俺は死刑判決を出せるか 無責任な最高裁

あと一年で裁判員制度が始まる。
人を裁くなんてできそうもない(悪口言ったりするのとは違うもの)。
司法試験なんて受けなくてもいいから裁判官にしてやると云ったって断る。それがどうして裁判にかかわらなくっちゃいけないのかよく分からない。
社会を維持していくために必要だと云うなら役人や代議士にもならなくっちゃいけないのか。

入院してテレビをみていたら頭もよく常識もあるはずの“有識者”各位が毎日いろいろな問題について呆れるほどバカバカしいことをしゃべくっている。
彼らにしてかくの如きであるならば、俺如きが何人か集まってみて一体どんな判決になるのか恐ろしい。
今、大人気の映画「相棒」にも出てきたようにちょっとマスコミに煽られたら一時の感情で罪もない人を極悪人にしてしまう俺たちだ。

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俺が裁判員になったとして死刑判決を出せるか?
俺は出せないね。
死刑制度を認める人でも自分がその判断を下すのは嫌だと云う場合も多いだろう。
心臓の手術の必要性は分かっていてもみんなが外科医になるわけじゃない。

今日、テレビを見ていたらこの問題について最高裁のエラそうな(でもないか)人が何とも言えない嫌な(誠意に満ちたようで実は誠意のかけらも感じられないような)笑顔を浮かべて
死刑を決めるのに躊躇されたり、避けたいお気持ちは良く分かりますよ。
でも判決は一人で出すのではなく裁判官や裁判員の皆さんがチームとして出すのだから一人が(死刑の結論に対して)負担を感じることはないのですよ~。
てなことをおっしゃるではないか。
この一言で裁判員制度には反対しなきゃいけないと思った。
こんな連中が考えたり推進しようとしている制度、まるで集団リンチと同じじゃないか。
何本かのロープをみんなで一本づつ握る。
そのどれか一本が絞首台につないであることはみんなが知っているが、どのロープが台につながっているかは分からない。
「せ~の」でひっぱる。
ガタン!
人が死ぬ。
でもそのロープは誰が握っていたのか分からない。
だからその人の死に俺は責任を持たなくてもいい。

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そんな刑法各論みたいな話で心が休まるって?
あの最高裁男に映画「12人の怒れる男」をみせてやりたい。
裁判員制度を導入するための模擬裁判には死刑判決がでそうな事例は使わないと決めたそうだ。
本実施にも死刑判決は出さないことにするのでしょうか?
Commented by きとら at 2008-05-21 23:39 x
 仮に私が裁判員になって、光市殺人事件や生駒市の女児殺人事件に関わった場合、死刑に投票すると思います。
 死刑廃止論者に理論では勝てません。私のは単なる感情論です。感情論だから、裁判員制度には反対です。こんな奴は殺してしまえ、と冷静な判断ができないのが庶民大衆ではないですか。
Commented by greenagain at 2008-05-22 04:17
「法による裁判が、復讐の連鎖を食い止める制度として、国家権力に被害者たる国民が裁きを委託したという一制度に過ぎない」と言われたら、「そんなこと委託した覚えは無い!」と思う方は多いと思います。
理性による解決も復讐による解決も、どちらも「完璧な判断」は不可能だと思うのです。
裁判員制度も、年齢制限があると聞きました。「中期高齢者」は不可だとか。「定年で暇な我々を呼ばないのか!」と年配知人の方は後期高齢者制度と裁保険判員制度に怒っています。
Commented by YUKI-arch at 2008-05-22 07:46 x
「12人の怒れる男」は
人の判断が彼自身の生活実感や世界観に左右される
相対的なものであることを
劇の上に再現していますね。

人が人を裁く事の揺らぎは
いかようにしても解消されません。
専門家がよいのか、
ディレッタントが判断すべきか
議論はつきません。
Commented by yardbirdT at 2008-05-22 10:34
>一人が(死刑の結論に対して)負担を感じることはないのですよ~。

こういう思考プロセスの持ち主でないと「偉く」なれないのが世の中なんですな。
オレには到底無理だ。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 10:41
きとらさん、そうですよ。
イラクだったか人質になった人を「自己責任だ」とニンピ人のように非難したのも大衆です。
誰か雄弁な人が裁判員にいてみんなの気持ちをあおれば感情に負けるのではないかと心配です。
何よりも何故裁判員制度を導入しなければならないかがまったく了解できません。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 10:44
greenagainさん、なんで裁判員制度を導入するのかご存知ですか。その理由に共感できますか?
私はまったく出来ないのですよ。
多くの国民に刑事裁判に馴染んでほしい、だって!馴染みたくない。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 10:45
YUKI-arch さん、なぜ、別の職業を選んだ人に一回とはいえ裁判をしてもらわなくてはならないのでしょうか?
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 10:48
yardbirdTさん、TBも有難うございました。
ヘンリーフオンダの顔が浮かんできます。
ひとりの怒れる男がいなかったら12人の怒れる男はうまれなかった。そうすると被告は有罪だったのですね。
そんな怖いことを私はしたくない(もっとも年齢制限でやらなくてもいいそうですが、それはそれでオカシナことですね。)
Commented by convenientF at 2008-05-22 10:53
>人の判断が彼自身の生活実感や世界観に左右される
相対的なものであることを

「12人....」はそのものズバリの映画であり、人の判断の「主観性」と「相対性」をまともに表現していますが、アメリカのギャング映画、痴情映画、警察映画などは、陪審制度がなければ面白くも何ともない。
人の判断の「主観性」と「相対性」がそれらの娯楽映画を面白くさせているわけで、現実世界じゃタマらんなぁという設定ですものね。
Commented by henry66 at 2008-05-22 12:26
(たぶん、何もよく解っていない私などは黙っているべきなのですが)
去年、BBCニュースで、日本の現在の裁判制度で起訴されると95%以上(うろ覚えの数値です、ご容赦を)は有罪になる、ということが話題になったことを覚えています。私は、陪審制度しか知らないので、そのニュースを読んで戦慄しました。
陪審制度、私から見ると、「人を裁く」という行為ではないんです。陪審員は、提出された証拠やセオリーの信憑性をはかる為にいるわけで、「主観性」が混じらないためにメンバーをふるいわける厳しいプロセスもあります。勿論、欠点もありますが、私はあまり抵抗を感じない制度です。
ブログを覗き始めて2年になりますが、この記事は私にとって良い意味で文化の違いを感じさせられたトップ3に入ります。

Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 12:55
CFさん、裁判が好きでしょうがないような岡目八目、野次馬連中はドラマの中だけにして欲しい。
圧倒的多数が小泉を好とした国ですから。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 13:03
henry66さん、私もミステリに現れる陪審制度くらいの知識しかないのです。
今度の裁判員制度は量定まで決めるのだそうですよ。
起訴されたらまず有罪と言う実態は戦慄すべきものです。そこに注目して裁判員制度を是とする人もいるようですが、果たしてそれまでのことを期待できるかどうか、私は悲観的です。
所与の制度と新しい制度では受け取る気持ちに差はあるのでしょうが。
Commented by tenjin95 at 2008-05-22 13:05 x
>  管理人様

とりあえず、結果的にこの場で死刑の判断を迫られたとき、「不殺生戒」を破ることにならないのかが、拙僧的には疑問です。そう考えていきますと、もし「宗教的理由」でもって、拒否できるかどうかがカギで、もし出来ないとなると、結局「宗教弾圧」ということに成りはしないか、と考えています。この国、信教の自由はないんですかね・・・
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 13:50
tenjin95 さん、おっしゃるとおりだと思います。
拒否できたとしたらそれもなんだかおかしいような気がする。
死刑に否定的な日本人はハナカラ裁判員になれない?
裁判なんて真っ平と言う人がナントカして勤めを逃げることが出来たとしたらそのこと自体判断の公平性を欠くかもしれません。
ある年齢以上の人間は裁判員にしないということになると老人社会にふさわしい判断が担保されるのかが心配だし。
落語好きな私には落語の世界に出てくるような人間が大好きなのですが現実にそういう人たちが裁判員になるのは勘弁して欲しい^^。
Commented by 74mimi at 2008-05-22 14:47
裁判員制度って・・・こちらの陪審員制度のようなものでしょうか?
私は民事の陪審員しか経験がありませんが刑事事件の場合は
もっと荷が重いと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 16:06
74mimiさん、むしろ民事裁判とか労働裁判の方が一般国民の常識を生かせるはずなのに裁判員制度は刑事のみになっています。
司法制度改革もアメリカの「年次改革要望書」に源がありますからアメリカ企業の日本進出の妨げになりそうな民事裁判には国民の参加をさせないようにしたと言う見方をする人もあります。
陪審員は事実認定をする(裁判官抜きで)のみで刑の量定は裁判官が決めるはずですが裁判員制度は裁判官も入って事実認定ばかりか判決(死刑を含めて)も行なうのです。
残虐な殺人事件の証拠物件もつぶさに調べることが一般市民に可能なことなのか、私は疑問だと思います。
Commented at 2008-05-22 21:11 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 21:31
鍵コメさん、ほんとうは大変でも鍵コメさんのような方が裁判員から抜けたらロクなことにならないと思いますよ^^。
Commented by gakis-room at 2008-05-22 22:10
とりあえずのメモです。
1.私は死刑廃止論者。理由は人知は万能ではなく誤審の可能性の上に立っている。従って死刑判決は人知の傲慢としか思えない。
2.私の理解では,裁判員制度は裁判に市民感覚を入れようと言うことだと思う。市民感覚を忘れた裁判官がリードする裁判員制度は,狡知としてしか私には思えない。
3.国民主権主義とは,立法,行政,司法を,国民がコントロールすることであると理解しているが,最高裁の裁判官への国民審査以外にその制度的保障はない。ここをどうするか,私には問題の所在の指摘以上には考えが及んでいない。

とまあ,こんなことを昨日のニュースを見ていて,考えてきましたが,まとまりませんでした。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-22 22:41
gakis-roomさん、擬制なんでしょうね、もともとは。人が人を裁く権利と力を持っているという幻想がなくては国家は成り立たないから。
どういう制度が最も実害がないか、効率的かということでしょう。
私ももう少し考えて勉強してみます。
手遅れではありますが。
粛々とやられてしまうのでしょう。
Commented at 2008-05-23 07:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-23 11:29
鍵コメさん、すみません。アメリカからいろんなことの注文を受けて医療制度から通信、郵政、、全て”改革”しているので司法についても要請を受けていると思いました。
確かに司法による行政の監視強化せよ、などというのははっきり書いてあるのですがこの裁判員制度についての記述が見当たりません。若しかすると私の早とちりかもしれないです。
裁判員制度についてももう少し勉強をして見ます。
すればするほどオカシナ制度だと思い始めました。
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by saheizi-inokori | 2008-05-21 22:52 | 梟のゴタク | Trackback | Comments(22)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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