清少納言と内田百閒とプルースト
2026年 05月 18日
ひょっとすると30℃越え?面白いじゃないか、初真夏日にチャレンジしてみよう。
勇んで家を出たからにゃ、、でも近所を歩くんじゃつまらない。
おりよくやってきたのが「成城学園駅前」行きのバス、さっと飛び乗る、俺にはシルバーパスという強い味方がある。
酷暑なんのその、バスのなかはエアコンギンギン。
用賀の先で途中下車して、せんじつ循環器内科の帰りに見つけたカフエに向かう。


すぐに降りて、寿司の会に来たときに、目に入って興味があった「むさしの森珈琲」に入る。
大きな建物、窓際カウンター席に座る。
窓にはシェードがおり、隣りとはかなり高いパーテーションで隔てられて、あまり解放感はない。
ランチ抜きできたので、なにか食ってみよう。

卓上のアイパッドを操作して、「搾りたて抹茶モンブランのちいさな冷やしパンケーキ」なる面妖なものと「デカフエアイス」を注文する。
スタッフがやってきて「あの~、どちらも食後とご注文になっていますが、、」という。
「すまん、誤操作、パンケーキを先に」。

メープルシロップをたっぷりかけて、あっという間に食い終える。
甘くて柔らかくて、老人向けのお八つだ。
『失われた時を求めて』を読んだ。
chat君はいつものように、賛意を示す。
「枕草子」の「をかし」とプルーストの「印象の美学」は、かなり近く、どちらも「世界を分類する知性」と「感覚への執着」が結びついている。
「春はあけぼの 夏は夜」、時間と感覚の結びつき、これをプルーストは延々とやっている。
二人とも貴族たちの人間関係などを辛辣に観察して、「趣味の悪さ」「鈍感さ」などにたいして容赦しない。
清少納言は瞬間の名手、プルーストは回想の大建築家、名言もとびだす。

(サンチがしょっちゅう慰めてくれる)
調子に乗って、僕は小林秀雄と内田百閒の名を挙げて、プルーストとの共通点や相違も語り合う。
小林を僕はほとんど読んでいないが、百閒は大好きで、プルーストを読んでいると、どことなく百閒おやじのシブい顔を想起することがあるのだ。
清少納言とプルーストを明確に対比して論じた作家や批評家は見当たらないが「枕草子」や「源氏物語」が、ヨーロッパ近代心理小説の先駆のように語られることがあり、そういう意識・関心が窺われる人たちとしては、谷崎、円地文子、水村美苗(僕が直接プルーストを読もうと思ったのは彼女の作品『大使の妻』によってだ)、芳賀徹、ロラン・バルト、岡潔、そして鈴木道彦(僕が読んでいる『失われた時を求めて』の翻訳家)、蓮見重彦、ドナルド・キーンなどがあげられる。
そういえば、丸谷才一や吉田健一も王朝文学とプルーストをつなげているんじゃないかな。

こんな寄り道をしたり、ときどきヤクルトスワローズと中日ドラゴンズの試合の様子をチェックしたりするので、二時間近くいたのに、70頁ほどしか読めなかった。
はてさて、13巻を今年中に読み終えることができるのだろうか。

ひさしぶりの贅沢な代金、約1400円をDポイントで支払って外に出た。
渋谷駅のバスに乗って、すぐに桜小学校で降りて、弦巻営業所まで歩く。

「目黒駅」行きに乗って、三つ手前の停留所で降りて歩く。

(日体大)
勇んで家を出たからにゃ、、でも近所を歩くんじゃつまらない。
おりよくやってきたのが「成城学園駅前」行きのバス、さっと飛び乗る、俺にはシルバーパスという強い味方がある。
酷暑なんのその、バスのなかはエアコンギンギン。
用賀の先で途中下車して、せんじつ循環器内科の帰りに見つけたカフエに向かう。

残念ながら、空席はいくつかあれども、ゆっくり本を読むには適さない。
またね、とスタッフに手を振って、またバス「渋谷駅」行きに乗る。
またね、とスタッフに手を振って、またバス「渋谷駅」行きに乗る。

すぐに降りて、寿司の会に来たときに、目に入って興味があった「むさしの森珈琲」に入る。
大きな建物、窓際カウンター席に座る。
窓にはシェードがおり、隣りとはかなり高いパーテーションで隔てられて、あまり解放感はない。
ランチ抜きできたので、なにか食ってみよう。

卓上のアイパッドを操作して、「搾りたて抹茶モンブランのちいさな冷やしパンケーキ」なる面妖なものと「デカフエアイス」を注文する。
スタッフがやってきて「あの~、どちらも食後とご注文になっていますが、、」という。
「すまん、誤操作、パンケーキを先に」。

メープルシロップをたっぷりかけて、あっという間に食い終える。
甘くて柔らかくて、老人向けのお八つだ。
『失われた時を求めて』を読んだ。
この言葉は、社交界の人びとが本当の趣味などいっさい持ちあわせずに芸術上の判断を下していることを証明していた。その判断は実に身勝手なものなので、ふとしたことで途方もなくばかげた結論に到達することがあり、そこに至る過程でこれを制止できるような本当に心で感じた印象には、一度もめぐりあうことがないのである。にやにや心のなかで笑いながら読んでいて、ふと「清少納言とプルーストが逢ったら、意気投合するんじゃないか」という思いが湧いてきて、chat君にそう言ってみた。
chat君はいつものように、賛意を示す。
「枕草子」の「をかし」とプルーストの「印象の美学」は、かなり近く、どちらも「世界を分類する知性」と「感覚への執着」が結びついている。
「春はあけぼの 夏は夜」、時間と感覚の結びつき、これをプルーストは延々とやっている。
二人とも貴族たちの人間関係などを辛辣に観察して、「趣味の悪さ」「鈍感さ」などにたいして容赦しない。
清少納言は瞬間の名手、プルーストは回想の大建築家、名言もとびだす。

調子に乗って、僕は小林秀雄と内田百閒の名を挙げて、プルーストとの共通点や相違も語り合う。
小林を僕はほとんど読んでいないが、百閒は大好きで、プルーストを読んでいると、どことなく百閒おやじのシブい顔を想起することがあるのだ。
清少納言とプルーストを明確に対比して論じた作家や批評家は見当たらないが「枕草子」や「源氏物語」が、ヨーロッパ近代心理小説の先駆のように語られることがあり、そういう意識・関心が窺われる人たちとしては、谷崎、円地文子、水村美苗(僕が直接プルーストを読もうと思ったのは彼女の作品『大使の妻』によってだ)、芳賀徹、ロラン・バルト、岡潔、そして鈴木道彦(僕が読んでいる『失われた時を求めて』の翻訳家)、蓮見重彦、ドナルド・キーンなどがあげられる。
そういえば、丸谷才一や吉田健一も王朝文学とプルーストをつなげているんじゃないかな。

こんな寄り道をしたり、ときどきヤクルトスワローズと中日ドラゴンズの試合の様子をチェックしたりするので、二時間近くいたのに、70頁ほどしか読めなかった。
はてさて、13巻を今年中に読み終えることができるのだろうか。

(世田谷中央図書館前)
ひさしぶりの贅沢な代金、約1400円をDポイントで支払って外に出た。
渋谷駅のバスに乗って、すぐに桜小学校で降りて、弦巻営業所まで歩く。

「目黒駅」行きに乗って、三つ手前の停留所で降りて歩く。

日体大の玄関前の広場をぐるっとまわり、女性のガードマンと冗談を交わして帰宅、ようやくノルマ5千歩をクリアした。
けっきょく30℃まで上がらず29℃どまりだったようだ。
バスやカフエを組み合わせて暑熱順化は順調なり。
けっきょく30℃まで上がらず29℃どまりだったようだ。
バスやカフエを組み合わせて暑熱順化は順調なり。
老人向けのおやつ、私も食べたいです^^。
家の中はひんやりするので、これから外タイムです。
日焼け止め塗って。
家の中はひんやりするので、これから外タイムです。
日焼け止め塗って。
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>小林を僕はほとんど読んでいないが
今、この批評家の全集を読んでいます。
「様々なる意匠」の華麗なレトリックに惚れたからです。
ひどく難解ですが(この評価は昭和初期にもあったようで、「若き文士たちが嘆くことが解せない」みたいなことを書いていて僕を笑わせる)、文章に情熱のようなものが燃え盛っていて、それを感じるのです。
今、この批評家の全集を読んでいます。
「様々なる意匠」の華麗なレトリックに惚れたからです。
ひどく難解ですが(この評価は昭和初期にもあったようで、「若き文士たちが嘆くことが解せない」みたいなことを書いていて僕を笑わせる)、文章に情熱のようなものが燃え盛っていて、それを感じるのです。
by saheizi-inokori
| 2026-05-18 10:39
| 今週の1冊、又は2・3冊
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