サクラは日本人の祖先か 三浦祐之「古事記講義」(文春文庫)

古事記をその序文にあるように「天武天皇の勅命で作られたというよりももっと古くからの口承による日本神話や伝承の積み重ねではないか」とみる著者が行った4回の講義をまとめたもの。
同じく天武天皇の勅命でつくられた日本書紀が律令国家の権威づけ・根拠づけとなる理想の歴史を記述しようとしたのとはかなり違う世界が描かれる。

まっとうな読み方ではないかも知れないが、肝心の古事記を読まないでも古代日本人の思考や行動が生き生きと語られて刺激的だ。

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神話とは
人が、大地やそれを取り囲む異界や自然、あるいは神も魔物も含めた生きるものすべてとの関係を、始源の時にさかのぼり、そこに生じた出来事として語ろうとします。それによって、今、ここに生きることが保証され、それが限りない未来をも約束することで、共同体や国家を揺るぎなく存在させます。神話というのは、古代の人びとにとって、法律であり道徳であり歴史であり哲学でした。そしてまた、心を豊かにする文学でもありました。だからこそ、人が人であるために神話は語り継がれなくてはならなかったのです。
丸山真男によれば世界の創生神話には「つくる」「うむ」「なる」の三種があるという。
古事記ではまず天と地が姿を現すのだ。誰かが作ったのではない。そして高天の原に三柱の神が“成り出る”。
丸山によれば
永遠普遍なものが在る(ザイン)世界でもなければ、無(ニヒツ)へと運命づけられた世界でもなく、まさに不断に成りゆく(ヴェルデン)世界
が日本の古層にある宇宙観だという。
本書からの受け売りですよ。

イザナキが黄泉の国で覗かないという約束を破ってイザナミの腐乱死体を見てしまって逃げるときに桃の実に助けられる。
その時に桃の実に
葦原の中つ国に生きるところの、命ある青人草が、苦しみの瀬に落ちて患い悩む時に、どうか助けてやってくれ。
と叫ぶ。
多くの注釈者や研究者は「青人草」を「青々とした草のような人」と解釈するが著者は「青々とした人である草」と解する。
国わかく浮けるあぶらの如くして、くらげなすただよえる時、あしかびの如く燃え上がる物によりて成りませる神の名は、ウマシアシカビヒコヂの神
と古事記に書かれた神について著者はこういう。
春になって泥の中から芽吹いてくるアシカビ(葦の芽)によってイメージされたウマシアシカビヒコヂこそ、「うつしき青人草」そのものであり、この神は最初に地上に萌え出た「人」だった。
人間が草として萌え出たという考え方は、コノハナサクヤビメの神話に受け継がれていく。
ニニギは山の神オホヤマツミがくれた二人の娘のうち姉のイハナガヒメ(石長比売)の醜さに辟易して妹のコノハナサクヤビメ(木花之佐久夜毘売)だけを残して姉を送り返してしまう。
永遠の象徴を捨てて美しいが散りゆく命を選んだのだ。
コノハナサクヤビメは桜である。
「サクラ」という言葉は「咲く+ラ(接辞)」で、その「咲く」は、サキ(先・崎)やサカ(坂)と同じ語源だ。
つまり枝の先に神が寄り付き、その霊力が最高に発動している状態がサクラであり、神の寄り付いた徴が「花」だ。
繁栄のしるしであるとともに、すぐにも散っていく有限のしるしでもある。

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この神話は太平洋の南の島々に伝わるバナナ・タイプの神話と密接に結びついているという。
それは人間の死の起源を語る神話で、たとえば石よりもバナナを食べてしまったからバナナのように短命になったというのだ。

俺はバナナより桜神話が好きだな。
きっと俺だけではないだろう。
多くの日本人の心性には自分とパッと咲いてはらはらと散りゆく桜を重ねてみることを嫌がらないのではないだろうか。
でも南の島の人はバナナと自分を重ねてみる?
ちょっとおかしくもあり、大きな意味では人類みな兄弟みたいな気持にもなって、楽しい神話だ。

本書の冒頭部分を紹介した。
このあとスサノヲ神話、天の岩屋神話の古事記ならではの描き方とか、従来日本では英雄叙事詩(英雄時代)の存在を積極的に論じることが少なかったが文学史の問題として考察してみる必要があるのではないかとしてスサノヲヤオホナムヂ、ヤマトタケルなどに見られる王権や国家から逸脱した英雄として紹介している。

さらに日本書紀では大部分が伝えられていない出雲神話について出雲国の成り立ち、大和との関係、筑紫、朝鮮、北陸などとの連携や対立の想定をも大胆に展開していく。

ちゃんと古事記そのものも読まなくちゃね。

写真は千葉から届いた花たち
水揚げをしたらすぐ元気に、開き始めたつぼみも。
Commented by maru at 2008-03-16 21:12 x
こんばんは。
コメントありがとうございます。
「古事記講義」読まれたのですね。
最近、会社が「グローバル化」を進めるのに反比例して、個人的にはどんどん「日本化」してます。
古事記⇒万葉集⇒源氏物語⇒世阿弥⇒西行⇒芭蕉⇒落語(?)
の系譜を追いかけて行きたいと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-16 21:18
maru さん、お互いに趣味が重なるところがあって楽しいです。
これからも面白い本を教えてください。
Commented by rinrin at 2008-03-16 21:21 x
お花も素敵だけど、この赤ちゃん
ママ似?パパ似?・・・・・・かわいいわ・・・・saheiziさんメロメロですね。
ちょっとお借りして、抱っこしたいです。
Commented by ginsuisen at 2008-03-16 21:30
参ったなー、こんどは古事記ですか。知らないし、読んでないですー。源氏物語には、中国故事が多くベースにあるようです。つまり、紫式部がそれだけ、漢文の素養があった高い教養を持っていたことを意味するそうです・・・今日の三田村先生の講義で再認識しましたー。私が古事記を読むまでは、まだまだ時間かかりそうなので、saheiziさんの解説を待ってます・よろしく。
Commented by ginsuisen at 2008-03-16 21:33
すみません追記です。本の下の布・・すばらしい、ニードルポイント刺繍はどなたが作られたものですか。奥様かお母さまのお手のものでしょうか、きれいですねー。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-16 21:46
rinrin さん、血縁関係はみんな自分に似ていると思ってるんでしょうね。
大きくなったらどうだかわかりませんが。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-16 21:50
ginsuisenさん、三浦さんの「口語訳 古事記」というのが分かりやすく面白そうですよ。文庫になってるのを買ってあります。
弱ったなあ^^。これは電気ひざかけなんですよ。
写真の撮り方で結構立派に見えるんですね。
Commented by sweetmitsuki at 2008-03-17 06:41
実は私も古事記そのものはちゃんと読んだことがないです。
石長姫の伝説にはそういう意味が込められていたのですね。
私はてっきり、ブスを邪険にしたニニギ命に天罰が下ったのだと思ってました。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 07:27
sweetmitsukiさん、ニニギのおかげで私たちの命は短いけれど,美しく咲き誇るときをもつのかも^^。一般論ですが^^。
Commented by 散歩好き at 2008-03-17 07:50 x
サクラ関連では小石川植物園に衣通姫(ソトオリヒメ)という一重の大輪があります。ソメイヨシノより一週間遅く八重桜と同時期に咲きます。衣通姫については悲恋の伝説があります。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 07:54
散歩好きさん、小石川は流石にいろんな種類があったように記憶します。
去年行ったのです。もう一年か!
Commented by 74mimi at 2008-03-17 09:06
枝の先に神が寄り付き、その霊力が最高に発動している状態がサクラであり、神の寄り付いた徴が「花」・・・最高ですね。
千葉から届いたお花たち 開いたところが見たかったで~す!
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 10:13
74mimiさん、香りもいいです。
房総のうららかな海べりを思い出します。
Commented by みい at 2008-03-17 10:18 x
ふふふ・・バナナ神話、面白い、わたしもバナナ食べてしまいますもの。
お花きれいですね。
お彼岸ですね。わたしもいっぱいお花買いました。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 11:02
みい さん、花があるとほっとしますね。
学生時代に一輪だけ買ってきて部屋に飾りました。
物凄く汚い寮の個室がそこだけ違う空間になったのでついつい掃除をしました。花に引かれて大掃除でしたよ。
Commented by shimamelon at 2008-03-17 11:37
このヒマな時を使って日本の古典を読もうと思ってるが、なかなか手にとれません。こういうのから読んでみようかなー。いや、しかし、バナナの話が面白い。その話追いかけたいなー(すぐに気が散る)。
現在、主に咲く桜は、戦争時に「散り際が美しいから」と戦略的に植え替えられたものと聞いたことがあります。桜を見るとき、戦争を思い出す人もいるのかもしれません。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 13:36
shimamelonさん、そういうことを言えば昨今の古典ブーム?はナショナリズムの表れと言う見方もあるようです。
しかし、目前の美か永遠の命か、ある意味では究極の選択でしょうね。
でも多くの人間は美の方を選ぶのではないでしょうか。
Commented by orangepeko at 2008-03-17 13:37 x
こんにちは。
>現在、主に咲く桜は、戦争時に「散り際が美しいから」と戦略的に植え替えられたものと聞いたことがあります。…
海軍が終戦間際に開発した「人間爆弾」の特攻機に「桜花」と名づけたのは、「桜」同様に“潔く散れ”ということだったのか…それとも日本の象徴として桜のモチーフをデザインした機体で送り出してやりたかったのか…解りませんが
その解釈だと…潔く散れ!ということだったのでしょうか(・・?)

私は散り行く桜吹雪の中が好きです~♪今年もその季節は近そうですね…
古事記は小学生の頃から…好きでした~♪
長じるに従い、解釈の仕方が変わってくるのも愉しいですね~♪
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 13:50
orangepekoさん、古事記を繰り返し読んでおられるのですか。
古典とはそういうものですね、確かに。
そろそろそういう読書をしたいと思いつつ花から花へと浮気な読書です。
石長ヒメに嫌われるはずです。
Commented by きとら at 2008-03-17 15:48 x
>文学史の問題として考察してみる必要があるのではないか
 
 やはり古事記は史書としてではなく文学・思想書として読むべきでしょうね。
 
 イザナギの黄泉国巡りはオルフェウス神話
 スサノオのヤマタノオロチ退治はペルセウスアンドロメダ神話
 アマテラスの岩戸隠れはデメテル神話
 
 日本神話はギリシャ神話にも似ています。古事記には日本古来というイメージがつきまといますが、案外、国際性を帯びていますね。
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 16:00
きとらさん、出雲神話之部分は出雲国が周辺を平らげていったことの権威としての“史書”であり日本書紀は大和が律令国家を創り上げたことを根拠づける“史書”なのかもしれない、と三浦氏は示唆するごとくです。

ホントに国際的というか人類みな兄弟です。
「七人のイヴ」という本は人類をさかのぼるとたった7人の母に行きつくということを小説仕立てにした面白い本でした。
現在の研究ではもう少し多く日本人だけでも数人の母とか。
Commented by hanabi_cyu at 2008-03-17 18:56
春が来ましたね☆心が、明るくなりました^^
お孫さんもとってもかわいい~♪髪の毛がすごく豊富でうらやましい~^^
Commented by saheizi-inokori at 2008-03-17 20:38
hanabi_cyuさん、じいちゃんの元気もうらやましいですよ。
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by saheizi-inokori | 2008-03-16 21:02 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(23)

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