眠い日(写真載せました)
2026年 06月 04日
きのうは台風の前触れ、強い雨風のなかを皮膚科に。
テレビでは大騒ぎしているけれど、なあに、僕は小学生のときに毎朝五時起きして新聞配達をしていたのだ。
4キロ離れた柳原という集落まで逓送して、自分も放し飼いの犬にとびかかれながら配達して、帰路は登り坂をギーコギーコ立ち漕ぎもして、母のつくる味噌汁が待っている家に戻った。
吹雪の冷たさ(鼻や髪の毛が凍る)もつらかったけれど、雨の日は新聞が濡れて破れないようにするのが大変だった。
あれを思えば、これしきの雨風、しかもバスに乗るのだから、平気の平左ってもの。

いつもよりがら空きの車内、前の席にすわっている老夫婦、二人とも長靴をきちんと履いて隙のない身ごしらえ。
同じ停留所で降りるから、きっと、と思ったら案の定同じ病院に行くのだ。
さてどちらが患者なのか、お互いにいたわりあっている、とくにどの仕草がというのでなく、ぜんたいの空気。
風にあらがいながら、写真を撮る僕をしり目に着実に歩いていった。

アジサイが生色をとりもどし、あ、セイショクは青色でもあるね。
毎日の散歩道呑川緑道の気息奄々としていたアジサイたちも元気になっているだろう。

風に倒れた、タチアオイも明日にはまた立ちアオイになるだろう。
病院もすいているので、予約時間よりも早く終わって(プレドニンを二日で7ミリ→6ミリ)、薬局もがらがら。
病院で見かけた老人、あ、扇橋!と思ったが、彼はもう亡き人だ。
傘をささなくてもいいくらいに小止みになったなかを、目黒川を見にいく。

ちょっと足が重たいけれど、久しぶりに目黒川沿い、山手通りの裏道を歩く。

行列ができている食堂、何があるのかのぞいてみると、1080円というような値段の町中華で壁に色紙らしいものがいっぱいに貼ってある。
そのうち、小さなマイクらしきものを持った男が、声をかけて、どうやら何かの撮影が始まるようだ。
行列の人たちの服装や雰囲気に違和感を感じたのは、客ではなくスタッフたちだったからだ。


とちゅうから、ふたたび目黒川に戻る。
名古屋から引っ越して暮らした国鉄の西郷山宿舎もいまはない。
あの頃の目黒川はこんなに立派な護岸工事が行われる前で、しょっちゅう氾濫警報が鳴った。
桜並木はあったけれど、今みたいに大勢の人が見に来ることもなく、ローカルな場所だったのだ。
土曜日(半ドン)、早い時間に中目黒駅に着いたら、猛烈な土砂降り。
家にいる長男に電話して傘を持って来てくれ、といったが、待てど暮らせどこない。
しびれを切らして濡れて帰ったら、息子は身支度に時間をかけていたのだ。
高校生だったか、オシャレな年ごろだった。

目黒銀座に入る角に「MICHELIN 2026」という看板のかかった「手打ち あさま」という小ぎれいな店があった。
腹は減ってないが時分時だし、足がだるい。
蕎麦でも、と思ったら、ラーメンの店、一番安い醬油ラーメンが1300円と高かったが、めんどくさくなって入った。
券売機、鍵の手になった6席ほどの白木のカウンターのなかで、あいそよく「いらっしゃい」という男。
先客は男一人だったが、つぎつぎに入ってくる、いずれも身ぎれい、黙々と。

もちもちした、というのか。
濃い目の出汁、飲みやすくついついレンゲですくって飲んだ。
うまい、といえばうまいのだろうが、また来ようと云う気にはならない。
プルーストのいうところの「貧乏人の贅沢、浪費」、華やかさもなければ長つづきもしない。

少し歩くと、猛烈な眠気が襲って来て、足腰もふらふらして、その場で寝落ちしそうになる。
部屋のなかなら経験したこともある眠気だが、歩いているときには初めてだ。
目黒区役所にたどりついて、ロビーの椅子にかけて、「43番の方」などと言うアナウンスを聞きながら、30分ほどまどろむ。

(こんどは区役所の食堂でランチにしよう)

おさまりかけていた雨が激しく降る駒沢公園のバスケットボールの籠の下で、上半身裸の少年がボールを投げていて、夕立に裸で飛び出した自分をみる。
2時に帰宅、すぐパジャマに着かえて2時間寝る。
耳元で扇橋「ねずみ」を聞きながら。
「猫だと思った」という落ちも聞きながら、でも、寝てはいた。
4時、起きて手洗い洗濯して浴槽につかって、ようやく頭のボヤっとが消える。
熟睡したいために飲んでいる「デエビゴ」のキキメが遅れて出てきたのか、旅の疲れか、気圧のせいか、年のせいだろう。

スマホの写真をパソコンに取り込むことができない(ネットで訊いてもひとつひとつの説明が実行できない・理解できない)ので、下書きにスマホから写真を直接入力してきたのだが、とつぜんスマホのブログが403forbidenとかいう表示がでてアクセスできなくなった。
chat君やネットで訊いてみるが、やはり教えるような画面にならなくて、にっちもさっちもいかない。
エキサイトのヘルプにもメールしたけれど、まだ返事はない。
と言うわけで、殺風景な記事になりました。
テレビでは大騒ぎしているけれど、なあに、僕は小学生のときに毎朝五時起きして新聞配達をしていたのだ。
4キロ離れた柳原という集落まで逓送して、自分も放し飼いの犬にとびかかれながら配達して、帰路は登り坂をギーコギーコ立ち漕ぎもして、母のつくる味噌汁が待っている家に戻った。
吹雪の冷たさ(鼻や髪の毛が凍る)もつらかったけれど、雨の日は新聞が濡れて破れないようにするのが大変だった。
あれを思えば、これしきの雨風、しかもバスに乗るのだから、平気の平左ってもの。

いつもよりがら空きの車内、前の席にすわっている老夫婦、二人とも長靴をきちんと履いて隙のない身ごしらえ。
同じ停留所で降りるから、きっと、と思ったら案の定同じ病院に行くのだ。
さてどちらが患者なのか、お互いにいたわりあっている、とくにどの仕草がというのでなく、ぜんたいの空気。
風にあらがいながら、写真を撮る僕をしり目に着実に歩いていった。

アジサイが生色をとりもどし、あ、セイショクは青色でもあるね。
毎日の散歩道呑川緑道の気息奄々としていたアジサイたちも元気になっているだろう。

風に倒れた、タチアオイも明日にはまた立ちアオイになるだろう。
病院もすいているので、予約時間よりも早く終わって(プレドニンを二日で7ミリ→6ミリ)、薬局もがらがら。
病院で見かけた老人、あ、扇橋!と思ったが、彼はもう亡き人だ。
傘をささなくてもいいくらいに小止みになったなかを、目黒川を見にいく。

ちょっと足が重たいけれど、久しぶりに目黒川沿い、山手通りの裏道を歩く。

行列ができている食堂、何があるのかのぞいてみると、1080円というような値段の町中華で壁に色紙らしいものがいっぱいに貼ってある。
そのうち、小さなマイクらしきものを持った男が、声をかけて、どうやら何かの撮影が始まるようだ。
行列の人たちの服装や雰囲気に違和感を感じたのは、客ではなくスタッフたちだったからだ。


とちゅうから、ふたたび目黒川に戻る。
名古屋から引っ越して暮らした国鉄の西郷山宿舎もいまはない。
あの頃の目黒川はこんなに立派な護岸工事が行われる前で、しょっちゅう氾濫警報が鳴った。
桜並木はあったけれど、今みたいに大勢の人が見に来ることもなく、ローカルな場所だったのだ。
土曜日(半ドン)、早い時間に中目黒駅に着いたら、猛烈な土砂降り。
家にいる長男に電話して傘を持って来てくれ、といったが、待てど暮らせどこない。
しびれを切らして濡れて帰ったら、息子は身支度に時間をかけていたのだ。
高校生だったか、オシャレな年ごろだった。

目黒銀座に入る角に「MICHELIN 2026」という看板のかかった「手打ち あさま」という小ぎれいな店があった。
腹は減ってないが時分時だし、足がだるい。
蕎麦でも、と思ったら、ラーメンの店、一番安い醬油ラーメンが1300円と高かったが、めんどくさくなって入った。
券売機、鍵の手になった6席ほどの白木のカウンターのなかで、あいそよく「いらっしゃい」という男。
先客は男一人だったが、つぎつぎに入ってくる、いずれも身ぎれい、黙々と。

