機械と人間はどう違うのか?池谷裕二 「進化しすぎた脳」(講談社)

「中高生と語る[大脳生理学]の最前線」が副題。

「怖い」=「危険」ということを察知して回避行動を取らせるのは脳の中の「扁桃体」という場所だ。
しかし、それを「怖い」と感じるクオリア=感情は扁桃体ではなく大脳皮質で生まれる。
同じように「悲しみ」という感情を起こさせる源になる神経細胞はあって、そこが活動すると「涙が出る」という脳部位に情報が送られる。それとは別ルートで大脳皮質に「悲しい」という感情が生まれる。「悲しみ」とか「怖い」というクオリア(感情)は神経活動の副産物であり抽象的なものなのだ。つまり悲しいと感じたから涙が出るんじゃないってこと
何かの行動を取るときに我々は自らの「意識」で「主体的に」行なっていると思っている。
実は逆で無意識のうちに何かをしようという神経活動があってそれが実際の行動を促すとともに、クオリア、つまり「何かをしようという意識や感覚」を脳に生み出していることが多いのだという。

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その大脳皮質がどうして「悲しみ」や「怖い」というクオリアを感じるかはまだ分かっていない。
ただ、そういう意識や感情は「言葉」の産物、言葉がなければ生まれてこないだろうと思われる。
(「始めに言葉ありき」というのは現代科学で立証されつつある?)

脳は曖昧な記憶しかもてない。それには理由がある。
完璧な記憶を持つと、人や物、体験の同一性や継続性が認識できなくなる。
Aさんを正面から見て横から見たときにそれが同一人物であり、後で会ったときにAさんだと認識できるためにはアバウトな共通性でAさんを記憶しておかないと光線の加減や着ている服・表情が少しでも変わると別の人間だと思ってしまう。

人間は事物を認識する際にそこにある共通性を見出して(=抽象化)記憶していく。一般化、専門家は「汎化」という。認識して記憶するためには共通性を見出すための時間が必要なのだ。
したがってあまりスピーデイに学習すると汎化できないから記憶が出来ない。

「意識」とか「言葉」があるから事物を抽象化できる。それが「心」の働きとも言える。
そしてその「心」がある理由は汎化を行ない人間に柔軟性を与えるためにあるのだろう。
パソコンやってるとこっちの気持ちを「察して」くれないからダメとなるとニッチモサッチモだものね。まあ、たまに人間にもそういうのって居ない訳じゃないけど。

なんだかグルグル回った議論のようで分かりにくいね。
でもこの本を読んでいるときには良く分かったような気がしたんだ。
著者が高校生に行なった講義の記録(会話体)だから一緒に講義を聴いている(しかも生徒がいい質問をするから俺もしているような)気分で沖縄からの機内で夢中になって読んだ。
しかし、こうして面白かった(全部面白かったんだけど)ところをお伝えしようと思うと、この体たらくだ。
まさに俺の脳が抽象化し記憶するには早すぎる読み方をしたのだろう。

ヒトの視神経は100万画素くらいだという。携帯で100万画素の写真は今じゃ観られた物ではない(俺の携帯は300万を超えている、エヘン)。
なのに何故我々の見る世界は粗っぽい表面や線にならず滑らかな美しい画面に見えるのだろう。
電車の中で友人と話が出来るのも不思議なことだ。録音機でとってご覧、走行音などで友達の言葉なんて聞き分けられないよ。
何故友人との会話が成り立つのか?
錯覚は何故起きるのか?物忘れの正体は?
さまざまなトリビアが学問的に説明される。

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今こうしている間にも2・3時間に一編は新しい知見が発表されている世界だから「最新」というのはありえない。
先日紹介した柳沢桂子さんの生命科学、とくに脳の仕組みなどについての知識はこの本では相当古いものになっている。
恐らく「クオリア」とか「ゆらぎ」「不確実性」などという概念とその重要性は当時は意識されていなかっただろう。
それでもマダ脳のことについては”殆ど何もわかっていない”。

そんなことを言えば「今」ということ自体我々は絶対に把握できないのだ。
知覚してそれを脳が把握するまでには必ず時間差があるのだから「今」と思っていることは常に過去なのだ。
それどころか俺の見ている世界と君の見ている世界が同一であるかどうかも定かではない。まして鯰や蚤が、ヒドロが見ている世界も同じものではない。
たとえば紫外線が見えたらまるで世界は違って見えるだろう。
この世が色の三原色で成り立っているからそのように見えるのではなく三原色を見る仕組みが人間にあるからそのように見えるのだ。

脳が体を支配しているのかと思ったら体が脳を支配している側面もあるのだ。
生まれつき指が4本しかない人間の脳には4本に対応する神経しかない。
逆に言うと人間の脳の殆どが働いていないのは体に規制されているから。
すなわち体の進化に比べて脳は進化しすぎたのだ。

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アルツハイマー病がどうして起こるか、その治療法の考え方や現状の到達点になどについてかなり詳しい講義がある。
それを読むだけでも脳の仕組みが分かるような気がする。
その中で昔はこの病気がなかったのに現代の老人に多いのは「ある意味では人間は脳の遺伝子設計より長生きしすぎているのかもしれない」という指摘があった。
人生50年であればアルツハイマーを引き起こす物質が脳内に蓄積される前に人間は死んでいたという。

この種の本を読むといつも感じるのは宇宙論、遺伝子学、物理学、大脳生理学、、あらゆる学問の究極の謎が原始仏教というか大乗仏教ないしは般若心経などの唯識論に通じていくように思えてならない。
現代人である俺はまさに余生を頂いているわけだ。謹んで感謝し謙虚に生きなければならないと思いもする。
Tracked from 迷子大好き by kaz.. at 2007-02-16 12:12
タイトル : キーワード
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Commented by mitsuki at 2007-02-16 06:55 x
難しい話ですが、怖いと思ってると、枯れ尾花がユーレイに見えるとか、そういう事でしょうか。
「おい母さんアレないかい?」「アレでしたら茶だんすの中ですわよ。」
こんな会話が成立するのも熟年ならでは。
人生長生きするべきですね。
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-16 07:38
mitsuki さん、私の書き方がまずいので意を尽くせないのです。犬や猿は危険を察知すると「扁桃体」が回避行動を指示します。そこまでは人間も同じ。ただ人間には「怖い」という感情があるのですがそれは大脳皮質で感じる。それをクオリアというのですが、動物がそういう感情を持っているかどうかはよく分からないらしいです。いずれにしても「怖い」と感じて回避行動を取るのではなく先に動いて(まあ、ほとんど同時ではあるのですが)怖いという感情は別ルートで感じるということです。私は今までの思っていた感覚と違うので不思議に思いました。
Commented by kazemachi-maigo at 2007-02-16 15:01
とっても興味深い面白い記事でした。
元の著作の内容もさることながら、そのエキスをこのように簡潔に書いていただき、目からウロコの感動です。
TBさせていただきました。
Commented by そら at 2007-02-16 18:20 x
脳の話をしていると、どんどん哲学的になっていくのね。
その辺がおもしろい。
悲しいから涙が出るんじゃない、涙が出るから悲しいと認知するんだって、そんな話をどこかで聞いたことを思い出した。
言葉が先にあるのなら、「憎しみ」なんて言葉、なければよかったのにと思う私(^^;)
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-16 20:41
kazemachi-maigoさん、TB記事の方が面白かったです。偽善とか曖昧、脳はある意味ではごまかしごまかしながら人間を支えてくれているのかもしれません。
見えないはずの盲点まで見ちゃうんですから。
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-16 20:45
そらさん、>、「憎しみ」なんて言葉、なければよかったのにと
名言ですね。でも実は残念ながら「憎しみ」にも存在理由はあるのです。
悪を憎む、なんてね^^。そうか、じゃあ「悪」という言葉がなければいいのか。
そうじゃないな。言葉はなくとも悪いことはあるのでしょうね。それを「悪」と概念付けテ初めて「なくそう」という行動に結びつくのかも。
Commented by roko at 2007-02-17 21:45 x
saheiziさんこんばんは★
ドリコムさんで凄いことになってて・・・・私も、F2かexciteにお引越ししようかな??
結局・・・自然の摂理や人体のことを追求検証していくと・・・何だか哲学的
しかも東洋的な価値観になるような気がします。
「憎しみや敵意」というのは寿命を縮めたりしますもんね♪
>学問の究極の謎が原始仏教というか大乗仏教ないしは般若心経などの唯識論に通じていくように思えてならない。
やっぱりい良い事云われますね~~人間としての格が違いすぎます。(笑)ショウペンハウエルなんてまさにそうですね~
Commented by saheizi-inokori at 2007-02-17 22:41
roko さん、そう言われてみるとちょいときざでした。ゴシゴシ(頭をかいてます)。
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by saheizi-inokori | 2007-02-15 23:37 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(3) | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori