米原万里「魔女の1ダース~正義と常識に冷や水を浴びせる13章~」(新潮文庫)

「悪魔の1ダース」っていくつか?13なのだそうです。キリスト教文化圏では13が不吉な数字。一方日本や中国では4が不吉。
文化が変われば数字の持つ意味も変わってくる。
当然人間の行動様式・考え方・言葉の使い方・・いろいろなところで異なってくる。ある国の常識が別の国では非常識。

たとえばイラクでお客様が大事なお皿を割ってしまったとき、彼らは謝らないばかりか「気にすることはない」と言う。皿を割るということも神の御心。その不幸を私に負わせてあなたに負わせなかったんだから「気にすることはないし、喜ぶべきだ」と。イスラムの発想を理解できないと喧嘩になりかねない。

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同時通訳として世界最高の知性のぶつかり合いに立会い瞬時に双方の言いたいことを理解して双方の”わかる”言葉に訳してきた米原万里さんならではのコミュニケーション論。
例によってシモネタ満載、博識にして融通無碍、気取ることなく事物の真髄をズバッと小気味よく説き明かす。

エビスはロシア語ではFUCKの命令形になり「カツオ」はイタリア語で、民謡の合いの手「ホイホイ」はロシア語で、「ダンコン」の意味になる。「カカア」はロシア語で「うんこ」。スカトロジーやシモネタは洋の東西、身分や職業を問わずオオウケなのだ。

そして家族を愛し、美しいものに感動し、猫を愛し、犬を可愛がり・・の人々が国や民族と言う実はよく分からない言葉に操られ憎しみあい殺しあう。
鯨の命について大騒ぎする人々が絨毯爆撃で市民が殺されることを気にしない。
視野の狭さ、傲慢な押しつけがましさ、無知ゆえの自信過剰と独りよがり、異なる文化や歴史的背景に対する信じ難いほどの想像力の欠如というのは、はた迷惑も甚だしい。特にそういう精神の持ち主が強大な武力を背景にしているときは、悲惨だ。
万里さんはロシアで開かれた、ある国際会議で日本人やロシア人の出席者(学者・専門家)は自国語以外に英語は当然、ロシア語や日本語も堪能な人が多かったのにアメリカからの出席者は英語しか出来ない人がほとんどだったという。
国際語を母国語とする人たちは外国語を学ぼうとしない傾向がある。
ところが、「国際語」は、前世紀の帝国主義的世界分割にいち早く参加した同じキリスト教文明圏の国々の言語なのだ。地球上の多様な文明を反映するものになっていない。
これは、彼らの精神を、とくに異なる発想法や常識に対する想像力を貧しくしている、という意味で不幸である。その不幸が彼らだけにとどまっていないのが、もっと大きな不幸である。
世界レベルでいろいろ見聞きしていくと”絶対”正しいなどということはなくなっていく。すべては相対的なものだ。
頭に髪の毛が三本しかなければその三本は少ないが運ばれたスープに中に浮かぶ三本は多いのだ。

まだまだ紹介したい内容が多いので次回に分けて書く。
Commented by ふく at 2006-07-14 00:02
ある若いアメリカ人主婦と拙い英語で話していたときのこと。
文革を題材にした映画を説明するときに、
文革が通じなかったことがありました。
それから、あの点子ちゃんとアントン君や飛ぶ教室のケストナーも。
ある意味、片寄ったアメリカ人の教育が見えた気がしました。
もちろん、深い理解を持つアメリカ人もいるでしょうが・・
アメリカ人に、文化が日本の文化が伝わらないことも納得し、
フランス映画が好きな日本人が多いのにも納得したことがあります。
万里さん・・亡くなったんだーと今ごろ感じています。
Commented by saheizi-inokori at 2006-07-14 09:34
ふくさん、おはよう。でも、こうやって彼女の本を読んでいると目の前に彼女を感じます。もっとも生前に会ったこともないのだけれど。
Commented by シーサイド at 2006-07-14 09:41
米原万里さん、日本人には珍しいタイプの方でしたね。
差し障りだらけの、大胆な発言に、そこまで言って大丈夫?と思うことも再三でした。
大人物でしたね~
辛らつな批評も、思う存分褒めるためにしてるんだとラジオでおっしゃっていました。
Commented by saheizi-inokori at 2006-07-14 11:29
シーサイドさん、さっき書いた記事にも関連するけれど、辛口の怖い人というイメージを持たれているとチョット褒めただけでとても喜ばれる、けなさなかっただけでも、というようなことを書いてましたよ。
Commented by 髭彦 at 2006-07-15 12:50
<カツオ>について、昔、こんな笑い話を読んだことがあります。
1950年代にイタリアに留学した日本の音大生が、日本の母親から送られてきた小包を開けたれば種々のモノに混じりて<カツオブシ>が出で来り。
居合わせた下宿の肝っ玉オカミ、興味深々にて「コノ黒ク固キモノハイッタイイカナルモノゾ」と問いたれば、これは<カツオブシ>といって<カツオ>を干したものぞと答えしに、オカミ、とてつもなく度肝を抜かれた様子にて目をば白黒。
「…シテ、ソレヲバ何用ニ供スヤ?!」
そこで、音大生。カツオブシの削り方とそれを出汁に使う日本料理の真髄をトクトクと伝授せり。
気がつけば、いつしかオカミ卒倒せりという。
                 *
その昔、今東光がパリのナンタラ国際会議で紹介された途端、会場が爆笑に包まれたというハナシもありましたねえ。
Commented by saheizi-inokori at 2006-07-15 21:03
髭彦さん、傑作ですね。日本男児の威を示したというべきか?削る、に及んでは威を通り越して異なるものになってしまいましたが。
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by saheizi-inokori | 2006-07-13 20:35 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori