文法は苦手だけれど・・ 池田俊二「日本語を知らない俳人たち」(PHP)

富安風生といえば有名な俳人、しかも字引が好きでいつも言葉の研究に余念がなかった。その人にして

暖冬の白砂は紅を帯べりけり

「帯ぶ」は上二段活用。「帯べり」なんてありえない。それを弟子の一人が「『帯べり』と把握し、『けり』としずかに詠嘆している調べが心地よい」と鑑賞している。
「我が仏尊とし」で著者に誤りを指摘されると逆切れして「古代には帯ぶは四段活用した」と強弁したそうだ。

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俳句は極端に短いから日本語の基本構造を知らなくても作れるうえに仲間うちでやっていることが多いので間違っても弟子から疑問や批判が提起されない。そのために本来正しい日本語を伝えるべき俳人が高校一年生程度の文法知識すらないこともある、と著者は嘆く。

俳人協会会員7445名が春の季題一句を提出したものを分析して、明らかに誤りのある句が104句、多分誤りと思われる句15句を見つける。
終止形と連体形、文語と口語の混同。
ハ行、ヤ行、ワ行の区別がつかない。これは虚子がひどい。

若布買う軒端の梅もほころびて (買ふ、が正しい)

などいくつもあげている。
碧梧桐、蛇笏、秋櫻子、草田男についても”アラ探し”の矛先は緩まない。虚子が間違いが多いのはおおらかさとふてぶてしさ、秋櫻子にはほとんど間違いがないのは、あまりに美しく完璧という句風の違いから来るという。草田男は破天荒、天衣無縫あるいは出任せとも言うべきで論評の埒外だ。

ついで著者は大手新聞の俳句欄の選者たちを槍玉にあげる。

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

この句の「出でし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形だ。これは自分の現実の体験として、過去の事実と認識しているものについて用いる。蘇州にいる今も眼の前に月は出ているが、三笠の山に出た月は40年近く前にかつて見た月のこと。回想しているのだ。それを完了・存続の助動詞と間違える。間違えると意味が違ってくる、または形容矛盾が生じる。
現代語で「た」となるものは文語で「し」とはならない。錆た釘、曲がった腰、あきれた振る舞いを錆し釘、曲がりし腰、あきれし振る舞いとやるのは滑稽なのだ。

海峡の古りし料亭洗鯛(古りたる、が正しい)
眼の前に浮きし蛍に声かくる(浮きたる、または浮ける)
新涼やはらりと取れし本の帯(取れたる、または取るる)

こういうことは俳人の不勉強にも起因するが、「現代かなづかい」なるものがインチキなことが最大の原因だ。旧かなを知らなければ使えないのが新かなだ。たとえば<行李>は「こうり」<氷>は「こおり」と書く。ナゼ違う?旧かなで「こほり」と書いたものが「こおり」と書くことにされたのだ。

著者は福田恆存の「私の國語教室」を読むことを薦める。福田が現代かなづかい制定に携わった金田一京助との間で戦わせた国語論争を紹介する。
俺は学生時代に読んでそれきり、今度文庫本を買ってきたが、まだ読んでいない。

(付記。この本の記事は大分前にアップしようと思って原稿をほとんど完成間際まで書いたのだが、何処かのキーを間違って押してすべて消えてしまった。がっかりしてほったらかしておいたのだが今日気を取り直してもう一度書いた。ところが今日も半分以上書いたところでまたもやパー!よほど祟られているね、この原稿は。そんなわけで少々投げやりな文章になっていても事情ご賢察のうえ憫笑下され。)
Commented by シーサイド at 2006-05-24 08:41 x
打ち終えていた文章が消えたりすると、もう、元のテンションは保てないですね。
文法、何となく語感でいってしまっていますが、間違えている時もあるでしょうね。
それを公のものとして発表するとなると、気を遣うでしょうね。
歴史的仮名遣いが入るようなものになると、自信がありません。
Commented by イネ at 2006-05-24 09:36 x
安部仲麻呂のこの歌は、百人一首中唯一外国で詠まれた歌であるとこどもの「まんが百人一首」に書いてありました。遣唐使としてわたり、結局日本には戻れなかったようですね。空海に先立つこと70年くらい。でも歌は日本に帰り、百人一首として私たちに残る。知りませんでした。
Commented by saheizi-inokori at 2006-05-24 09:59
シーサイドさんも経験ありですか。ナンか変換がうまく行かなくて何処かを触ってしまうのかなあ。
仮名遣い、一般大衆の私たちのためにもプロはきちんとして欲しいですね。
Commented by saheizi-inokori at 2006-05-24 10:01
イネさん、まんが百人一首とは恐れ入りました。空海だって本当は30年くらいいるという決まりだったのですよね。それを平気で破る力を持っていたところが空海のすごさかもと思います。なんとなくホリエモンと比べてみた気持ちはその辺りにもあったかなあ。
Commented by tona at 2006-05-25 20:39 x
大俳人さえも間違えているそうで、それを指摘できるこの作者は一体どんな方なのでしょうか。私も日本語が乱れて恥ずかしいこの頃です。
saheiziさんもキーの押し間違えで消えてしまった由、もうがっくりですよね。
Commented by saheizi-inokori at 2006-05-26 13:07
tonaさん、俳句雑誌の編集などもやった人らしいです。ご本人も間違えていてホンを読んだりして学んだのだそうです。そのホンのことも書いてあります。
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by saheizi-inokori | 2006-05-23 21:16 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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