人生の名人 桂文楽「芸談あばらかべっそん」 (ちくま文庫)

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先代(第八代)桂文楽の自伝、正岡容の聞き書き。
落語関係の文章によく引用される。
古本屋で買ってそのままになっていたのを一気に読んだが初めてのような気がしない。
知っている"文楽伝説"が沢山出てくるからだ。

1892年、青森に生まれた。
といっても御典医の息子という父が五所川原町の税務署長だったから。
直ぐに東京根岸に戻り、父が早世したために11歳で横浜の薄荷問屋に奉公に出される。
毎日お使いの途中、道筋の店を片端から覗きこんでは油を売って、おしゃべり小僧と言うあだ名をつけられ人気者になる。

器用で何でもこなすし人から愛されるが遊び好きでどこも長続きしない。
袋物屋、玩具問屋、染紙屋、米相場屋と転々。
その内にヤクザの世界を垣間見る。
この自伝は"世は情け浮名の文楽"とでも名づけたいほど名人のノロケ噺・色ザンゲが多いのだが芸者と、あばらかべっそん、べけんや(どちらも"文楽語"、もててもてて有り難くて有り難くて、くらいの意味の感情表現)なことになったのがバレてボコボコにされて仕切り直し。

桂小南の弟子になったのが17歳。
小僧時代の話もそうだが、それから名人文楽となるまでの話は良くできた人情噺よりも面白い。
女性遍歴、人間博物館みたいな噺家列伝、当時の旦那衆の遊びっぷり、、戦前の佳き時代の(芸人の)様が愉快なエピソードで活写される。

仲間を連れて来て、文楽のオカミサンが行水しているのを10銭取って覗かせるイタズラ好きな噺家。
「私も十銭払ってのぞいたんですがネ、いかにもその『時代』ののんびりしているところがみえていて、うれしいじゃござんせんか」おおらかと言うかなんと言うか。

凄いのは喜怒哀楽、特に辛酸、後悔、失敗や裏切られた悔しさ、、豊富過ぎる人生経験を全て芸の肥やしにしていること。

ケチなサラリーマン人生を生きてきた俺などには一日だって付き合いきれないようなシャレを大きく包みこんで一見野放図とも見える噺家の世界。

単に芸の善し悪しだけで生きて行けるものでもない。(今はむしろ逆に芸の善し悪しが大事だと言わなければならないかな?)

文楽は人の何十倍も稽古をし工夫を重ね、同時に遊びもして落語史上にその名をのこした。

そういうことが出来たのは持って生まれた才能とか運が大きい。
当たり前だね。

俺はもうひとつ見逃せないことがあると思う。
文楽は「いままでに見て来た先輩やお友達のやっていたことをよウく改めて考えて、ああいうことをしたらダメだなとおもったことを、いくつか自分のイマシメとしております。」と言う。
そして、
桂小南の全盛期の贅沢な暮らしについて「ああした冥利の悪いことはつつしみたい」。

二世談洲楼燕枝の横暴ぶりについて「いくら売り出しても横暴だけはしてはいけない」。
漫才の十辺舎亀造が猛烈な努力をして死んでしまったことについて「ない頭をムリに使い切って死んだんです。自分の持っている『もの』以上には、決して無理をしてはいけない」。
この三つをあげている。

これを読むと文楽がどうして"おしゃべり小僧"から名人文楽として名を成したのかが良く分かる。

とてもかなわない。

この間ぼんやりテレビを見ていると小米朝が「ちりとてちん」の中にどれだけ落語が取り入れられているかを紹介していた。
なるほど、このドラマは人気があったはずだと思った。
ま、俺は見る暇とか習慣はなかったけれど。文楽が見たらなんと言ったかな。
Commented at 2008-05-14 05:52
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-05-14 06:43
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-14 08:37
鍵コメさん、有り難う。大丈夫だと思います。ご心配感謝します。
Commented by tona at 2008-05-14 09:08 x
表題の意味、何だろうとおもったら、こんな意味だったのですね。
おしゃべり小僧だったから噺家になれたのでしょうが、名人になったのがわかるそうで、読んでみなくては。
ない頭をムリに使い切って死んでしまった・・・悲壮な話です。たまにはない頭を少し使ってみたい気がします。
転んでもタダで起きない、文楽さんにますます惹かれます。
Commented by ginsuisen at 2008-05-14 10:01 x
すぐれた方というのは、やっぱり人生においてもすぐれた道を選んでいるのですね~風格、品格を拝見したかったものです。
老いてもなお美しい光をはなっておられたのでしょうね~。
「ちりとてちんワールドSP」のテレビを見られたのですね。
あれはねー、落語伏線のドラマではなく、まさに人生を語っていたドラマなんです。伏線以上の人生伏線が隠れていました。
saheiziさんが見たら、どんなにTVドラマ嫌いでもハマッタと思いますよ。文楽志匠が見たら~・・・俺も出たいと言ったでしょう。役は・・
地獄の閻魔大王とかで。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-14 12:32
ginsuisenさん、私も文楽の高座は観ていないのです。
悔やまれます。
今千作さんや扇橋をみるのはその反動かも。
Commented by saheizi-inokori at 2008-05-14 12:35
tonaさん、手に入ったらお読みになると面白いですよ。
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by saheizi-inokori | 2008-05-13 20:40 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(7)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori