一中国人民の半生から見た中国現代史 丁如霞著・和多田進聞き書き「丁家の人びと」(バジリコ)
2008年 03月 10日
主人公=語り手は1946年、篆刻芸術の聖地を目指して作られた結社である西泠印社の創立メンバー丁仁の孫として上海に生まれる。
中国杭州における名門中の名門、清時代に編纂された「四庫全書」が太平天国の乱で散逸したのを私財をなげうって集め完全修復を果たしたことで光緒皇帝から賞状をもらったほどの丁家の末裔だ。
何不自由もない名門の令嬢だったはずの著者は中国現代史の渦中に翻弄される。
動乱の中で肩を寄せ合って生きていく家族の物語。
その中で常に謙虚に感謝の心を失わず懸命に生きてきた著者の物語。
丁さんは日本に留学して横浜国立大学、早稲田大学の研究員を経てソフトウエア開発会社を興す。
2004年には中国で環境ビジネスの現地法人「福澤テック」をたちあげている。
その半生を丁如霞が語るのを和多田進が聞き書きにまとめた本である。
日本の敗戦と中国の解放。
ついで国民党と共産党との内戦。
共産党が中国建国の後は相次ぐ政変、そしてプロレタリア文化革命があり天安門事件があった。
国民党統治時代に何がなしの役職にあった人々は共産党の天下では身の危険を感じる道理、著者の父も香港へ脱出する。
名門の令嬢としてお洒落に買い物に楽しい青春を送った母親は貧窮生活に追いやられ賃仕事をして著者を育てるが、やがて病を得て静養のためにも姉(付添)と一緒に父の住む香港に行ってしまう。
叔母や親戚に著者(16歳)のことを頼んで香港に発つ母が子どもたちに思いつく限りのことをノートに箇条書きにする。たとえば
名門出身者は悪い階級出身者として自己や親・祖先の批判をする。
それでも命の危険があった文化革命時代、彼女も江衛兵となる。

本書の優れた特色のひとつは、途中で多くのその時代を説明する資料が多数挿入されていることだ。
それは中国政界の動きであったり、他の文書に描かれた時代の実相であったり、国際社会の動きであったりする。
文化革命のときの資料には陳凱歌著、刈間文俊訳「私の江衛兵時代ーある映画監督の青春」が載っている。
その中にある文章。
と同時に常にその程度を最小とするようにして生きてきたと思う。
彼女とほとんど同世代の俺は自分の半生とひきくらべながら読んだ。
日本の同時代人と比べたら俺も結構波乱に富んだ人生かもしれないが、彼女のそれと比べたらまるで静かなお庭の池の舟遊びをしていたようなものかもしれない。
それなのに上にも書いたとおり丁さんの生き方、考え方は極めて素直でいつも感謝の心で満たされて生きてきたように見える。
本の終りに和多田がしつこいくらいに
しかし俺は丁さんの話に嘘を感じない。
逆立ちしても敵わないような素敵な方だけれどとても身近な人でもあるようだ。
つまりまったく同じような人間だと思える。
悪いところはなくとも弱いところはあるし、同じようなことに喜び悲しんでいる人間だと思う。
わかりやすく云えば、共感できる”普通の人”なのだ。
だけど俺には及びもつかない稀に見る“良い人”の苦難の物語でもあるのだ。
大事なこと。
途中に挿入された資料が適切なこともあり中国の同時代史がリアルに理解できる本だ。
500頁、分厚いけれど生き生きとした、昔の暮らしの手帖に載っていた「ある日本人の暮らし」を思い出させるような文章だから読みやすい。
中国杭州における名門中の名門、清時代に編纂された「四庫全書」が太平天国の乱で散逸したのを私財をなげうって集め完全修復を果たしたことで光緒皇帝から賞状をもらったほどの丁家の末裔だ。
何不自由もない名門の令嬢だったはずの著者は中国現代史の渦中に翻弄される。
動乱の中で肩を寄せ合って生きていく家族の物語。
その中で常に謙虚に感謝の心を失わず懸命に生きてきた著者の物語。
丁さんは日本に留学して横浜国立大学、早稲田大学の研究員を経てソフトウエア開発会社を興す。
2004年には中国で環境ビジネスの現地法人「福澤テック」をたちあげている。
その半生を丁如霞が語るのを和多田進が聞き書きにまとめた本である。
日本の敗戦と中国の解放。ついで国民党と共産党との内戦。
共産党が中国建国の後は相次ぐ政変、そしてプロレタリア文化革命があり天安門事件があった。
国民党統治時代に何がなしの役職にあった人々は共産党の天下では身の危険を感じる道理、著者の父も香港へ脱出する。
名門の令嬢としてお洒落に買い物に楽しい青春を送った母親は貧窮生活に追いやられ賃仕事をして著者を育てるが、やがて病を得て静養のためにも姉(付添)と一緒に父の住む香港に行ってしまう。
叔母や親戚に著者(16歳)のことを頼んで香港に発つ母が子どもたちに思いつく限りのことをノートに箇条書きにする。たとえば
ひとつ。毎月3日に家賃とガス料金、水道代を払いなさい。ひとつ。身体の具合が悪いときはすぐに薬を飲むか、お医者さんに行きなさい。絶対に放っておいては駄目です。著者はこのノートについてこういう。
お母さんのノート、悲しいです。お母さん、私たちのこと心配しすぎるですよ。だから、あんなに痩せてしまうです、、。
名門出身者は悪い階級出身者として自己や親・祖先の批判をする。
それでも命の危険があった文化革命時代、彼女も江衛兵となる。

本書の優れた特色のひとつは、途中で多くのその時代を説明する資料が多数挿入されていることだ。
それは中国政界の動きであったり、他の文書に描かれた時代の実相であったり、国際社会の動きであったりする。
文化革命のときの資料には陳凱歌著、刈間文俊訳「私の江衛兵時代ーある映画監督の青春」が載っている。
その中にある文章。
選択肢が一つしかないとなれば、それはもはや選択ではない。砂鉄が磁石に吸いつく現象を、選択された結果とは言わない。砂鉄は自分の価値を失い、磁石にくっつくことで、はじめて砂鉄になれるのだ。磁石から離れれば、ただの砂にすぎない。だから、磁石の上に残ることが唯一の願いとなる。唯一の恐怖は、磁石から落ちることだ。そこで、磁石がどちらへ揺れようと、砂鉄はそれにくっついて踊ることになる。物質なら、それは砂鉄というが、人間ならば、それは愚かな群衆である。丁さんもときに砂鉄となって生き延びざるを得なかった。
と同時に常にその程度を最小とするようにして生きてきたと思う。
彼女とほとんど同世代の俺は自分の半生とひきくらべながら読んだ。
日本の同時代人と比べたら俺も結構波乱に富んだ人生かもしれないが、彼女のそれと比べたらまるで静かなお庭の池の舟遊びをしていたようなものかもしれない。
それなのに上にも書いたとおり丁さんの生き方、考え方は極めて素直でいつも感謝の心で満たされて生きてきたように見える。
本の終りに和多田がしつこいくらいに
この本に出てくる丁さんは実に良い人なんですね。本当に穏やかな人なんですね。(略)丁さんには私(和多田)のように悪い人の部分というのはないのでしょうか?意地悪とか、他人に罪をきせるとか、、。などと確かめている、その気持ちがわかる。
しかし俺は丁さんの話に嘘を感じない。
逆立ちしても敵わないような素敵な方だけれどとても身近な人でもあるようだ。
つまりまったく同じような人間だと思える。
悪いところはなくとも弱いところはあるし、同じようなことに喜び悲しんでいる人間だと思う。
わかりやすく云えば、共感できる”普通の人”なのだ。
だけど俺には及びもつかない稀に見る“良い人”の苦難の物語でもあるのだ。
大事なこと。
途中に挿入された資料が適切なこともあり中国の同時代史がリアルに理解できる本だ。
500頁、分厚いけれど生き生きとした、昔の暮らしの手帖に載っていた「ある日本人の暮らし」を思い出させるような文章だから読みやすい。
久しぶりの書評ですね。佐平次さんはいい本ばかり選んで読んでいるのですか? それともクズ本の類は読んでも感想を書かないのですか?
丁さんのような人を俗な言葉では「ほんもの」というのでしょうね。「ほんもの」の人、世間に数多くいるのか、それとも希有な存在なのか、どうもよく解りません。
しかし、自分自身を省みて「ほんもの」と感じられる人はほとんどいないでしょうね。私など、恥じ入るばかりですよ。
しかし、自分のことは棚に上げて、特に政治家先生に対しては、「お前さん、にせもんだろう?」と不遜な目で眺めてます。(笑)
丁さんのような人を俗な言葉では「ほんもの」というのでしょうね。「ほんもの」の人、世間に数多くいるのか、それとも希有な存在なのか、どうもよく解りません。
しかし、自分自身を省みて「ほんもの」と感じられる人はほとんどいないでしょうね。私など、恥じ入るばかりですよ。
しかし、自分のことは棚に上げて、特に政治家先生に対しては、「お前さん、にせもんだろう?」と不遜な目で眺めてます。(笑)
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きとらさん、クズ本ってあまり読んだことがない、というか読めなくなって途中で投げてしまうものがありますね。
しばらく経つと又読みたくなったり。
「神聖喜劇」が第5巻まで来ました。
4巻を終わって5巻と思ったら沖縄からの荷物に入れてあったのでした。
それで今週は別の本「古事記」を読んでいます。
これはまとめて書くより途中で気のついたことを書いた方がいいですね。
丁さんのような人、たまにごくたまにいます。
下種な私はどこかにインチキがないかと疑いの目で見たりしますがどうにも正々堂々としている人がいますね。
丁さんは自分は夢を持たないから駄目だ、なんてわけのわからないことを言ってます。
しばらく経つと又読みたくなったり。
「神聖喜劇」が第5巻まで来ました。
4巻を終わって5巻と思ったら沖縄からの荷物に入れてあったのでした。
それで今週は別の本「古事記」を読んでいます。
これはまとめて書くより途中で気のついたことを書いた方がいいですね。
丁さんのような人、たまにごくたまにいます。
下種な私はどこかにインチキがないかと疑いの目で見たりしますがどうにも正々堂々としている人がいますね。
丁さんは自分は夢を持たないから駄目だ、なんてわけのわからないことを言ってます。
内容が全く違うのに、時代はもっと遡りますが、パールバックの「大地」を思い起こしました。
今、中国があらゆる面で世界の注目を浴びる中、このような本の内容を知るとほっとするものがあります。500頁はたい大変だけれども、読んでみたくなりました。
↑「神聖喜劇」かなり前に読みましたがすっかり内容を忘れました。
今、中国があらゆる面で世界の注目を浴びる中、このような本の内容を知るとほっとするものがあります。500頁はたい大変だけれども、読んでみたくなりました。
↑「神聖喜劇」かなり前に読みましたがすっかり内容を忘れました。
Oh!いきなり変わりましたねΣ(・ω・ノ)ノ…でも素敵です!~♪(^-^)V
saheiziさんってお勧め上手(*^m^*)…セールスマン向きかしら(・・?)
読んでみたくなりました~♪(^O^)
中国の人は私の周りにはいないのですが…兎角良い話を聞きません(>_<)
こんな人がいた!という話は良いですね~♪ホッ!とします…
チャングム同様…本物の「プライド」を感じます…
saheiziさんってお勧め上手(*^m^*)…セールスマン向きかしら(・・?)
読んでみたくなりました~♪(^O^)
中国の人は私の周りにはいないのですが…兎角良い話を聞きません(>_<)
こんな人がいた!という話は良いですね~♪ホッ!とします…
チャングム同様…本物の「プライド」を感じます…
『古事記』は平安時代に書かれた偽書という説があります。私は支持しています。古事記は江戸時代から疑問をもたれており、上田秋成も胡散臭いと言ってますね。
しき島の やまとごころを人とはば 朝日ににおふ 山ざくら花 (宣長)
しき島の やまと心のなんのかの うろんな事を 又さくら花 (秋成)
秋成は宣長が嫌いだったようです。(笑)
しかし、まあ、古典であることは確かですし、『日本書紀』のダイジェストとして読む価値はあります。
『神聖喜劇』、私も再読しようかなぁ・・・。
しき島の やまとごころを人とはば 朝日ににおふ 山ざくら花 (宣長)
しき島の やまと心のなんのかの うろんな事を 又さくら花 (秋成)
秋成は宣長が嫌いだったようです。(笑)
しかし、まあ、古典であることは確かですし、『日本書紀』のダイジェストとして読む価値はあります。
『神聖喜劇』、私も再読しようかなぁ・・・。
tona さん、おすすめします。
中国を少しは知った気になります。
中国を少しは知った気になります。
突然の投稿で大変失礼いたします。実は、他人のブログに書き込みをするのは、私も生まれて初めてなので、少し戸惑っております。
佐平次さんの書評を読んでいると、大きな感銘を受け、これは、やっぱり、きちんとお礼を言わなければ・・・と感じ、思わずメールを書いた次第です。
母は、皆様が言っているほどすごい人ではありません。ただ、どんな時でも前向きに努力していて、娘の私から見ても、応援したくなるような頑張り屋さんです。
皆様のコメントが私たち「丁家の人びと」にとって、とても励みとなりました。
本当に有難うございました。
まずは、お礼まで
娘・崢より
佐平次さんの書評を読んでいると、大きな感銘を受け、これは、やっぱり、きちんとお礼を言わなければ・・・と感じ、思わずメールを書いた次第です。
母は、皆様が言っているほどすごい人ではありません。ただ、どんな時でも前向きに努力していて、娘の私から見ても、応援したくなるような頑張り屋さんです。
皆様のコメントが私たち「丁家の人びと」にとって、とても励みとなりました。
本当に有難うございました。
まずは、お礼まで
娘・崢より
丁如霞の娘さん、私のつたない文章を読んでいただきコメント、お礼まで言われて恐縮です。でもうれしいなあ。なんだかお母さんとぐっと親しみが増してきました。
わが母も戦後私たちを育てるために苦労をしてきましが生きていればお母さんに共感を覚えると思います。世代は違っても。
お母さんはじめ「丁家の人びと」のご健康をお祈りします。
わが母も戦後私たちを育てるために苦労をしてきましが生きていればお母さんに共感を覚えると思います。世代は違っても。
お母さんはじめ「丁家の人びと」のご健康をお祈りします。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by saheizi-inokori
| 2008-03-10 22:26
| 今週の1冊、又は2・3冊
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