”眞實を追ふ狩人”であれ! 留守晴夫「常に諸子の先頭に在り」(2)

硫黄島の名将・栗林中将のことを敗戦と同時に瞬時にして無かったことにしてしまう”積極的健忘症”の日本人は、嫌な記憶を忘れたいということではなく、昨日まで鬼畜米英と憎悪していた米軍司令部に歓迎の投書が50万通も殺到した事実に見られるように心からアメリカを歓迎してしまう。世界史上の数多い占領の歴史の中で、外来の支配者にこれほど熱烈に投書を寄せた民族はいないといわれる。

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これはどう観ても単に先の大戦に特有の事象ではなく日本人の固有の文化・国民性に根ざしている。
風向きが変わればいくらでもそれに対応して恥じるも何も問題意識すら持たない。
福沢諭吉がこういう国民性を指してゴム人形と言ったことは既に書いた。

古代ギリシャのアイスキュロスやソポクレス、エリザベス朝時代のシエイクスピアはいずれも国の隆盛期に悲劇を書いた。
そこでは「外的事実」としての自国の勝利を讃えようとはしていない。
留守氏はアメリカ南部文学の旗手、ロバート・ペン・ウォーレンの言葉を紹介する。
(ギリシャ悲劇やシエイクスピアの詩が高い称賛を捧げるのは)人間性と宿命にまつはる深淵や暗闇に直面して、怯む事なく立ち向はうとする人間の精神力に對してなのだ。
知力に秀で「物が見える」積りでいたオイディプスは、実は何も見えていなかった。権力の絶頂にいたリア王も人間の真実が見えていなかった。
しかし、オイディプスは「眞實を追ふ狩人」であり続ける勇気をもったために、父親殺しと母親との相姦というタブーを犯していたことを知り己が両の目に金の留め金を突き刺す。叫ぶ。
お前らは、俺が決して見てはならぬ人々を見、見たいと冀(こひねが)った人々を見損なってきた、それを見分けることの出来なかったお前らは、もう誰をも見てはならぬ、永劫の闇に鎖されてゐるがいい!
権力を失ったリアの目には、それまで虚飾に欺かれて見えなかった人間にまつはる「普遍的眞實」がまざまざと見えるようになる。そして呟く。
人間は唯これだけのものなのか。(略)人間、外から附けた物を剥がしてしまへば、皆、貴様と同じ哀れな裸の二足獣にすぎぬ。
留守氏はこのような「眞實を追ふ狩人」の精神をアメリカの良心は受け継いでいると、ウオーレン、フオークナー、メルヴィルなどの例をあげる。
そして日本にはそのような精神が根づいていないという。
経済以外の分野で日本が「地方的」な枠組みを全く脱してゐないといふ事を、滞米中に私はしばしば痛感した。(略)世界に類例なき「平和憲法」を半世紀以上も後生大事に守り續けてゐるこの國、國民の大多數が「日本的な眞實」にしか関心を有しないこの國・・(略)日本人の感情や態度の「本質的な動き」は、視野狭隘といふ點では戦中も戦後も「全く同じ」であり、それは詰まり、「日本的な眞實」を超える「普遍的な眞實」を追究しようとする傳統が存在してゐないといふ事に他ならない。
ここで「平和憲法」云々の言葉に今はとらわれるべきではない。この本を通して著者がこのことに触れるのはここ以外にもう一遍あるかないかだ。

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護憲論者か否かが問題なのではない。(著者は改憲論者だとは思うが)
憲法の議論をするときの根本に「眞実の狩人」としての精神があるか否かだと思う。
そのような強靭な精神と覚悟に裏付けられた信念でない限り風向き次第ではいつでも”愛国心教育の何が悪い?””国際平和のためには出兵も当然だ”という声が主流になればその旗を振る人間になってしまうだろう。内容の吟味をすることもなく。
既にマスコミの”鋭い嗅覚”はそうした空気を嗅ぎ取っているらしい。いろんなところで流れが変わりつつあるようだ。
山崎拓がどこかの紙面で「この間まで党内で右といわれていたのにいまや左といわれている」と核保有を公言する有力者のことを嘆いていた。

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愛国だ、戦争だ、と格好のよいことを言う多くの人は、既得権にあぐらをかいている”セレブ”であったり、戦争で実際に苦しまずにすむ立場に身をおいているばかりか逆に利益を得る人たちだということも歴史的”眞實”なのだ。
この本にも陸軍で「前線に出す」ということが懲罰的に言われていたことが書いてある。裏返せば命の危険のないところに優等生たちが出世と保身を図っていたということだ。彼らが決断もせずに「本土決戦」などと空疎なことをわめいて降伏を引き伸ばしたために多くの国民と兵士が戦死し餓死し病死した。

ゴム人形であることを拒否しなければならない。ゴム人形のくせに権力を持ってしまった人(今や権力に近づくのにはゴム人形であることが大事な要件になっているかのようだが)たちのいい加減なやり口を見過ごしていてはいけない。
”アッキー”なんていってる場合じゃないんだ。

