俺は百閒に似ているのかも 内田百閒「御馳走帖」 (中公文庫)

昭和21年、食べるものが手に入りにくかった頃に定価20円で出版、昭和40年に改訂増補「新稿御馳走帖」になる。この文庫は両方を合わせて40年以降の随筆も加えたもの。

俺は百閒に似ているのかも 内田百閒「御馳走帖」 (中公文庫)_e0016828_027951.jpg
読み直していると相変わらず(当たり前、変わったら怪談だ)の百閒節にいい気持ちになる。

嫌なものは理屈じゃなくイヤなんだ。
しかし、そこをなんだかいろいろ理屈めいたことを言うのも当世の言葉で言えば”カワユイ”。
そんなことを言えば百閒和尚、目をぎょろりとさせて睨むかな。

当世ついでに、あまり”好きくない”言葉を使えば”こだわり”の人。
酒はいつも飲んでいる酒がいいのであって、いくらうまいかもしれないがいつもと違う上等な酒は嬉しくない。
朝飯は食わず昼は秋の彼岸から春の彼岸までは盛りかけ一つづつを半分づつ食べる。春の彼岸から秋までは盛り二つを一つ半くらい食べる。
正午きっかりに届かないと、
五分かせいぜい十分位までは腹が立たないが、それ以上遅れるとむしゃくしゃして来る。
夜は毎日御馳走を五時きっかりにはじめないといけない。
わがまま・気難しいようだが毎日美味しく食べようとする和尚の段取りなのだ。

俺は百閒に似ているのかも 内田百閒「御馳走帖」 (中公文庫)_e0016828_0341615.jpg

幼い頃は岡山の造り酒屋のボンボン、幼少の頃からタバコを吸いオンバ日傘で育てられた。
ある夕方、近所の子のうちを訪ねると
辺りに何とも云はれない、うまさうなにほいがした。
「かかん、これん、一番うまいなう」とその子が云った。
油揚げの焼いたのを食っていたのだ。
家に駆け戻って晩飯に出してもらう。
じゅん、じゅん、じゅんと焼けて、まだ煙の出てゐるのをお皿に移して、すぐに醤油をかけると、ばりばりと跳ねる。その味を、名前も顔も忘れた友達に教はって、今でも私の御馳走の一つである。
実際百閒邸で「じんばり」はご馳走だった時代がある由。

昭和19年夏、”段々食ベルモノガ無クナッタノデセメテ記憶ノ中カラウマイ物食べタイ物ノ名前ダケデモ探シダシテ見ヨウト”作った「餓鬼道肴蔬目録」は貴重な文献となるかもしれない(実際は縦書き)。
さはら刺身 生姜醤油
たひ刺身
かぢき刺身
・・・
くさや
さらしくぢら
・・
竹の子ノバタイタメ
・・
土筆
すぎな
・・
青紫蘇ノキャベツ巻ノ糠味噌漬
・・(ずっと飛ばして)
胡桃
椎ノ実
南京豆
・・・(後はとびとび)
汽車弁当
押麦デナイ本当ノ麦飯
りんご
かまぼこノ板ヲ掻イテ取ッタ身ノ生姜醤油
90を超える食べたいものが並んでいる。

酒の酔いについて
強い酒を飲んで酔ふのは外道である。清酒や麦酒なら酔ってもそれ程のことはない。しかしお酒にしろ麦酒にしろ、飲めば矢張り酔ふ。酔ふのはいい心持だが、酔ってしまった後はつまらない。飲んでゐて次第に酔って来るその移り変はりが一番大切な味はひである。
至言だ。
しかし、移り変わりを楽しんでいると酔ってしまうのも事実だね。修行がタリンのかも

(写真は韓国・民族村)
Commented by ふく at 2006-11-14 01:45 x
夜中に美味しそうなリスト・・危険ですわー。
それにしても、「さわらの刺身、さらしくぢら、かまぼこの板の・・・」と続くと、岡山出身らしいなー。同じようにいつも言っている90歳の母を思います。
Commented by polaris at 2006-11-14 03:11 x
百閒さんの食べたいもの目録、自然の素材が十分に生きていて、
身体にやさしくて、おいしそうですね。
saheiziさんの、ご馳走も上等なものばかりですけれど、
バラエティーに富んでいて、さすが食通といつも感心してます・・・・
展覧会、今日いきます。日曜美術館もしっかり見ました。
写真はやはり??
韓国のミンソクチョン、行きたい所です。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 08:25
ふくさん、大手饅頭なんてのもでてくるのですよ。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 08:27
polarisさん、”上等”って、高級とか贅沢なのものではなく自然の味わいを活かした・土地の心が感じられるものという意味では”上等”ですね。
Commented by knaito57 at 2006-11-14 09:46
ただ焼いただけの熱い油揚げに醤油をたらす──これ、今でもときどきやります。もちろん学生のころ百間さんの小説で学んだレシピですが、それに大根下ろしをのせるのが私のオリジナルです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 11:19
knaitoさん、私はネギを刻んで山盛りに乗っけるのです。生姜醤油で食べます。
Commented by yoco at 2006-11-14 14:08 x
私は、カリっと焼いた油揚げに大根おろしと刻みネギと鰹節をたっぷりと乗せ、生姜のすりおろしを少しのせて、醤油をたらして食べます。
誰だったか噺家さんが、テレビで紹介してたのを見て、それ以来、気に入っています。
美味しいですよね。油揚げ。
Commented by kazemachi-maigo at 2006-11-14 15:25
百閒さん、好きです。

彼は犬を飼っていて、これが仕事をしていると散歩に連れて行けと吠える。
が、彼の家には編集者が押しかけ、原稿の出来上がりを待っている。
犬が吠えるので気が散ってなかなか進まない。
あんな駄犬飼うのではなかった・・・と憤りながら、彼はしぶしぶ犬を散歩に連れて行く。
で、彼は編集者に愚痴をこぼす。
「こいつを散歩に連れて行かなくちゃならんから、ちっとも原稿が進まんよ。」
編集者が言う。
「なら、いくら吠えても無視して原稿を書いたらいいじゃないですか。」

で、百閒さんは言ったそうです。
「でもなぁ、1日中こうして繋がれているんだ。散歩くらい連れて行ってやらないと可哀想じゃないか」

この矛盾を内包する優しさ!
で、ファンなのですが、それとは関係なく、油揚げの焼いたやつ、お醤油垂らして食べてます。
Commented by tona at 2006-11-14 16:50 x
百閒さんのこだわりがおかしいですね。
>飲んでゐて次第に酔ってくるその移り変わりが一番大切な味わい
このような体験がないですね。
焼き鳥屋さんで食べた焼いた油あげに納豆が入っているのが美味しかったです。
Commented by mitsuki at 2006-11-14 21:19 x
私は油揚げを開いて中にチーズを詰め乾パスタを尖らせた物で縫い合わせた品を軽く炙って頂いています。
これも百閒先生のレシピを誰かがアレンジしたんでしょうね。
出生は判りませんが醤油をつけて食べるのが基本かなと。
Commented by ふく at 2006-11-14 23:06 x
なるほど、岡山だから大手饅頭ですね。これが倉敷になると藤戸まんじゅうらしいです。いずれも薄皮のこしあんのお饅頭、美味しいですよー。
ある種の郷愁があるようです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 23:32
yocoさんが一番贅沢だァ!
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 23:35
kazemachi-maigoさん、百閒にあっては常人の矛盾はちっとも矛盾じゃないのですね。ネコの話は「ノラや」などで読みましたが犬の話は読み忘れたのかなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 23:36
tonaさん、さっき根津のうどん屋で食べた油揚げが納豆入りでしたよ!
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 23:38
mitsuki さん、それは又違った風味があっておいしそうですね。
湯島の「シンスケ」を思わせます。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 23:39
ふくさん、大手饅頭は食べたことがないのです。
この間上州の道、途中で売っていたひとつ100円の饅頭がうまかったですよ。
Commented by ふく at 2006-11-14 23:48 x
すみません、饅頭話で長くなりますが、前橋にはかつて(10年前くらいまで)片原饅頭という、すばらしい饅頭がありました。熱々の酒蒸しまんじゅうです。大きさはもう一つの上州名物焼きマンジュウくらいの大きい平べったい形で、中には、主人が夜な夜な作る上品なコシアンでした。
継ぐ人がいなくて、閉店となりました。このマンジュウの味が大手饅頭によく似ていると言って、岡山出身の故料治熊太(骨董蒐集家)は喜んだそうです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-14 23:55
ふくさん、面白いですねー、つながっていっちゃうんだ、饅頭つながり!
Commented by gongxifacai at 2006-11-15 00:18
四谷の桃太郎のメニューに「じんばり」ありましたよね。
むかし、よく行ってました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-11-15 08:20
gongxifacaiさん、おはよう。桃太郎のじんばり?食べたような食べてないような?今度確かめてみます。
プロの作るじんばりってどこがちがうのかな。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by saheizi-inokori | 2006-11-14 00:40 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(20)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori