「うさぎおいし~そばもおいし~かのやま」 高野辰之記念館 富倉の手打ちそば (長野そば三昧4)
2006年 06月 04日
二日目は飯山方面へ。天気予報よ!よくぞ外れてくれました。北斎の小布施がめきめき売り出し(過ぎ?)ているが横目で見て通り過ぎる。現町長は年間来訪者を増やしすぎないようにしつつ町全体が果実の分配が受けられるようにしていきたいと考える”まっとうな”人。
途中に芍薬の畑が見事だ。なんで?分かった。芍薬は漢方薬の主役なのだ。
野を渡る風のうまさ。


「高野辰之記念館」。ここも想定外(そも想定がないのだが)の寄り道。永江村(現中野市)に生まれた国文学者。文部省唱歌「故郷」の作詞者。身体障害者は介護者を含めて無料という記念館は彼の学び、教鞭もとった永江小学校跡地に作られている。


一周50メートルも取れないような小さなグランドを見守る定番の桜の樹。ここに子供たちの結界を保証していたのだ。なんだか小さな子の歓声が聞こえたのは錯覚か。ほら、鉄棒で坂上がりをしている女の子が・・。
館内で高野の生涯をビデオで観る。展示室にピアノが置いてあって「ご自由にお弾きください」と書いてある。もうひとつあったのがこれ。「故郷」だけじゃないのです。作曲者・岡野貞一との間で作った心の歌。受付の女性に「伴奏を頼む人ってどの位いますか?」と尋ねたら「月に5、6件でしょうか。老人会の方とか・・」「歌いながら泣いているひともいらっしゃるのでは?わたしもさっきビデオで・・」「えー・・。ビデオで歌ばかり一緒に歌うようなのもありますから今度お出でになったら是非」


展示館二階の窓から見る「ウサギ追いしかのやま」。「大平山」と「熊坂山」、小さなやさしげな里山だ。山の麓に辰之の生家がある。歩いてもすぐ。
辰之も暮らしたことがある「真宝寺」の釣鐘。「かわずのなく音もかねの音もさながら霞める朧月夜」の鐘だ。
今の子供たちが大きくなった時に俺にとってこれらの歌が果たす役割りはどんな歌がになうのだろう?
突飛な話だが今の日本は「一回すべてゼロリセットして、今まで100だったものを80でも60でも生きていける・ずっと幸せにいきていける、ということを”すべてのひと”が確認しあってやり直さなければならない」と思った。


飯山富倉。かなり山路を登っていくとあらわれる農家の一軒「古屋敷」で食べる。ヤマゴボウをつなぎに使った野太い味だ。家に入ると万年炬燵におじいちゃんが座っていて「どこでも好きなところでお茶飲んで待っててくだせ」。腰の曲がったおばあちゃんが話し好き。「きんなさ(昨日さ)ぐええわりくなって(具合悪くなって)長野に行ったけんど、はあ、あっちこっち歩いたらヘエすっかり疲れてしまってさ、こんなとこでもけってくると(帰ってくると)ほっとするんだ」。

笹すし。要するに酢飯に味噌漬けを刻んだものをトッピング。笹の葉にのせて「さ、どうぞ」。農作業の途中痛む腰を伸ばしてトントンやって「さ、、昼飯」。眼に浮かぶね。
うまい蕎麦の例にもれず長野駅に着く頃まで口の中に懐かしい味が残っている。
途中に芍薬の畑が見事だ。なんで?分かった。芍薬は漢方薬の主役なのだ。
野を渡る風のうまさ。


「高野辰之記念館」。ここも想定外(そも想定がないのだが)の寄り道。永江村(現中野市)に生まれた国文学者。文部省唱歌「故郷」の作詞者。身体障害者は介護者を含めて無料という記念館は彼の学び、教鞭もとった永江小学校跡地に作られている。


一周50メートルも取れないような小さなグランドを見守る定番の桜の樹。ここに子供たちの結界を保証していたのだ。なんだか小さな子の歓声が聞こえたのは錯覚か。ほら、鉄棒で坂上がりをしている女の子が・・。
館内で高野の生涯をビデオで観る。展示室にピアノが置いてあって「ご自由にお弾きください」と書いてある。もうひとつあったのがこれ。「故郷」だけじゃないのです。作曲者・岡野貞一との間で作った心の歌。受付の女性に「伴奏を頼む人ってどの位いますか?」と尋ねたら「月に5、6件でしょうか。老人会の方とか・・」「歌いながら泣いているひともいらっしゃるのでは?わたしもさっきビデオで・・」「えー・・。ビデオで歌ばかり一緒に歌うようなのもありますから今度お出でになったら是非」


展示館二階の窓から見る「ウサギ追いしかのやま」。「大平山」と「熊坂山」、小さなやさしげな里山だ。山の麓に辰之の生家がある。歩いてもすぐ。
辰之も暮らしたことがある「真宝寺」の釣鐘。「かわずのなく音もかねの音もさながら霞める朧月夜」の鐘だ。
今の子供たちが大きくなった時に俺にとってこれらの歌が果たす役割りはどんな歌がになうのだろう?
突飛な話だが今の日本は「一回すべてゼロリセットして、今まで100だったものを80でも60でも生きていける・ずっと幸せにいきていける、ということを”すべてのひと”が確認しあってやり直さなければならない」と思った。


飯山富倉。かなり山路を登っていくとあらわれる農家の一軒「古屋敷」で食べる。ヤマゴボウをつなぎに使った野太い味だ。家に入ると万年炬燵におじいちゃんが座っていて「どこでも好きなところでお茶飲んで待っててくだせ」。腰の曲がったおばあちゃんが話し好き。「きんなさ(昨日さ)ぐええわりくなって(具合悪くなって)長野に行ったけんど、はあ、あっちこっち歩いたらヘエすっかり疲れてしまってさ、こんなとこでもけってくると(帰ってくると)ほっとするんだ」。

笹すし。要するに酢飯に味噌漬けを刻んだものをトッピング。笹の葉にのせて「さ、どうぞ」。農作業の途中痛む腰を伸ばしてトントンやって「さ、、昼飯」。眼に浮かぶね。
うまい蕎麦の例にもれず長野駅に着く頃まで口の中に懐かしい味が残っている。
わーーーーーーお蕎麦です。
画面に食いつきそうです。嗚呼、うっとり、おいしそう。
↓にもおそばの画像が。勿論まだ食べていません。
芍薬ダイスキです。特につぼみが開きかけたとき。癒されます。
画面に食いつきそうです。嗚呼、うっとり、おいしそう。
↓にもおそばの画像が。勿論まだ食べていません。
芍薬ダイスキです。特につぼみが開きかけたとき。癒されます。
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oliviaさん!いったいつになったら蕎麦食べるの?なくなっちゃうよ。芍薬すごいでしょ。牡丹も同じ種類なんですって。立っても座っても同じだったんだ。

やまごぼうをつなぎに使った蕎麦なんて!!食べてみたい~~!細い蕎麦も良いけど、田舎蕎麦の太さも良いですね~
naoさん、ぼそぼそって更科の洗練とはまるで違う。でも・・いいんだなあこれも。

年賀状を見て何回か訪問して読ませてもらっています。7月から毎日暇になるから、もっと頻繁にお邪魔するつもりです。しかし、貴君のスピードには追いつけないかもしれないね。Aが逝き、Yも、仙台の7人は残り5人だよ。次は俺かなあ、1週間に1回は走っているけどね。
蕎麦なんて年寄りの食べ物だと思っていたが、やっぱり最近は蕎麦を食べるようになった。俺の親父は蕎麦が好きで93歳まで生きていてポックリ死んだ。蕎麦の効用かもしれないね。突然、失礼しました、今後ともよろしく。
蕎麦なんて年寄りの食べ物だと思っていたが、やっぱり最近は蕎麦を食べるようになった。俺の親父は蕎麦が好きで93歳まで生きていてポックリ死んだ。蕎麦の効用かもしれないね。突然、失礼しました、今後ともよろしく。
ヤマゴボウをつなぎに使った「富倉そば」、けっこうするするいったでしょ? 「笹寿司」も美味しいさねぇ。
ふふふ、そして今日のタイトル、サイコー!よん~♪
ふふふ、そして今日のタイトル、サイコー!よん~♪
夢作の土方 さん、誰かなあ?何となく分かるけれど。おいで下さることを楽しみにしています。

hanamakiさん、あなたも富倉行ったんですか?俺はああいうところに行くと蕎麦なんてどうでもよくなっちゃうんだよね。
そらさん、圧巻というほどのことはないけれど、見事ではありました。
北原白秋─山田耕筰、永六輔─中村八大……すばらしいコンビはいろいろですが、高野辰之─岡野貞一は私たちに宝を残してくれたと思います。
knaito57さん、もう、失われつつある日本の情景を歌に遺してくれたのですね。さらさら流れる小川、もどんどん暗渠になるし、雨に風に思いいずる故郷もない人が多くなってしまった。
こんばんは。
これは「とみくら食堂」ですか?私もおととしの秋、行きましたよ。10時過ぎから開いていると聞いて朝ごはんを食べに(笑)。
おそば以外にかぼちゃの煮たのやら、珍しい佃煮やらいろいろ並べてくれて、ほんとうにおばあちゃんちに来たようでした。
とみくらのおばあちゃん、お元気そうでよかったです。
これは「とみくら食堂」ですか?私もおととしの秋、行きましたよ。10時過ぎから開いていると聞いて朝ごはんを食べに(笑)。
おそば以外にかぼちゃの煮たのやら、珍しい佃煮やらいろいろ並べてくれて、ほんとうにおばあちゃんちに来たようでした。
とみくらのおばあちゃん、お元気そうでよかったです。
takibi-libraryさん、いらっしゃい。ま、一服していきなせえ。
「とみくら食堂」だったかな。「古屋敷」というと思ったけれど。古屋敷・とみくら食堂かも。
「とみくら食堂」だったかな。「古屋敷」というと思ったけれど。古屋敷・とみくら食堂かも。
こんばんは。
今、宮本常一の 『塩の道』 を読んでいます。
信濃の塩道 (直江津→北信、倉賀野口→東信ルート) (糸魚川口→松本平ルート) (鰍沢口→諏訪・伊那谷北部ルート) といった塩の道の説明が出てくるのですが、いまひとつ地理に弱くてピンときません。
でも、牛の背、人の背に揺られて信濃路を運ばれた塩のお話、
なかなかおもしろいです。
ゆっくり時間をかけて、長野を歩いてみるのもいいですね。
今、宮本常一の 『塩の道』 を読んでいます。
信濃の塩道 (直江津→北信、倉賀野口→東信ルート) (糸魚川口→松本平ルート) (鰍沢口→諏訪・伊那谷北部ルート) といった塩の道の説明が出てくるのですが、いまひとつ地理に弱くてピンときません。
でも、牛の背、人の背に揺られて信濃路を運ばれた塩のお話、
なかなかおもしろいです。
ゆっくり時間をかけて、長野を歩いてみるのもいいですね。
asakoさん、こんばんは。塩の道が新しく出来る道路によって分かりにくくなっているようです。そしてなくなっているところもあるとか、便利になるにしてもちょっと淋しいですね。20年以上も前に夏になると小谷村(おたり)の民宿に家族で行き塩の道を歩きました。先日その話をしたら蛇にあわなかったかと聞かれました。まむしがたくさん出るそうです。知っていたら歩きませんでした。

佐平次さん、
あっという間に更新するから、見るの追いつかないです。
笹すし、美味しそうですね。そういうとこで食べるんだから
またおいしいのでしょう。
塩の道は、想像するだに険しい道ですね。
松本平にしても、伊那谷にしても大変でしょうね。
伊那谷なんて、信玄が散々苦労して攻めあがったところですもんね。
昨日、エドモンドの料理食べ損ないました。
大皿料理でしたけど、あそこは結構頑張ってますね。
あっという間に更新するから、見るの追いつかないです。
笹すし、美味しそうですね。そういうとこで食べるんだから
またおいしいのでしょう。
塩の道は、想像するだに険しい道ですね。
松本平にしても、伊那谷にしても大変でしょうね。
伊那谷なんて、信玄が散々苦労して攻めあがったところですもんね。
昨日、エドモンドの料理食べ損ないました。
大皿料理でしたけど、あそこは結構頑張ってますね。
夢八さん、今帰りました。そうなのです。素朴な笹すし、東京では売り物になりません。あそこで・その気持ちで食べるからうまいのだと思いましたよ。

笹すし、おいしそうですね。汗を流して働いた身体にぴったし、という感じ
身体にやさしい おすしですね。 おそばのつなぎって、そばを打つ人には重要な材料なんでしょうね。 見ただけでこしがありそうです。
わたしも、おそば、大好き。
おしゃべりな おばあちゃんとの会話がほっとしました。
身体にやさしい おすしですね。 おそばのつなぎって、そばを打つ人には重要な材料なんでしょうね。 見ただけでこしがありそうです。
わたしも、おそば、大好き。
おしゃべりな おばあちゃんとの会話がほっとしました。
by saheizi-inokori
| 2006-06-04 11:50
| こんなところがあったよ
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