もちもちした、というのか。
濃い目の出汁、飲みやすくついついレンゲですくって飲んだ。
うまい、といえばうまいのだろうが、また来ようと云う気にはならない。
プルーストのいうところの「貧乏人の贅沢、浪費」、華やかさもなければ長つづきもしない。

少し歩くと、猛烈な眠気が襲って来て、足腰もふらふらして、その場で寝落ちしそうになる。
部屋のなかなら経験したこともある眠気だが、歩いているときには初めてだ。
目黒区役所にたどりついて、ロビーの椅子にかけて、「43番の方」などと言うアナウンスを聞きながら、30分ほどまどろむ。

重たい『失われた時を求めて』とノートをリュックに入れてきたのに、とても本を読む状態ではないので、バスで帰宅。

おさまりかけていた雨が激しく降る駒沢公園のバスケットボールの籠の下で、上半身裸の少年がボールを投げていて、夕立に裸で飛び出した自分をみる。
2時に帰宅、すぐパジャマに着かえて2時間寝る。
耳元で扇橋「ねずみ」を聞きながら。
「猫だと思った」という落ちも聞きながら、でも、寝てはいた。
4時、起きて手洗い洗濯して浴槽につかって、ようやく頭のボヤっとが消える。
熟睡したいために飲んでいる「デエビゴ」のキキメが遅れて出てきたのか、旅の疲れか、気圧のせいか、年のせいだろう。

スマホの写真をパソコンに取り込むことができない(ネットで訊いてもひとつひとつの説明が実行できない・理解できない)ので、下書きにスマホから写真を直接入力してきたのだが、とつぜんスマホのブログが403forbidenとかいう表示がでてアクセスできなくなった。
chat君やネットで訊いてみるが、やはり教えるような画面にならなくて、にっちもさっちもいかない。
エキサイトのヘルプにもメールしたけれど、まだ返事はない。
と言うわけで、殺風景な記事になりました。
↑と書いて、エキサイトの返信を見てそれでは役に立たないので、さらに電話教示を願ったあと、何気にアクセスを試したところ、開通しました。
エキサイトブログ向上委員会に
エキサイトブログのログイン時に「403 Forbidden」エラーが表示されるお客様へ
という記事がありましたよ
https://staff.exblog.jp/245210042/
エキサイトブログのログイン時に「403 Forbidden」エラーが表示されるお客様へ
という記事がありましたよ
https://staff.exblog.jp/245210042/
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台風のお陰もありましたね((´∀`))ケラケラ
私も、同感
年齢がそうさせているのでしょうが
台風であろうと、豪雪であろうと、起床時刻は同じですから
昨日、9時前に何時もの病院へ
一番に・診てもらえて・・ラッキー
何時も混んでいるのに・・台風様様でした
被害にあわれた方には、申し訳ないです・・が
私も、同感
年齢がそうさせているのでしょうが
台風であろうと、豪雪であろうと、起床時刻は同じですから
昨日、9時前に何時もの病院へ
一番に・診てもらえて・・ラッキー
何時も混んでいるのに・・台風様様でした
被害にあわれた方には、申し訳ないです・・が
> tokotakikuhさん、けさは体調も戻り、口座開設、スマホ不通も回復して、一応診察が早めに済んだラッキーだけになりました。
>猛烈な眠気が襲って来て、足腰もふらふらして、その場で寝落ちしそうに
くれぐれもお体ご自愛下さい。天候の悪い中、やはり無理は禁物です。
佐平治師匠のブログを読み、こんなにご無沙汰したのかと、驚いております。
くれぐれもお体ご自愛下さい。天候の悪い中、やはり無理は禁物です。
佐平治師匠のブログを読み、こんなにご無沙汰したのかと、驚いております。
> jyariko-2さん、一円のスマホです。
メモ代わりの写真、構えるまもなく撮っていますよ。
メモ代わりの写真、構えるまもなく撮っていますよ。
> jyariko-2さん、だいじなことを書き落としました。
あなたの松本の写真、とても美しく、いつも楽しみにかつ憧れの気持で拝見しています。
四方の山々や子供たちの通学風景など、大きく伸ばして壁に貼りたいくらいです。
あなたの松本の写真、とても美しく、いつも楽しみにかつ憧れの気持で拝見しています。
四方の山々や子供たちの通学風景など、大きく伸ばして壁に貼りたいくらいです。
by saheizi-inokori
| 2026-06-04 10:16
| こんなところがあったよ
|
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