やさしさと厳しさ 硫黄島の名将 「栗林忠道 硫黄島からの手紙」(文藝春秋)

飲み水はたまに降る雨水をためるしかない、皮膚が黒焦げになる炎熱、服がじっとり濡れてくる湿気、食べるものも乾燥野菜くらい、蚊、蟻、ゴキブリ、ハエ・・開いている口に飛びこんでくる。
砲弾よりも病気で倒れる兵が多い。

毎日地を揺るがす空襲が絶えない。
硫黄島攻略で米軍が投じた砲弾や爆弾の鉄は、島全体を1メートルの厚さの鉄板で覆うほどの量だった。
住むところ、それは地底に掘ったトンネル。

武器も満足なものはない。
命を捨てて守っている本土からは見捨てられた2万余の日本兵。

死ぬことは最初から覚悟の上だ。
しかし、日本軍得意の”バンザイ突撃”=玉砕は許されない。
一日でも長く生き残り一人でも多くのアメリカ兵を殺すことが求められる。

やさしさと厳しさ 硫黄島の名将 「栗林忠道 硫黄島からの手紙」(文藝春秋)_e0016828_2338025.jpg
全ては本土を守るため。この島が落ちたときは東京は裸になる。
ここで少しでも時間を稼ぎアメリカ兵の死者数を増やすことがアメリカ国内世論を動かし
日本の和平交渉に役立つはずである。

そう考え冷徹・周到な作戦をたて準備をし(それ自体が地獄の毎日)当初5日で陥落できると考えたアメリカ海兵隊の猛攻を26日間しのぎ占領された後もなお抵抗をした猛将。
攻める側の名将・スミス中将いわく
「この戦闘は、過去168年の間に海兵隊が出合ったもっとも苦しい戦闘の一つであった。・・・太平洋で戦った敵指揮官の中で、栗林中将はもっとも勇猛であった」
そのような栗林中将、当時53歳、父島に司令部を置けばはるかに住環境も良く自らの死を免れる可能性もあるのに、断固、もっとも激戦が予想されしかも勝ち目はなく生還を期しがたい硫黄島に兵と共にあることを選んだ将軍。

彼が硫黄島に着任後、7ヶ月余に渡って内地の妻や子供に書き送った”遺書”41通が全文紹介されている。

このような人物像から想像される遺言とはどんなものだろうか?
お勝手の床板の隙間は塞げたであろうか?床下から吹き上げる風で冷え込む話はいつも聞かされ、何とかしてやるつもりでいて遂々其のまヽ出征してしまったので、今以て気がヽりであるから太郎(20歳の長男)にでも早速やらせるがよい。それで出来ない間は悪い薄べりを二つ折りにして敷くか「ルーヒングペーパー」〈防空壕に使った余りが物置に少しある筈)を適当の大きさに切って敷くもよかろう。但しルーヒングは余り長持ちはすまいと思う。
太郎にやらせるとすれば上図のようにすればよかろうと思う。
昭和19年11月28日、妻義井宛)便箋の上のスペースに丁寧な図面を書いてある。

東京への空襲がひどくなることを心配して、早目に疎開しろ、防空壕の土盛りの厚さを一尺くらいにせよ、防空壕に入るときは小さな行火か湯たんぽを用意しろ(保温の工夫については再三書いている)、履物は結いつけ草履がいい、次の便では私の古い編上げ靴がいいといい、更に次の便では編上げ靴は古くて随分悪くなっているかもしれないから足袋をはいたままはける兵隊靴はどうだろうと書く。兵隊靴の置き場所も書く。

妻からの手紙に書かれていただろう些細な〈彼の立場からすれば)事柄にも一つひとつ丁寧に答えている。
どんな細かいこともないがしろにしない。
風呂には五日に一回は入りなさいとか
二晩続けて立てる場合は、最初の晩の上がり際に、湯の中に手腕をすっかり入れて一方向に勢いよくグルグル回し、湯をシッカリ、コマのように廻し、そこへ洗面器をほうり込むと、洗面器も湯の中で廻りながら沈みますが、その時湯垢を奇妙に吸い取ります(その洗面器は翌朝取り上げる)。やってみたらいいでしょう。
按摩をとりなさいとかまるで家の中にいて気を使う夫であり父だ。
最後に子供たちに申しますがよく母(40歳)の言付けを守り、父なき後母を中心によく母を助け相はげまして元気に暮らしていく様に。特に太郎は生まれかわった様に強い逞しい青年となって母や妹達から信頼される様になる事を偏に祈ります。洋子〈長女・15歳)は割合しっかりしているから安心しています。お母ちゃんは気が弱い所があるから可愛相に思います。たこちゃん(たか子・次女・9歳)は可愛がって上げる年月が短かったことが残念です。どうか身体を丈夫にして大きくなって下さい。では左様なら。夫、父。
昭和19年6月25日、最初の手紙。
Tracked from どうにも変な音楽家 at 2006-09-26 21:25
タイトル : ソイレント・グリーン
 昨日、本屋に行ったついでに、CDやDVDを探してみた。先代の柳家小さんのCD2枚を買った。DVDでは「ホゥ! これがこんなに安く!」と「ソイレント・グリーン」を買った。家に帰って早速連れ合いとともに見入る。30年以上も前のSF映画だが、懐かしくてつい昨日のことのように思い出した。  粗筋はこうだ。  2022年のニューヨーク。留まるところを知らない人口増加により、都会では食・住を失った人間が路上に溢れ、一部の特権階級と多くの貧民という格差の激しい社会となっていた。  環境も劣悪だ。温暖...... more
Commented by ちゃめ at 2006-09-26 00:47 x
 父親の愛情が溢れるような手紙ですね。
 何時の時代でも、どんな立場にあっても、父親の気持ちというのは同じなのですね。
 読んでみたい本です。
 と同時に、やっぱり平和は良いです。

 saheizi さんのご近所では金木犀が咲いたのですね。
 こちらではまだのようです。
 とても好きな花なので、匂いを感じるのが楽しみです。 =)
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-26 08:22
ちゃめさん、おはようございます。
マンションの玄関にあるのです。行き帰りにほっとします。
Commented by antsuan at 2006-09-26 12:02
どうやったら、このように国を想い家族を想って戦場で死んでいった人たちの願いに報いる事が出来るのか。今はそのことすら忘れて靖国参拝問題を騒いでいるような気がしてなりません。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-26 13:54
antsuanさん、栗林は国の無策・無茶に対して怒りをもちながら自らの勤めはおよそ常人には及びもつかないレベルで成し遂げました。辞世の一首が「散るぞ悲しき」で結ばれています。われわれは彼のような悲しみを若者たちに味合わせないことが栗林および彼の言うとおり最後まで”地獄の戦争”を戦って死んでいった兵およびその遺族に対する義務だと思います。
Commented by tona at 2006-09-26 17:03 x
自分自身のほうがものすごい過酷な中に居て、家族に丁寧にアドバイスしている手紙に泣けました。
またわざわざ一番ひどい硫黄島を選んだのか、太平の世に身を置く私には到底考えられないほどです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-26 17:28
tonaさん、硫黄島の戦略的な位置、日本攻撃に最適な基地、からアメリカは間違いなくここを攻めてくると読み、硫黄島が奪われることは日本が空襲に無防備になるから死守したいと考えました。であるなら指揮官は兵と共にあるべし、その先頭に立つべしというのが栗林の信念でした。
大本営は当初は硫黄島を守るために2万を超える兵を派遣したのに途中で方針転換をして硫黄島を見捨てたのです。
また、アメリカの攻撃は栗林の見通しよりはるかに強行で硫黄島の先頭が続いているさなかに東京大空襲が行なわれ、その後も日本指導者の優柔不断な対応をあざ笑うかのように原爆が投棄されたのです。
Commented by みい at 2006-09-26 18:05 x
何度読んでも、胸がつまります。どんな思いで・・・・
想像を絶する過酷な現場にいて、その優しさは何なんでしょう。泣けます。平和な(平和ボケかも)時代しか知らない人達に是非読んでもらいたい本ですね。もちろん私も読みます!そして考えることから始めます。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-26 20:58
みいさん、栗林中将の話はこの本もいいですが「散るぞ悲しき」(梯久美子 新潮社)というノンフイクションの方が彼の全体がつかみやすいかもしれません。まもなく記事に書きます。
Commented by みい at 2006-09-26 21:45 x
「散るぞ悲しき」ですね。早速アマゾンで注文しました^^
Commented by 散歩好き at 2006-09-26 21:49 x
明治政府を作った薩長は欧米を見習い精神の支柱を欧米のキリスト教に比し何にするか考え抜いたといいます。変わるものは天皇と考えました。「国家の品格」では日本ではキリスト教に対し精神の根源は武士道を当てるのが良かったと言っています。
義、勇、仁、礼、誠、名誉、惻隠の情等を言っています。我々庶民の軟弱者には憧れても出来ない事ですが。
子供の頃から「美しい日本」として仁義礼知信を教えることかもしれません。本も読まないで発言し的違いかもしれません。
Commented at 2006-09-28 21:17 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-29 08:31
散歩好きさん、重ねてコメントありがとうございます。なかなか難しいことをおっしゃっていると思いました。煎じ詰めると感謝の心をもち謙虚に利他の精神で天命を果たす、やはりその根っこにはある種の”宗教的”感覚が必要なのかもしれませんね。
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by saheizi-inokori | 2006-09-26 00:00 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(12)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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