さようなら
2026年 06月 30日
鬼無里会のメンバーの奥様(彼女もメンバーだけど)が亡くなった。
3年前に乳がんと診断されたが、抗がん剤治療や手術を乗りこえて、一時は金沢フルマラソンを完走するまでに回復したし、鬼無里会恒例のBBQにも子供たちを連れて参加していたから、もう大丈夫だと思っていたのに、、64歳。

家族葬だけど親しい人は、というFBでの案内があったので葬儀に参列した。
いっしょにカラオケで歌ったり踊ったり、BBQではビールをがぶ飲みしながら笑いあったのだから、親しいのだと解釈して。
まるですぐにしゃべりだすかのように化粧したお顔を見たときは嗚咽をこらえるのに苦労した。

明るくて活発、三男一女の母として奮闘しながらも、仕事もし、地域活動にも積極的に参加した。
「葬儀にあたり」と題して喪主Yさんが作ったパンフレットに、子供たち一同として、
祭壇は故人が好きだった赤色のバラ、カーネーションと白百合やピンクのバラが美しく飾られていた。
葬儀の最後に坊さんが語ったのには、彼女は家族たちに「ありがとう、何もおもいのこすことのない幸せな一生だった」と言ったそうだ。
Yさんとの夫婦仲は誰しもが認める、「いつも一緒」の仲良し。
そのことについて、Yさんは

ご長男(彼も房総BBQには幼い頃から参加している)が、白クマのぬいぐるみを大事そうに抱えているので、尋ねたら、Yさんが彼女に初めて買ってあげたプレゼントだという。
Yさんがもっと若い頃、仕事で帰りが遅くなったり、ときには出張で家を空けるときも、彼女は白クマ君に慰められていたのだという。
いっしょに納棺しようと思ったら、規則で許されないので、こうして最後まで見送っているのだと。

房総BBQの会場の主、Aさんも来ていた。
40年近く前に僕の下で働いてくれたYo君もきていた。
それで三人で立川の駅ビルの、空席のあった韓国料理やでおときをして、懐旧談に耽る。
死者は生きのこった人を結びつける。




3年前に乳がんと診断されたが、抗がん剤治療や手術を乗りこえて、一時は金沢フルマラソンを完走するまでに回復したし、鬼無里会恒例のBBQにも子供たちを連れて参加していたから、もう大丈夫だと思っていたのに、、64歳。

家族葬だけど親しい人は、というFBでの案内があったので葬儀に参列した。
いっしょにカラオケで歌ったり踊ったり、BBQではビールをがぶ飲みしながら笑いあったのだから、親しいのだと解釈して。
まるですぐにしゃべりだすかのように化粧したお顔を見たときは嗚咽をこらえるのに苦労した。

明るくて活発、三男一女の母として奮闘しながらも、仕事もし、地域活動にも積極的に参加した。
「葬儀にあたり」と題して喪主Yさんが作ったパンフレットに、子供たち一同として、
いつも子どもの気持ちの味方でいてくれた母。その生き方を誇りに思いながら、前を向いていきます。とある。
祭壇は故人が好きだった赤色のバラ、カーネーションと白百合やピンクのバラが美しく飾られていた。
葬儀の最後に坊さんが語ったのには、彼女は家族たちに「ありがとう、何もおもいのこすことのない幸せな一生だった」と言ったそうだ。
Yさんとの夫婦仲は誰しもが認める、「いつも一緒」の仲良し。
そのことについて、Yさんは
ふたりの合言葉は『諦めが肝心』、お互いへの期待を押しつけ合うのではなくて、ありのままに受け入れよう、という意味、「仲がいいね」と言っていただけた、原点の言葉です。と書いている。

ご長男(彼も房総BBQには幼い頃から参加している)が、白クマのぬいぐるみを大事そうに抱えているので、尋ねたら、Yさんが彼女に初めて買ってあげたプレゼントだという。
Yさんがもっと若い頃、仕事で帰りが遅くなったり、ときには出張で家を空けるときも、彼女は白クマ君に慰められていたのだという。
いっしょに納棺しようと思ったら、規則で許されないので、こうして最後まで見送っているのだと。

房総BBQの会場の主、Aさんも来ていた。
40年近く前に僕の下で働いてくれたYo君もきていた。
それで三人で立川の駅ビルの、空席のあった韓国料理やでおときをして、懐旧談に耽る。
死者は生きのこった人を結びつける。

ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
「生きのこった人を結びつける」。この言葉、胸にしみました。
私は自分が死後誰からも忘れられて構わない、むしろその方がいいと思っていますが、
それでもなお、自分の死が「生きのこった人を結びつける」きっかけになることがあるなら、
こんな嬉しいことはないなぁ、なんて思いました。
私は自分が死後誰からも忘れられて構わない、むしろその方がいいと思っていますが、
それでもなお、自分の死が「生きのこった人を結びつける」きっかけになることがあるなら、
こんな嬉しいことはないなぁ、なんて思いました。
4
> 鍵コメさん、それはとても良い企画でしたね。
法事では知った人どうしの、ひとことになりますが、葬儀には始めて会う人も多いから新しい出会いもできますね。
きつとオットさんも喜んでいたと思いますよ。
法事では知った人どうしの、ひとことになりますが、葬儀には始めて会う人も多いから新しい出会いもできますね。
きつとオットさんも喜んでいたと思いますよ。
> chronoir2023さん、きつとそうやって人間たちは生き続けてきたのではありませんか?
> koro49さん、あっぱれな一生だったと思います。
人生とは、「縁」を学ぶことだとつくづく想います。合掌。僕は、今房総に暮らしているし、42歳までは、立川の隣の町で過ごしました。どうやらsaheiziさんとは地縁があるみたいです。
秋田にもそちらの雨が来そうな空になりました。
仲間の死は本当につらかったことでしょう。
私の親友も53歳で新築したばかりの家で一人で亡くなっていたとのことです。
夫さんがかなり落ち込んで今も家の中の物を一つも動かしていないとのこと。
残された人は、なくなった人の気持ちを汲んで生きなければと思うのですが、かける言葉がありません。
仲間の死は本当につらかったことでしょう。
私の親友も53歳で新築したばかりの家で一人で亡くなっていたとのことです。
夫さんがかなり落ち込んで今も家の中の物を一つも動かしていないとのこと。
残された人は、なくなった人の気持ちを汲んで生きなければと思うのですが、かける言葉がありません。
> hanamomo60さん、葬儀から帰って以来、ときどきに今頃彼は、彼の子供たちはどんな気持ちでいるのだろう、と自分のときのことを思い出しながら考えています。
by saheizi-inokori
| 2026-06-30 10:37
| よしなしごと
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Comments(10)