贅沢、しつけ、ビスケットの資格について 森茉莉(早川暢子編)「貧乏サヴァラン」(ちくま文庫)

森鴎外の愛娘・”お茉莉”さんの愉快なエッセイ集だ。
彼女は食べ物、料理が好き、多くの著作のほとんどがどこかで食について触れている。
編者はその中でも特に”捨て難い(どれもそうなので苦労しながら)”ものを編んだもの。

鴎外の印税は30年で”本屋が丸儲け”になって化学でいえば”<自惚れ>と<怒り>でできている”生活力ゼロのようなお嬢様は小説やエッセイを書いて糊口をしのぐ。

贅沢、しつけ、ビスケットの資格について 森茉莉(早川暢子編)「貧乏サヴァラン」(ちくま文庫)_e0016828_23111059.jpg
16歳で資産家の息子でもあった山田珠樹と結婚するが28歳で離婚、鴎外の妻ととともに「悪妻」と言われる。
悪妻にも何にも家事をやったこともなく女中にかしずかれて育った彼女に山田家の嫁はつとまらない。
珠樹との新婚時代パリで暮らしたこともありパリが大好き。

なんだか暗い人生を送っているように思うかもしれないが
人生の喜びを素直に、独特の香気とユーモアあふれる文章で綴る。たとえば大好物の平目の刺身を食べるときのこと
マリアは「ご苦労様」と自分に挨拶し、やおら箸で刺身を挟み、醤油とおろしを気に入る位つけて、それで黒と赤の黄金で縁どりした小さな菊の模様の茶碗に盛った白い飯を丸く包んで口に入れる。その瞬間が、マリアの艱難辛苦の大団円である。
「ほんものの贅沢」という文章(著者は1903年生まれ、50過ぎて作家となる。50年位前の文章)
現代は「贋もの贅沢」の時代らしい。電気冷蔵庫にルウム・クウラアに電気洗濯機・・(略)・テレヴィは各室にある。何十万円の着物、外車、犬はポメラニアンかコッカ・スパニエル、猫はペルシアかシャム、そういう奥さんが、家の中のどこかで、なにか吝(けち)なことをやっている。台所の隅とか、戸棚の隅とかで。家の中へ入っても見ないで、どうしてそれが判るかというと、そういう奥さんの戸外(そと)を歩く顔つき、レストランに入って来て辺りを無視するようす、注文の仕方、料理のたべ方、そうしてまた、隣の席の人に判るように自分の身分や贅沢生活について喋ること、それらのいろいろの中に彼女たちの貧寒な貧乏性が現れているからである。
(略)
だいたい贅沢というのは高価なものを持っていることではなくて、贅沢な精神を持っていることである。容れものの着物や車より、中身の人間が贅沢でなくては駄目である。
茉莉さんは”貧乏贅沢”、と”贅沢貧乏”の違いを強調する。
上に書いたようなのが貧乏贅沢、タオルや一本の匙に贅沢をして、空壜の薄青にボッチチエリの海を見て恍惚とするのが贅沢貧乏だ。
材料をおもちゃにして変な形を造ったり、染めたりした料理屋の料理より、沢庵の湯づけの方が贅沢なのは千利休に聞くまでもない。(略)
要するに、不恰好な蛍光灯の突っ立った庭に貧乏な心持で腰かけている少女より、安い新鮮な花をたくさん活けて楽しんでいる少女の方が、ほんとうの贅沢だということである。
彼女が逝って20年、ますます贋もの贅沢は跋扈していると思う。”セレブ”なんて臆面もない人たちが闊歩している、厚顔無恥な世の中になっている。

茉莉さんの教育論、彼女は、理想の女性は?と聞かれると判で押したように明朗な女性と答えちょっと込み入ったことを聞かれると「えへへーわかんない」と答え、”粋”ということを知らないコンニャクのような今のオトコノコ(この言葉も)ダイッキライだ。
どうしてこんな画一均等的なオトコノコばかりが出来てきたか?それは
親たちに自信がなくなって・・(略)口を出さないことが、理解のある親だとでも思っているより仕方がないのである。それが民主主義だと、自分を誤魔化している親が無数に出来たのは敗戦のためであって、上から押しつけられて、忠君愛国や質実剛健、倹約、等々ただうわの空で唱えていた
から、そのよっかかりが無くなるとなす術がないのだ。
職業は何であれ自分の仕事に自信と誇りを持っている親の子供はコンニャクにはならない。

これも茉莉さんのいた頃よりもっとひどくなっている。
そりゃそうだ。彼女にコンニャクといわれた人たちが大人になったんだもの。
特にエライ人が魅力的な生き方をしていない。魅力的な活き活きした人生を犠牲にすることによって今の地位を守ってきたようなエライ人たち。
その後姿を見て育った子が苛めをするし偽装もするし・・。

贅沢、しつけ、ビスケットの資格について 森茉莉(早川暢子編)「貧乏サヴァラン」(ちくま文庫)_e0016828_23254347.jpg

お口直しに彼女の好物、ビスケットについての文章
ビスケットには固さと、軽さと、適度の薄さが、絶対に必要であって、また、噛むとカッチリ固いくせに脆く、細かな、雲母状の粉が散って、胸や膝に滾(こぼ)れるようでなくてはならない。そうして、味は上等の粉の味の中に、牛乳(ミルク)と牛酪(バタ)の香いが仄かに漂わなくてはいけない。また彫刻のように彫られている羅馬字や、ポツポツの穴が、規則正しく整然と並んでいて、いささかの乱れもなく、ポツポツの穴は深く、綺麗に、カッキリ開いていなくてはならないのである。この条件の中のどれ一つ欠けていても、言語道断であって、ビスケットと言われる資格はない。
いやはや、俺はビスケットでなくてよかった!
卵が好きで自分をパリジャンとも思いなして・・いつまでも乙女らしく可愛い・綺麗なものが好きなマドモアゼル。
年も離れている上に書くものもまるで違う内田百閒、こちらは夏目漱石の弟子、まるで違うようでどこか彼女と似たところがある。
茉莉さんは百閒とあったこと、読んだことがあるかなあ。なさそうだね。

下の写真は著者の書いた書簡から。
茉莉さんの部屋の様子、コンペイトー、ウメボシアメ、マルセイヌのヴェルモット、財布、オーガイ全集判、人参茶、コップ、ニッケアメ、一流のカレーライスなどに囲まれて感涙に咽んでいる?
北沢湯(銭湯)に毎日二度入るのが一仕事だった。
Tracked from ひねもす ROKO BLOG at 2006-11-17 20:13
タイトル : 贅沢貧乏☆ 森 茉莉の世界
文豪であり医者の森 欧外の娘が貧乏してる?一間の浅草の安アパートに彼女の目線で感じた(埃も??)本物と暮らす窮乏生活。彼女だけの価値観がこの本にはこっけいなくらい悲しく凝縮されておりました。私は、リアルタイムでこの方見たこと無いのですけど.....実物...... more
Commented by ふく at 2006-11-17 11:31 x
森茉莉さん・・・あこがれてあこがれて、ずいぶん読みました。
でも、あのころは、若かったから、本当の意味がわからなかったような気がします。本当の贅沢の意味も知らずに、いきがっていたような。
贅沢貧乏の本、きれいな装丁本を買ったおぼえがあります。どこにいったかしら。ご本人の晩年は、見るからにのお姿だったと聞いています。
多分、心は贅沢だったのでしょう。かくありたいと思えども、なかなか、本物の贅沢には近づけない、庶民を実感しております。
ところで、森鴎外作の山椒太夫は、伝承での安寿の死に方と違うそうです。当時、かわいい盛りの茉莉さんを目の辺りにしていた鴎外にとっては、むごい死に方を書けなかったのではないかとのこと。
また、それを原作とした溝口監督の映画「山椒太夫」での安寿の死に方も観客には、むごさを見せません。これは、やはり、娘を持つプロデューサー川口松太郎の配慮があったのでは。。とか。
娘を思う父は、別の感情があるようです。しかし、当の娘はどうだったのでしょう。いろいろ思う、昔・娘です。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-17 12:11
ふくさん、まさに盲目の愛とも溺愛ともいうべき可愛がり方だったのですね。資産家の山田家に嫁ぐことが決まると「お茉莉が西洋料理をうんと食うだろう」と言ったと書いてあります。16歳の花嫁を膝の上にのせて相好を崩していた文豪、あの髭を蓄えた写真や難しい小説からは想像が出来ません。
話は飛びますがわが拙い経験では経済的環境が厳しくなったときの方が凛とした生き方が出来るように思います。凛とせざるを得ないのかも知れませんが。
小金を手にすると卑しくなるのが愚か者の常?
Commented by ちゃめ at 2006-11-17 13:41 x
>だいたい贅沢というのは高価なものを持っていることではなくて、贅沢な精神を持っていることである。容れものの着物や車より、中身の人間が贅沢でなくては駄目である。

 至言ですね!
 逆の人はすごく沢山居ますね。
 容れものに中身を食べられたら、嫌ですねぇ(抽象的表現でスイマセン)。

 この本は是非読みたいです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-17 14:30
ちゃめさん、食べられるより前に空洞だったりして^^。
Commented by hanabi_cyu at 2006-11-17 14:41

悪妻と呼ばれてもかわいい人ですね♪
悪妻最高~\(^o^)/
Commented by tona at 2006-11-17 16:05 x
森茉莉さんを1冊読んだくらいですから、随分誤解していました。
心の贅沢と物の贅沢の違いを筋を立てて主張されていたのですね。
妹さんの小堀杏奴さんと随分違っていてとても同じ家に育ったと思えませんでした。
Commented by roko at 2006-11-17 20:40 x
saheizi-inokori さんTBありがとうございました♪
私は、中学の頃森鴎外の短編集を読みふくさんのコメにもありましたが
「山椒太夫」の話は、おどろおどろしいのですがとっても好きでした。
(変な子だったんですね~~今でも?!)
茉莉さんは、最近知りましたというか・・・読みました。
私は、パシリでもいいからお友達になりたーい(爆)です。
物事の本質を見抜く目が凄いと思います。
彼女なら「○木 数子」や「今の美輪明宏」や「江原 何とか??」なんて、ばっさりと「偽者!!」と切るでしょうね(笑)
親子二代に渡る・・・悪妻への道の下りも面白いですし、「ドッキリ語録」なんかも面白いですね♪
今・・・こんな、究極のお嬢さまは存在しないのではないですか?(笑)
話は変わりますが....頑固な日本人は私の中では「今は、死滅した日本男児」もその中に入ります。
生意気申し上げますが・・・・これは、団塊の世代の方で死滅してしまってますね。。。悲しい事です。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-17 21:30
hanabi_cyuさん、でもあなたは良妻賢母ですよ!ブログで拝見する限り^^。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-17 21:34
tonaさん、これだけ自分に自信を持っていることはやはり素晴らしいですね。へこたれず、伸び伸びとわがままなのです。字に書くとおり我がまま、羨ましい人です。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-17 21:36
rokoさん、背筋が伸びている男とでも言うのでしょうか、少ないですね。あっちみこっちみ。
Commented by 園長 at 2006-11-17 23:02 x
懐かしい・・・。
確か高校生の頃に憧れて読んだ記憶が・・・。
官能的だったような・・・(だいぶ記憶があやふや)

同じように、作家の父をもつ作家として、
私は萩原葉子さんの小説を読んでとても衝撃を受けました。
途中でページを閉じようかと思ったことを覚えています。
確か、ドラマで竹下景子さんが出演して「蕁麻の家」だったか、
「花笑み」だったかやっていたような・・・・。
ずいぶんと違うもんです、当たり前だけど。
ちょっと思い出したので、関係ない話題ですみません。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-17 23:11
園長さん、茉莉さんは葉子さんと仲良しみたいですよ。この本の中にも何回か名前が出てきます。
Commented by 園長 at 2006-11-18 22:21 x
あら、そうなんですか?佐平次さん。
知りませんでした。
ちょっとふしぎな感じですね。
父親が特別な人だったってことは共通か・・。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-18 22:36
園長さん、室生犀星つながり?違うかな。
Commented by aosta at 2006-11-20 10:05 x
始めまして。
tonaさんのブログからお邪魔いたしました。
 懐かしい森茉莉さんのお名前に思わず立ち止まり、遠い日の記憶を手繰る思いで読ませていただきました。

私は「私の美の世界」で初めて森さんの世界に出会いました。
独断と断定にみちた、なんと豊穣な「美の世界」であったことでしょう。
「贅沢貧乏」始め「マドモワゼル・ルウルウ」(こちらは翻訳ですが「枯葉の
寝床」。それからずいぶんとんじゃいますけど大作『甘い蜜の部屋」。

すべてが宝物でした。
茉莉さんに会えるかも知れないというはかない希望とともに、黄昏の下北沢界隈をうろついていたこともありましたっけ(笑)

本の装丁もそれぞれに素敵でした。
パッパとお茉莉の不思議な蜜月。
毒舌にみちたエッセイ。
官能がほむらのように立ち上る小説世界・・・

また近いうちに読み直してみたくなりました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-20 11:02
aosta さん、いらっしゃいませ。tonaさんにはいつもお世話になっています^^。
「独断と断定に満ちた、しかも豊穣な世界」、私は彼女のものは「ドッキリ・チャンネル」くらいしか読んでいないのですが、確かにそういう世界の空気を強く感じました。
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by saheizi-inokori | 2006-11-16 23:42 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(16)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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