサーカスのピエロのようにこれから始まるショーへの期待を高める。
舞台の始まりを見届けるかのように大きなカラスが三羽、三角の編隊を組んで旋回して東山の方に飛んでいく。

やがて舞台には地謡座を前にきらびやかな女御・更衣が居並び、大小前に並んだ殿上人たちとで玉座を囲む。
帝の御前で始まるのは光源氏と頭中将との舞比べだ。

小鼓、笛、大鼓が楽しげに鳴りだすと、パチッパチパチッ、篝火も爆ぜて和す。
太鼓も遅ればせながら加わって”立ち並びたるお姿 世の常ならず有難き“二人の貴公子の舞を寿ぐ。

正面奥に正殿があるのだがその左奥から夕日が射してくる。
男たちの面の左が、女たちの面の正面が薄桃色に染まる。
頭中将の白い装束も染まる。
その光と張り合うように篝火のもう少し明るみを帯びた光がだんだん強くなってくる。
その分だけ夜の闇が押し寄せてきたのだ。
もう東山の稜線は空に飲み込まれようとしているし、さっきまでクッキリと見えていた回廊の輪郭、緑の屋根、朱の柱、白壁もぼんやりして吊るされた灯りが浮かび上がっている。
げに美しき舞姿 げに美しき舞姿
感興尽きぬ帝やお供の者たちが藤壺と源氏のみを残して去ると空はひと時不思議な明るさを取り戻したかのようだが直ぐにそれは錯覚だったと思い知る。
篝火がひたひたと厚みを増す闇と抗うように身をよじり、すぐに闇の到来を喜び踊り狂う。
神への供えを絶やさぬ決意の白衣の神職はひっきりなしに粗朶や薪をくべ続けるのだ。
忍ぶ思ひの色深き 紅葉も映ゆる篝火に光源氏の御姿 雲居のうちに極まりて 夢かとぞ見る平安の 夢かとぞ見る平安の みやびの庭こそゆかしけれ
新作能「紅葉賀」はまるで今日の薪能のためにつくられたように空、光、雲、鳥、飛行機までも取り込んで“夢かとぞ見ゆる平安の雅の庭”を現出してくれた。

他に狂言「萩大名」
能「須磨源氏」

能楽堂とはひと味もふた味も違った幸福感に浸った楽しい舞台でした。
Commented by molamola-manbow at 2008-06-03 11:16
まだ一度も体験していないモノにフルオーケストラのクラシックと薪能があります。
緊張すると咳の出そうになる体質が怖くって、クラシックは己で敬遠してるところがあるのですけど、薪能の雰囲気は味わってみたいと思っています。
舞台としての背景、どこがよろしいのでしょう?

話し変わります。
水道橋の能楽堂、いまも健在なのでしょうか?
それとも移転して千駄ヶ谷となったのでしょうか・・・・・。
極めて疎いもので。
Commented by saheizi-inokori at 2008-06-03 11:23
molamola-manbowさん、私も食わず嫌いで能はノーでしたが、あるきっかけで好きになりました。薪能は今回初めてです。
ずっと前に神田明神で薪能が始まるところに行き合わせたのですが、テヤンデイってな感じで見もしませんでした。
そんなことでどこがいいか、夜とか自然、木々、お社、、みんないいですね。
水道橋は宝生、千駄ヶ谷は国立、どちらも健在で私も時々行きます。
Commented by ginsuisen at 2008-06-03 13:07 x
平安神宮はもう59回も開いているのですね、さすが芸能の都、京都の風情ならでは!
>molamola-manbowさま、横入りですが、薪能を始めてごらんになるなら、夏の小金井、熱海のMOAがよろしいかと思います。なぜなら、春と秋は寒いです。また、日比谷夜能もおすすめです。できれば自由席ではなく、席が決まっているのがいいと思います。出演者によっては、はてしなく並ばないとダメなこともあります。称名寺もふんいきがいいです。寒川神社や新宿御苑などでも行われるよう。薪能案内のサイトもあります。薪能は割合わかりやすい内容で演じられることが多いですので、是非!
Commented by saheizi-inokori at 2008-06-03 22:10
ginsuisen さん、59回も続けてその内の初めての私が一生で初めてのいろんなことに出会うということが不思議です。
能の不思議かもしれません。
Commented by sakura at 2008-06-04 19:58 x
30日から京都からの来客でずっと我が家でお泊り・・水道橋の宝生能楽堂で友人の会があり案内しました。平安神宮の薪能に行かれたそうで良ったですね。私は未だ一度も行った事がありません。
Commented by saheizi-inokori at 2008-06-04 23:45
sakura さん、案外近くの人が見てないのですね。
sakuraさんが京都育ちとは知りませんでした。
下賀茂神社の参道を往復しましたよ。
気持ちがすがすがしくなりました。
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by saheizi-inokori | 2008-06-03 00:00 | 能・芝居 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori