近づき難いほどの端正さ 緻密な考証 吉村昭「史実を歩く」(文春新書)

近づき難いほどの端正さ 緻密な考証 吉村昭「史実を歩く」(文春新書)_e0016828_1184392.jpg吉村昭さんが亡くなった。昭和2年に東京・日暮里で産まれて79歳。昭和の全てを生きてこられた。

俺はあまり良い読者ではなかった。
初めて読んだのが「史実を歩く」(文藝春秋)、6つの自作の歴史小説を例に史実をどのように確かめて行ったかを書いた本だ。

長崎に33年間で100回近く出かける。
彼を追悼した文章を加賀乙彦が書いている中でもそのことに触れて、吉村の「海外旅行に行くなら自分はもっともっと国内を歩きたい。あれだけ行った長崎の石畳だって全てを踏んではいない」のような言葉を紹介している。

「桜田門外ノ変」を書いたときは思いつく限りの文献・資料に当たって、事件の際降っていた雪がいつやんだかを突き止める。
「生麦事件」では薩摩藩の行列を乱して斬られる英国人の、その斬られ方をめぐって、薩摩示現流の実際を鹿児島で確かめ刀の長さを明らかにする。

そのような顕微鏡とピンセットを駆使しながら拾い集めた事実も小説の中ではたった一行、一言でしか表現されない。

近づき難いほどの端正さ 緻密な考証 吉村昭「史実を歩く」(文春新書)_e0016828_1194840.jpg端正な文章。
その筆の陰に潜んでいる対象人物に対する深い愛惜の念・賛仰の心など作者の熱い感情は、読む側が心を白紙にして一行いち行、一言ひと言を確かめながら味あうようなものだ。
俺のようにゴールが逃げてしまわないかと焦り飛ぶがごとく、餓鬼が飯にありついて頬張るがごとく本を読むような奴バラには本来縁無き存在とも云うべき作品たちだ。

「破獄」「暁の旅人」「私の好きな悪い癖」・・悪い読者をも楽しませてくださった吉村さんのご冥福を祈る。
Tracked from せみのぬけから at 2006-08-07 00:55
タイトル : 追悼読書
 さっそく吉村昭の本を書棚から探したけどなぜか無かった。ならばと近くの書店へ。文庫では数冊しか置いてない。その中から新しめのやつを一冊選んだ。『歴史の影絵』。  作者の...... more
Commented by シーサイド at 2006-08-06 11:36 x
一頃読んでいましたが、最近読んでいません。
「亭主の家出」という作品があったような記憶が。
友人と落語を聴きに行く(桂枝雀さんでした)約束をしていたのを100%忘れて読んでいたのですが、その中に落語のシーンが出てきて、「アッ、今日落語だった!!」と思いだせたのです。
吉村さんのおかげで、友人との約束をすっぽかさずにすみました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-08-06 12:43
吉村さんの効用?それ聞いて今頃苦笑いかな。
Commented by tona at 2006-08-06 16:12 x
亡くなられて、どのような方とかどういう作風かを初めて知る、1冊しか読んでいない私です。『高熱隧道』はよかったです。
そもそも奥さんの津村節子さんの書かれたものの中に旦那さんとしてあまりよく書かれていなかったので読まなかったというのが理由です。
そんなことと作品とは全然別ですね。
Commented by 髭彦 at 2006-08-06 16:12 x
同じ日の新聞に鶴見和子さんの死が報じられたことに、よりショックを覚えてしまうほど、ぼくはもっとはるかに悪い読者でした。
ぼくの大学時代からの友人で幕末維新研究の大家がいますが、吉村さんは彼のところも訪ね、その強烈な実証精神に友人も感動したというようなことを、どこかに書いているのを読んだことがあります。
途中でやめてしまったの『桜田門外の変』を探しましたが見つかりません。

Commented by 散歩好き at 2006-08-06 18:55 x
小生の友人に三河島育ちがいる。朝日の夕刊に連載された彰義隊の輪王寺宮が増水した田圃の中かを落ち延びる描写は三河島郷土史のままと言っていました。取材の執念は凄いです。
鶴見和子さんと多田富雄氏の往復書簡の「邂逅」を読み感激しました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-08-06 20:36
tonaさん、二人はおしどり夫婦と思っていましたが・・。
Commented by sakuraasako at 2006-08-06 20:42
鶴見和子さんの死に少なからずショックを受けました。
ステキな方でしたね。
髭彦さんのお姉さま(お目にかかったことはない)に、和子さんのイメージが重なることが何度かありました。

吉村さんの 『海も暮れきる』 を読んで、尾崎放哉が
この腕の中で絶命したのではないかと思えるくらいの臨場感を持ちました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-08-06 20:45
髭彦さん、鶴見和子さんは私は思想の科学という名前でしか知りません。プラグマテイズムでしたっけ?だとすれば似た方法論の二人が同時になくなったのですね。
たしかに吉村さんの本は面白くなるまでに時間がかかるように思いました
Commented by saheizi-inokori at 2006-08-06 20:47
散歩好きさん、asakoさん、私の知らない本ばかりです。ありがとうございます。
Commented by 髭彦 at 2006-08-07 00:50 x
鶴見和子さんについて書いた拙文を、興味がありましたらお読みください。
http://blog.goo.ne.jp/nazohige/e/87dd5211d276adc1b47c367c7590ee99

Commented by saheizi-inokori at 2006-08-07 10:57
髭彦さん、早速読ませていただきました。スゴイ話しですね。そちらにも書きましたが結縁というのでしょうか、つながっていくことが不思議です。ソモソモ私がこういうブログを始めなければ、ブログをはじめたのは、ソモソモ・・などとさかのぼって行くと今いる自分すら違う人間になっているかと思われるほど新しい発見やつながりが出来ました。
吉村さんの死を書いたら鶴見さんつながりになるのも面白いといえば面白いです。前に久世さんの記事のなかで米原さんにちょっと触れたらそちらの話しがたくさん来たみたいです。
いい記事をありがとうございました。
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by saheizi-inokori | 2006-08-06 11:15 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(11)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori