郵政民営化に関するひとつの視点
2005年 08月 12日
ある友人から聞いた話。
彼は郵政公社に頼まれて本社幹部を前に講演をしたのだ。国鉄/JRと働き、最後はJR関連の子会社で社長をしていろいろ話題になるような仕事をしていたので、そういう人から”民の心”みたいなものを、幹部たちに聞かせてやろうという考えだったのだろう。
講演は成功というか誰一人居眠りもせずに真剣に聞いてくれたのだそうだ。ただ、友人が憤慨していたのは次の2点。
まず、講演の30分以上前に公社に来てくれといわれた。何で?と、よくよく聞くと「副総裁だかなんだかエライサンが事前にお話ししたいから」・・。まあ、しょうがない。仰せの通り早めに行った。ところが大相撲の土俵が入るくらいな大きな応接に案内されて、後は一向に誰も出てこない。ほったらかし。こりゃあ、何かの間違いだったか、と思い出したころ、一人入ってきておずおずと挨拶、名刺を見るとナントカ常務理事、「副総裁のなにやらは、交通渋滞で遅れていますので・・」常務さん、ぎごちなく講演開始までの時間つなぎ。その友人はJRの幹部だった時代にも、黒塗り社用車を使わない(電車を商品にする会社の幹部だもの!当たり前、と彼は言う)男だけに胸中さっと何かがヨギッタようだ。
次に彼が本気で怒ったのはこういうことだ。
折角郵政の本丸に行くのだから、と彼の会社の社員たちに「郵政に望むこと」をメールで募集して行ったのだ。社員たちは、うちの社長が郵便局のエライサンに直接言ってくれるんだ、と張り切っていくつか普段郵便局で不便に感じていることを友人に託した。もちろん友人はそれを講演の結びにした。
ところがその席上、その後のレセプション、その後、今に至るまで一度もそれらの改善要望事項についての釈明なり改善状況の説明がないというのだ。講演後暫くして生田総裁のサイン入りで「このたびは有益な・・・」という印刷されたお礼状は届いたが、その中に彼が喋った改善要望についての答えは何もない、通りいっぺんのお礼状だけ。
講演の後、質問があって、「国鉄はJRになるときに一夜にして改札の態度が変わった。それはどうしてそうなったのか?」
彼の答え「どん底にあって、親が国鉄職員であることを隠しているような子供がたくさんいる時代だった。そのときに優秀な真面目な現場幹部がたくさん辞めていかなければならなかった。大量の余剰人員問題の解決のために、部下を説得する立場ゆえに自らも辞めた、責任感の強い現場人を、私も知っている。社会に認められたいという気持ち、雇用に対する不安、それがJR出発の原動力だったのではないか」。
尼崎の事例を取り出すまでもなく、今のJRの社員に当時の悲壮ともいえる覚悟はあまり見えない。責任感の強さから辞めるどころか保身のためにボーリングに行くような・行かせるような現場幹部たち、そうでなければ出世できないと思わせるような会社風土の上に胡坐をかく本社幹部たち。民営化という形だけでは、ことは解決しないという理由だ。"人”の問題だ。

本郷の骨董屋にいました。
ピカードパパさん,TBありがとうございます。付帯決議なんて誰も知らない。そこでこういうことが・・。よく分かりますね。舞台裏。国鉄改革の時はこんな決議なかったと思う。
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TBありがとうございました。こちらからもTBさせてもらいました。
これからもよろしくおねがいします。
これからもよろしくおねがいします。
そうそう、そうなんですよ。役所であれ会社であれ。
結局は“ひと”に尽きると思います。株式会社であっても、
いい加減なひどい会社はいくらでもあります。
民営化=オール・ハッピイといった幻想をちと撒きすぎの
ように思います。
結局は“ひと”に尽きると思います。株式会社であっても、
いい加減なひどい会社はいくらでもあります。
民営化=オール・ハッピイといった幻想をちと撒きすぎの
ように思います。
by saheizi-inokori
| 2005-08-12 10:14
| よしなしごと
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