「纏」の親方 ご冥福を祈ります ミシュランで思うこと

ミシュランといえば日本人で初めて星を取ったのは中村勝宏さんだ。
徒手空拳、アルザス、カンヌからパリ、言葉も知らない国で道を切り拓いた。
大リーグに初めて行った野茂みたいなものだ。

中村さんが四谷の鮨屋「纏」の親方のことを書いている。
中村さんはフランス料理の奥深さが理解できてきたら”ふつふつと疼くように”日本の食や文化に対して全く無知であることに気がついたという。
１５年ぶりに帰国すると能楽や歌舞伎を観たり”懐を気にしながら”名だたる日本料理店や中国料理店に行く。
そのひとつの店が「纏」だった。
日本の魚のことを知りたくてよく通って親方の前に座らせてもらって”気兼ねしつつもあれこれ魚のことを尋ね”たそうだ。
心ある料理人同士は心が通じるから勘定も特別価格になる。

その「纏」の親方が９月に亡くなった。
中村さんは主治医から親方（中村さんはお父さんと呼んでいた由）の危ないことを知らされて駆けつけた。

幸いにして私を認め何度も欠氷をせがまれた。そしてかすれた声を絞り出しながら「早く鮨をにぎりたい、いまだ自分は鮨の極意に達していない」と言われた。フランス料理とはいえ同じ職人として感謝の念を忘れることなく、この言葉をしっかり引き継いで行かねばならない。

ずいぶん前に豚児が就職して初出社の日に少しは親らしいことをしようとデパートで鯛を一匹買って、そうしたらなんだか気持ちが大きくなって「纏」に寄った。
鯛の焼き方を親方に尋ねていたら訳を聞く。
職人に言いつけてカッコよく塩焼きにしてくれた。
美味しいお澄ましもつけて「お兄ちゃんによろしく」といった笑顔を思い出す。
子どもを連れて行けるような店ではないが、親方のことを告げたら豚児は嬉しそうにした。
息子が自分のお金で「纏」に行けるようになれるかどうか怪しいものだが、もし行けても直接御礼を言うことができなくなった。

ミシュランで空騒ぎするのは何となく誰かの思惑に乗ってしまうようで面白くない。
ただ、今あまりにも食べ物、料理の質について無頓着な店やチエーンが多いから、少しでも料理や食材、接客の質に関心が行くようになればいいと思う。
現実にはセレブの店だとかブランドだとか本筋の話から外れて行きそうな雲行きもあるけれど。

先日ある飲食店を何軒も経営している会社の「店長研修カリキュラム」というのを拝見して驚いた。
「労務管理」とか「食品衛生」、「コスト管理」などのマネージメントについては一応網羅しているが、肝心の「商品管理」、つまり「いかにして料理の質を維持・向上するか」とか「店内をきれいにしておく方法」、「お客様の満足度やご意向を確かめる手法」というような内容は皆無なのだ。
この研修以外にそういうことを教える機会はあるのかと尋ねたら質問の意味すら理解できないようだ。
教えずともＯＪＴ（つまり見よう見まね）で身につけていると思っているらしい。
そうは問屋が卸さない。
「纏」の親方は浅草「弁天山・美家古寿司」で血のにじむような修行をしたけれど、そんなＯＪＴをやってくれる親方は今いやしないのだ。

写真は小渕沢の大根。
かつら剥きを練習しようってんじゃない。