写真は沖縄拾遺・今は”癒しの島”、みんなが行きたがるけれど、60年前の知事は必死になって本州への帰任を策し成功する。後を継いだ島田知事は本土から見捨てられた沖縄の民のために最後まで死力を尽くした。そして最後に死を選んだ。
Commented by ちゃめ at 2006-12-16 23:17 x
 いつもながら、考えさせられる投稿ですね。
「正しい」と思ったことを大声で言うと、日本では兎角疎んじられるようです。
「正しい」を貫こうとすると、互助会的な組織の中では、なかなか生きづらくなるみたいですね。
 レッテルを貼ったり、イメージを悪くするような噂を流したりして、真実を離す人を白眼視し、疎外する(つまり、イジメる)ような風潮が、日本社会にあるような気がします。
 やはりムラなのか?と時々思います。
Commented by antsuan at 2006-12-16 23:22
日本的な真実こそが普遍的な真実であるとも思えるのです。つまり、歴史を捏造する国は普遍的な真実を探らねばならない努力が必要ですが、歴史を捏造せず融合し隠しただけであり、再度真実を見いだす事が出来る国は日本だけのような気がします。
硫黄島や沖縄の国民と兵士の死力を尽くした結果を語り継ぐ事こそ、ゴム人形に成り下がらない唯一の手段であるように思います。
Commented by Fou at 2006-12-17 01:10 x
論理的不整合性、これが日本人の苦手なことなのではないでしょうか。
屁理屈は論理の外で成り立つことですね。
屁理屈の最たるもの:解釈改憲。

論理的整合性を尊重しない限り、私達日本人はinternationalになれないのではないかしら?
Commented by Fou at 2006-12-17 01:14 x
慣れないことを書いたら、早速言い間違い。
「論理的整合性」、日本人の苦手なこと。
「論理的不整合性」は日本人が無神経な点ではないでしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2006-12-17 07:35
ちゃめさん、この本の後のほうにそのこともかいてあります。
「知が力にならぬ文化」であり真実よりも「時局にあった話」が求められると。
Commented by saheizi-inokori at 2006-12-17 07:39
antsuanさん、日本的真実が世界の真実になるのには普遍性が必要だと思います。
硫黄島や沖縄の悲劇をきちんと(なぜそのような悲劇が行われなければならなかったのか、それは歴史的必然でもなんでもない、指導者が無能・無知・無恥・無責任だったからである。すなわち避けられた悲劇であったこと)を語り継ぐことその道であるとおもいます。
Commented by saheizi-inokori at 2006-12-17 07:49
FOUさん、お久しぶりです。
上にもRESしたように、「知が力を持たない文化」、ある意味ではその場限りの「情」とご都合主義(権力と集団にとっての)が力を持っているのが残念ながら日本ではないでしょうか。
あれだけ悪口を言っていても安部が駄目だと小泉はよかったといい、吉田茂は今や神様ですもの。
指導者の功罪を好き嫌い、しかもマスコミの作り上げた虚像に対しての好悪で決めているわけです。
現代大衆社会に共通にみられる現象にしては少々度が過ぎるような気がします。
客観的な判断基準がないから「自分」がすべて、それがおっしゃるところの「無神経な点」に結果していくのではないでしょうか。
善意で相手の気持ちを踏みにじるのです。他人が見えない、客観的に環境を読めない。アメリカに勝てると思い込み”解放された”中国人・朝鮮人は感謝していると思い込む。
Commented by tona at 2006-12-17 09:06 x
ギリシャ悲劇やシェクスピアの「人間の真実は見えてなかったけれども、運命に対してひるむことなく立ち向かう勇気があった」というのは硫黄島の悲劇に垣間見られたような気がします。
そういうことをなかったことにしてしまった後世の国民性は何か許しがたいような、反省しなくてはという思いにかられました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-12-17 11:24
tonaさん、そのあたりが今の中国や朝鮮の人たちとのギャップを生んでいるのかもしません。積極的健忘症は被害者には期待できないですよね。
Commented by hanabi_cyu at 2006-12-17 11:29
そうなんだ~って思いながら読んでいるのが、精一杯で
感想までには到達しない私です(>ω<)
すみませんm(__)m
色んな人のコメントを読ませてもらいまして勉強になってます☆
ありがたいことです☆
Commented by みい at 2006-12-17 11:31 x
「ゴム人形」そのとうりかも。でもそうでなければ生きられない国なのかもしれない・・・です。そうなりたくはないです!。
硫黄島では、年に一度、日米の合同慰霊祭が行われているそうですね。61年前に敵同士だった人が、再会する。真実を確認するため、交流は続いていくのでしょう。ここの島で亡くなった2万人余の兵士の声が聞こえてくるのでしょう・・・。
Commented by saheizi-inokori at 2006-12-17 11:43
hanabi_cyuさん、
そうなんだ~って思ってくださって、ありがたいといってくれて
それが素晴らしいコメントです。ありがとう!
Commented by saheizi-inokori at 2006-12-17 11:47
みいさん、森茉莉は「コンニャク」って書いてました。ゴムよりもっと悪いかもね。
Commented by hanabi_cyu at 2006-12-18 14:24
そう言って頂くと心が、軽くなります☆
ありがとうございます☆m(__)m☆
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by saheizi-inokori | 2006-12-16 21:06 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(14)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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