栗林君悔しかっただろうな 梯久美子「散るぞ悲しき」(文藝春秋)

一昨日〈正確には昨日零時)に書いた本は栗林中将の家族に宛てた遺書・手紙に半藤一利が簡単な解説「硫黄島の戦闘の意味すること」を附したものである。
本書は硫黄島の戦争がどのように準備され、遂行され、将兵に生き地獄といっても過言ではないほどの困難を強い酸鼻を極める最後を強いたかを書いている。

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ほとんどが普通の市民出身の兵たち、わずかに生き残った兵はアメリカの捕虜収容所で「硫黄島の兵だ」といった途端周囲の空気が変わり、以後畏敬の念をもって扱われたという。
荒くれ者揃いのアメリカ海兵隊に精神異常者を出すほど恐れられた硫黄島の戦争。

日本軍の戦死1万9900名、戦傷1000名、米軍戦死6821名戦傷2万8686名、上陸した米への二人に一人が戦死または戦傷したことになる。
太平洋戦争で、米軍反攻開始の後,その死傷者が日本軍を上回ったのは、この硫黄島だけだ。

そのような奇跡的な戦いが栗林という類まれなる軍人によって完遂されるこまごま。
栗林という人間、秀才であるだけではなく、人間味・ユーモアのわかる男。
アメリカ留学経験でアメリカに親友もいたし対米戦争の無茶さを良く分かっていた。
本書は遺族や知人を訪ねて栗林の多面的な人間像を伝える。

俺は彼のたくさんある長所の中で、
「現地・現場最前線と共にある」「細部に徹底的にこだわる」「責任を果たすためには上部の”常識”をも果敢に否定し初心を貫く」
というところがもっとも好きだ。

書名は栗林の辞世三首のひとつからとっている。
国の為重きつとめを果たし得で矢弾尽き果て散るぞ悲しき
この歌を大本営が新聞に発表するときには「悲しき」を「口惜し」と変えた。「”遺骨”と思ってくれ」と遺族に渡された最後の電報でも墨黒々と「悲しき」は消され朱で「口惜し」と書き込まれてあった。
さらに訣別電報本文で「宛然〈=まるっきり〉徒手空拳を以って」健闘をしたことは聊か悦びだという意味の文で「」内が削除されている。
その代わりに原文にない「将兵一同と共に謹んで聖寿の万歳を奉唱しつつ」などという言葉が挿入されている。
この世の地獄に追いやり見殺しにされてもなお己が使命に殉じた司令官の白鳥の歌までも捻じ曲げることをもって報いたのが大本営だった。

当時の常識では軍人が、ましてやエリート司令官が戦死に臨んで悲しいとか愚痴を言うような女々しいことはタブーであった。
そんなことは当然知っているはずの栗林中将は何故こういう歌を遺したか?
この電報は、死んでいった、あるいはこれから死んでいこうとする兵士たちへの鎮魂の賦だったのである。

エリート軍人たる栗林が、いたずらに将兵を死地に追いやった軍中枢部への、ぎりぎりの抗議ともいうべき
がこの歌であり電報であった。であるからこそ、軍中枢はこれを改変したのだ。

実はこの昭和20年3月16日の玉砕目前の訣別電報の前に、栗林は最後の戦訓電報を3月7日に大本営に発信している。
この電報は極めて異色だった。
まず宛名が大本営参謀ではなく蓮沼侍従武官長になっている。
陛下の上聞を狙ったのだ。大本営に何を言っても黙殺されると考えたのだ。
異色のもうひとつ、大本営の方針に対する批判が内容となっている。
海軍の”常識”にとらわれた水際作戦重視思想への妥協と飛行場拡張工事への固執がそれであった。
米兵の上陸の際に集中的な攻撃を行なうこと、それが万歳突撃となり、物量豊富な米軍の前に短期間での玉砕に追い込まれる原因となっていたから栗林は島の奥地に地下壕を構築トンネルで連絡できるようにしてできるだけ長期間ねばり、すこしでも多くの損害を敵にあたえるゲリラ作戦を基本とした。
さらにいまや使いたくても保有していない飛行機のために飛行場を広げることは意味がない。
至極もっともな考え方であったが海軍の主張に配慮する形で妥協案をつくったために栗林の作戦が中途半端な準備しか出来ない結果となった。
この点を捉えて栗林は「陸海の縄張り主義を一掃し一元化すべし」と指摘する。
現在の公刊戦史にはこの部分は省略されている。
編纂は防衛庁防衛研修所。あれほどの犠牲を払っても縄張り主義の弊害は触れたくないタブーなのか。
Tracked from 墓の中からコンニチワ at 2006-09-30 10:27
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Tracked from 墓の中からコンニチワ at 2006-09-30 10:28
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Tracked from ひねもす ROKO BLOG at 2006-10-25 22:15
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Commented by antsuan at 2006-09-28 02:57
歴史に史実を残すという事は斯も難しい事であろうとは。
敗戦にも係わらず腐敗した組織が残った事は「口惜し」の一言ですが、同時に後世に生きるものとしてはこの腐敗組織を一掃する事を靖国神社で誓うべきでありましょう。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-28 09:31
antsuanさん、今も変わらぬ省益優先の官僚、自分の会社さえ良ければ何をしてもよいという大企業、腐敗の一掃は大変ですね。
Commented by ふく at 2006-09-28 10:39 x
こうして、読ませていただくと、ひとくくりにできないものがあると感じます。
戦争に行った方々のそれぞれの人生、それぞれの思いを強く感じます。

こうしたことを語り継がねば、歴史にはならないはず。
家庭、学校、全てが考えたいものです。

以前、靖国神社の能舞台の前に植えられている桜には、
一つ一つ、部隊の名前が刻まれているのを見たことがあります。
そのときの桜の花びらにいたたまれない思いがしました。
どんな思いで桜を植えたのか・・

Commented by saheizi-inokori at 2006-09-29 10:31
ふくさん、私たちの世代が伝える努力をしないと後の世代は何のことかわからないでしょうね。
この間10年ほど先輩に「私たちはこのころのことをほとんど教わっていない」と言ったら「俺たちもだよ」といわれてしまいました。確かに中学生に世界の動き・陸軍の裏側なんて分かるはずないですね。
Commented by みい at 2006-09-29 21:45 x
今日、この本届きました。じっくり読みたいと思っています。
この時代にこんな人がいて、こんな悲惨ななことが起こっていたこと、私も、次の世代に伝えたいです。知ることから、そして考えてもらいたいものです。
「散るぞ悲しき」心にずんと響きます。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-29 22:20
みいさん、是非多くの人に伝えてください。
泣けてくる話もありますよ。
Commented by roko at 2006-10-25 22:18 x
初めまして。
同じ記事を書いていますのでTBさせて頂きました。
よろしかったら、遊びにいらして下さいませ(。-_-。)。。o
Commented by saheizi-inokori at 2006-10-25 23:45
rokoさん、いらっしゃいませ。
いろんな”事実”を突きつけられて戸惑います。
ただ、何の罪科も無い兵士たちが死んでいったことを、これだけは事実そのものだと思います。
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by saheizi-inokori | 2006-09-27 23:50 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(4) | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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