大麻に酔うテイフアニーの宮殿 アルマ・マーラー「グスタフ・マーラー」①(中公文庫)

グスタフ・マーラー夫妻はユダヤ人に対する圧力の強まる・かつ古臭い(マーラーの偏屈もあり)ウイーンの<オペラ>と訣別してニューヨーク・メトロポリタンに向かう。そこは”新世界”だった。人づき合いが苦手でウイーンでは”光輝ある孤立”をしていたマーラーもNYの上流階級と社交を楽しむ。
ルイス・テイフアニー(宝石商の家に生まれた建築美術家)は人前に出るのが恥ずかしいのでこっそりマーラー(当時オーケストラを持っていた)にリハーサルを聴かせて欲しいという依頼の手紙を出し、自宅へ招待をする。
私たちは宮殿のような建物に着き、堂々とした階段を上って行った。それはそのまま二階に通じていた。途中の左右の壁にはスーダンの原住民の小屋が調度品つきではめ込まれていた。上りきったところで一つの部屋にはいったが、どれくらいの大きさなのか見当もつかないほど広い部屋だった。シャンデリアのガラスは色つきで、七色の花のような光をほの暗い部屋に投げていた。オルガンで《パルジフアル》の前奏曲が演奏されていた。あとで聞いたところによると、このオルガン奏者はシエリーの孫であると・・(略)・・。部屋の中央に黒い大きな暖炉がしつらえてあり、四つの大きな炉床には火がいろいろな色に燃えていた。私たちは驚嘆のあまり、ただ呆然と立っていた。
まもなく顔立ちの素晴らしい男の人がはいってきて、口の中で何か聞きとれないような挨拶をした。この人がだれとも口をきかないといわれるテイフアニーであった。そして私たちが気を落ち着けるひまもなく、実際マーラーなどは一言も返事をしないうちに相手は消えてしまった。のちに聞いたところによると、テイフアニーは大麻の常用者で、正常の感覚でいることはないそうである。ここのすべてのものがそうであるように、彼もまた魔法の人物のように見えた。炉の煙突はどこまでも高く突っ立っていて、天井というものは見えない。だが壁のはるか上方にはテイフアニーのデザインになるステンド・グラスのパネルがはめこまれており、外からの光が射していた。私たちは小声で話をしたが、まったくこれらの花のようなパネルの光は、天国への門かと思われた。
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この後、二人がピストルを忍ばせた護衛つきでNYの阿片窟を見に行ったときのことも記されている。
世にも悲惨な光景を見てマーラーは「これが同じ人間だとはとても信じられない」という。
天才・マーラーがこの世の天国と地獄をみてびっくりしている姿が微笑ましい。それを見守りこうして書きのこす才色兼備の妻・アルマがいじらしくも思える。18歳年上のマーラーと21歳で結婚して31歳で死別した、しかし、火のような女性だ。
二人の愛情に満ちた安らぎの生活もつかの間で、直ぐにこの後悲劇に向かってなだれ落ちていく。
副題が「愛と苦悩の回想」である所以だ。(石井宏訳)
Commented by porariisu at 2006-06-28 01:41 x
スーダンの原住民の小屋が調度品つきで壁にはめこまれている。えっーそんな邸宅想像できません。 ここに書かれているのは真実?
マーラーは偉大な作曲家のこと? テイフアニーってあの・・・・想像できません。わたしの頭は混乱しています。もしかして、寝ぼけているのかも・・・
①ということは、続きがあるのですね。
Commented by Fou at 2006-06-28 02:46 x
saheijiさんの読書は
翻訳語-李白-「大地の歌」-マーラー-『グスタフ・マーラー』へと。

刺激されて私も『グスタフ・マーラー』を引っ張り出しました。こちらは石黒小三郎著、昭和27、音楽の友社、定価百四十円、です。手が痒い。
著者序文の最後に
「千九百五十一年五月十九日 マーラー終焉四十年の日に於いて」
とあります。
ラジオで聴いてマーラーに魅了された乙女が書店で見つけて買ってきて読んだようですがこの20年ほど、書架から出たことなかったようです。
アルマについてはこの本の当時は評価が低かったようです。今ではアルマ・マーラーの歌曲のCDも出ていて、マーラーの歌曲はアルマの作品の剽窃説まで言う人もいますね。

Commented by knaito57 at 2006-06-28 08:14
総じて私は“所有”という欲や行為を「美しくない」と感じるのですが、自前の劇場や美術館なら欲しいですねえ。もちろん専用の“土手”も……ああ、それから和洋中華それぞれ専用のコック(妻ではなく)も抱えたいなあ──やっぱり俗物か。
Commented by saheizi-inokori at 2006-06-28 08:21
knaito57さん、あはは。物凄い所有欲!実は私も・・。
Commented by saheizi-inokori at 2006-06-28 08:25
porarisuさん、おっしゃるとおり。世界の大金持ちってメチャクチャですね。アメリカで最初にイギリスから渡った連中などは税金逃れもその動機だったというくらいですから度外れた生活を子々孫々まで享受しているようですね。この本にもルーズベルト一家が海岸一帯を自分のものにしているとか。福井さんの3億とか4億なんて小さい小さい。
Commented by saheizi-inokori at 2006-06-28 08:28
Fouさん、確かに、つながっていますね。今は亡き友人が愛読した本です。面白い。リヒャルト・シュトラウスやドビッシューなどが等身大で登場して俗臭ぷんぷん。作曲家評判記。
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by saheizi-inokori | 2006-06-27 23:45 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori