中島岳志「中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義」(白水社)

前にちょっと書いた中村屋のカリーを日本に紹介したインド人の評伝だ。
1886年英領インド・カルカッタの北方に生まれたR・B・ボースは15歳の頃、1857年のインド大反乱のことを書いた本を読んでイギリスの圧制を覆してインド独立を果たすべきとの思いに目覚める。

植民地政府の有能な営林署長という肩書きを隠れ蓑に、爆薬製造技術を身につける。
デリー遷都の日、パレードのハーデイング総督に爆薬を投げつけて重傷を負わせ、15年にはラホール兵営で反乱を企てるが失敗。
日本に亡命、頭山満などの支援を受けて中村屋に潜伏、相馬愛蔵の愛娘・俊子と結婚する。

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”自己犠牲”を心の核心におき、イギリス帝国主義打倒・インド解放を目指すボースは和服を着こなし日本語に通じ「日本人以上に日本人だ」と評されるほどであった。
日本で多くの理解者、頭山満、大川周明、孫文、安岡正篤、陸海軍の幹部・・を得たボースは日本国籍を取得、言論活動にとどまらずインド解放のために奔走する。

西洋の精神の行き詰まり、特に米英を先頭にする帝国主義的なあり方は、「個人主義」すなわち己のために他を犠牲にするものであり人類を幸福には出来ない。
それを克服する(俺はそれがいわゆる”近代の超克”ということだと思うが)ためには宗教の助けを借りなければならない。
他宗教との協調関係を保ち世界平和を実現するためには、宗教間の相対的な差異に固執するのではなく、絶対レベルの超越的真理の存在を認識した上で行動すべきである。
R・B・ボースは多一論だった。
そのような考え方の下に日本、中国、インドが中核となって西欧帝国主義のくびきからアジアの諸国・諸民族を解放することが世界平和につながる。

日本に大きな期待をする反面、当時の日本が進めつつある朝鮮経営については英国と同じ帝国主義をみてそのような日本にすがる苦しみを感じ、おりに触れ日本に対しての警戒を口にする。
しかし、現実のインド解放を行動している指導者として理念のみではイギリス帝国の打倒には至らない。
満州国創立・支那事変の際は日本を支持し中国を批判するボース。
インドにあって非暴力による解放を進めようとするガンジー、ネールらとは対立を辞さない。
もうひとりのインド解放の闘士・チャンドラ・ボースは武力によるイギリス打倒を主張しR・B・ボースと結びつきを強める。

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日本が米英に対し開戦したことはボースにとって最高のチャンスの到来であった。
勇躍、すでに老いと病魔に冒されつつあった身体に鞭うってバンコクのインド人会議に向かうボース。
日本に残した愛する子供(愛妻・俊子の忘れ形見)あてに心に染みる手紙を書く。

当初、インドのことはあまり考慮していなかった日本参謀本部はインド独立運動の力を利用してイギリスを内部から壊滅させることの意味を悟る。
独立のための協力・支援と信じるインド独立連盟と帝国主義的野望を隠し持つ日本の対応、その中に立ってボースの仲介の労はインドから見ると背信ともうつるのだ。
”日本人的”なありよう、対立者(日本軍部)を思いやってしまう心配りも仇となる。
独立運動の中にも亀裂は生じ始める。

俺はこの頃のことをほとんど知らないできたように思う。
きちんと勉強もせずに”右翼”だの”軍部のメチャクチャ”だの流布し一見分かりやすい言葉でイメージ的に物事を捉えて分かったようなつもりになっていた。
ほとんどの国民は悪くない。悪いのは一握りの政治家、軍部、財界、マスコミ・・要するに権力に群がり戦争によって甘い汁を吸った人々だ、と。

そういう一面があったことは否定できない。しかし、それで全てか?

学生時代に「ニュルンベルグ裁判」という映画を観た。
戦後、ナチスのことを、彼らがユダヤ人虐殺をしていることを、知らなかった、と証言する多くの”罪無き市民たち”を観て割り切れない思いをした。

でも、このままこの日本をほっておくと
俺までそういう”罪なき市民”になってしまうのじゃなかろうか?

滔々たる流れの中で何が出来るのかわからない。
しかし、俺は”知ること”によって少しは何かが変わるのではないか、いや、知らないことには何も変わりようがないと思う。

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R・B・ボースのことを教えてくれた著者は今31歳、29歳の時にこの本を書いた。
ボースがインドを脱出したときが29歳であることを、
同い年の彼が、既に壮絶な人生の渦中にあったことを常に意識しながら、原稿に向かった。

彼は1910年代のインドにおける過激なテロリストであり、日本の帝国主義に同調した人間である。
そのような彼ならば、21世紀初頭の世界にどう立ち向かうのだろうと考えた。
そしてそれは、29歳の私が現代社会をどう捉え、どう行動すればよいのかという問いそのものでもあった。
晩飯を食いに外に出たら銀杏並木に落ち葉が始まっている。
ああ、熱燗だぜ!
Tracked from 雪の朝ぼくは突然歌いたく.. at 2006-10-08 10:25
タイトル : 061008 日々歌う
―快著・中島岳志『中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社)に寄せて <ボース>の名幼き日より聞き知れば実像知りて想ひ乱るる 中学の一年下の<ナイルくん> きみボースの友の息子なりしか <敵の敵は味方なり>と革命家ボースのつひにナチスを賛美す 革命の熱き夢見のかなしかれボースが夢の悪夢に終はる 意図や良しインド・アジアの解放の 選びし手段そを裏切りぬ (手段=てだて) 暴力を必要悪と肯へばボースは呼びぬガンディ古しと 悪夢より醒めてこのかた忘れ去る共に夢見しボースを...... more
Tracked from 墓の中からコンニチワ at 2006-10-08 13:45
タイトル : オカミ
どうやら今週で「兼業主夫」暮らしから解放されるメドが立ってきました。思えば丁度2カ月。ジム通いの時間もとれず、ウェストも体脂肪率も戻り加減。 ところで先日、「爆笑問題」の太田を総理に擬して現職の国会議員、各種評論家、タレントたちが議論する番組を見ました。 先ず「格差社会」の問題では「アメリカの方が格差が大きい」と誰かが言ったら皆なぜか納得してしまいました。 むかし、池田所得倍増計画で我々が遮二無二働いた時代、「アジアには日本より貧しい国は沢山あり、アフリカはもっと貧しい」なんて比較はしません...... more
Commented by mitsuki at 2006-09-18 20:16 x
小泉内閣は当初80%という高い支持率の元に樹立し、確か当事は写真集まで出ましたっけ。
阿部さんのやろうとしていることは小泉内閣の改革路線の継承ですね。どうなるんでしょう日本。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-18 21:16
mitsukiさん、小泉の気持ちの悪い写真集、あれが国のリーダーかと思うと自虐史観も無理ないです。
それを支えたボウやたち!叩きましょう、戦いましょう!
Commented by きとら at 2006-09-18 21:20 x
 こんばんは。
 途中まで、あのチャンドラ・ボースにこんな側面があったのか、と誤解してました。(笑)
 歴史の現場ではいろんなことが起こりますね。満州の五族協和などペテン以外の何ものでもないが、純真に理想を信じた人もいたでしょう。努力する者は迷う者であり誤る者でもありますね。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-18 21:26
きとらさん、それが今私たちの身の上に降りかかってきているように思いますが・・。
Commented by きとら at 2006-09-18 21:58 x
 政界はぐじゃぐじゃ、改憲潮流は上げ潮、マスコミは安部ヨイショ、ジャーナリズムは弱腰、で、我々はどうする? となると・・・。
 しかし、ブロガーの皆さん、しっかりしておられる。(笑)
 
 スローライフで行きましょう。
 安部晋三の醜い国ではなく、生活者の美しい国を目指しましょう。
 司馬遼太郎は「美しき停滞」という言葉を遺しました。そうあるべきだと思います。
 たまたま書店でC・ダグラス・スミス『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』(平凡社ライブラリー)をみつけました。筆者が想定する読者のなかに、
「過労でくたびれた、あるいは労働現場の自由のなさに不満を感じている労働者」がありました。私のことですよ。(笑) これから勉強します。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-18 22:06
ああ、きとらさん、又読まねばならない本が増えてしまったよ。
私も美しいかどうかはともかく停滞というか後退すら覚悟しなきゃとおもいます。必要なことだと。
でもジジがいってもせんないことですかな。
Commented by sakuraasako at 2006-09-18 23:24
いいえ、いいえ、いまこの国には
ジジのねばり腰と、ジジのつっぱりと、口を酸っぱくしてのジジ説教が
最も必要なのだと思うのですが・・・。
ジジとババが土俵際で踏ん張るしかないのかも・・・。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-18 23:39
おや、asakoさん、まだ起きていましたか。
そうですね。でもジジはほっといても停滞・退行するからなあ、説得力に欠けるかも。
asakoさんのような若者に頑張ってもらいたい!
(俺もがんばるけんど)
Commented by seilonbenkei at 2006-09-18 23:54
罪なき市民にならないためには、貪欲に求めていく姿勢が必要ですが、日本はあまりに平和すぎます。ここでいう平和とはものがありすぎるという意味なのですが、求めることを忘れてしまった国民であるような気がします。だから、大切なことを知らされなくてものほほんとしてられるし、ゴシップばかりに一喜一憂してる毎日なのでしょう。
物質的に豊かになりすぎてしまったことが心を貧しくしている一番の原因に思えてなりません。メシが食いたい!うまいメシじゃなくて、腹を満たすメシ。大切なのは、いい意味でのハングリー精神と思います。貧すれば鈍するではいけませんが。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-19 00:10
seilonbenkeiさん、全く同感です。
失うものが多くなりすぎて行動も出来ないし人を思いやることも出来なくなる。衣食足りすぎているのでしょうね。
介護の仕事をしている青年が徹夜明けに弁当を食うか缶ビール一本を飲むか、迷ってビールで済ます。月給18万円部屋代7万円。
それを報道するマスコミが最高の給料を取っているというジョーク!
Commented by 髭彦 at 2006-09-19 23:28 x
相馬愛蔵とぼくの曽祖父が親しかったので、母からボースのことも小さいときからよく聞かされました。
その中村屋とボースの実像を若き歴史家が見事に解き明かしたのが、本書です。
快著ですね。
それにしても、佐平次さんの読書量と間口の広さに驚きます。

Commented by saheizi-inokori at 2006-09-19 23:48
髭彦さん、こんばんは。そうですね曽祖父の世代ですね。でも今おさらいをしなければとおもいます。
Commented by sakuraasako at 2006-09-20 22:52 x
私も、この本、読み始めました。
まだ、ボースが中村屋にたどり着く前の、
やっと日本に逃れてきたところまでを読みました。
文章が若く情熱的で、おもしろいです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-20 23:13
sakuraasako さん、若い著者が思いいれ充分に書いていますね。
今日華日記手に入れました。
Commented by sakuraasako at 2006-09-23 21:11 x
ボース、読みました。食も忘れて。
「知らなかった」自分が恥ずかしく、今夜、一つ「知ることができた」自分がうれしい。
一体この世には私の知らないことが、まだどのくらい残っているのか(というより、知っていることがどれっぽっちなのか)と悲しくなるくらい、
私はインドについても右翼についても当時の政治家さん達についても何も知らなかったのですね。そのことを知ることができました。
で、それはそれとして、中村屋のカリーが食べたいのですけれど・・・。
Commented by saheizi-inokori at 2006-09-23 22:18
asakoさん、特にこの頃のことは日本中の人がよく知らないのではないかとおもいます。ある人々にとってはナマナマしすぎて公に出来ないことが多かったでしょうし、客観的な評価となるとまだまだこれからかもしれません。
中村屋のカリー、おいしいですよ。昼の時間を少しずらした方がすいているかもしれませんね。
Commented by 髭彦 at 2006-10-08 10:28 x
佐平次さん、おはようございます。
発刊直後、斜め読みして思いが乱れ、そのままにしていた快著『中村屋のボース』を、皆さんの感想に刺激されてようやく精読しました。
ぼくの曽祖父が愛蔵夫妻と親しかったので、ボースのことも小さいときから母に聞かされていました。
中村屋や愛蔵夫妻に関する本はずいぶん読んできましたが、ボースについては欠落していたのですね。
学び考えること、大でした。
拙歌にTBさせていただきました。
10日、楽しみです。
Commented by saheizi-inokori at 2006-10-08 11:20
髭彦さん、秋謹といい、ボースといい、国を愛し命懸けで奔走しました。日本は彼らの役に立ち邪魔をしてきたのでした。
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by saheizi-inokori | 2006-09-18 16:18 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(2) | Comments(18)

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