おさがり
2026年 05月 15日
カミさんのおさがり、帽子をもらった。

いぜんはサーモンピンクのセーターをもらったけれど、こんどは淡いピンクだ。
バーゲンか何かで買ったもののキャップは自分には似合わないことを再確認したというのだ。
僕は身につけるものは少々派手でもエイヤッだから、さっそくかぶって散歩に出た。
紺の長袖シャツに明るいブルーのパンツ、靴はいつも同じ黒のスニーカー(皮)、小さいショルダーバッグは薄いブルーだ。
さいわいというべきか鏡になるもののない道を歩いたので、似合うかどうか気にもしなかった。

今の子たちは上の子のおさがりを身につけるのだろうか。
僕は長男だけど、けっこうおさがりを貰ったような記憶がある。
近所のお兄さん、親戚のお兄さんの「古くなったけれど生地はいいもの」というオーバーコートは、母が袖先や裾を切ってハーフコートにしてくれて、東大を卒業したお兄さんの服だと胸を張って着た。
死んだオヤジの紫色の細いズボンは高校時代に、そのままで紫色が気に入って穿いていた。
そういえば新婚旅行(野尻湖)に持っていったグレーの杉綾織のズボン(こちらは太い)もオヤジの「古くなったけど、、」だった。

そうか、そういえば古着やは、社会のおさがりということかな。
でもああいうのは、好きで値段の高いものでも買うのであって、否応なしにお古を着せられるのとは違うよな。
弟にやるのだから大事に着なさいというセリフも今の子には通じまい。

そのままのおさがりでなく、仕立て直しとか、毛糸をほどいて編みなおす(染もしたね)のも多かった。
落語の「子は鎹」でお馴染みの、亀ちゃんのおっかさんの手伝いでやって、ウソがばれてしまう、毛糸を巻き巻きもよくやりましたよ。

『失われた時を求めて』を読んでいて、たとえば『女狂い」みたいなの、こういうのは永井荷風や川端康成にもあるなあ、谷崎にも、などと感じて、chat君にそのへんのことを訊いたりして遊ぶこともある。
武田泰淳が「人間が固定した人格ではなく時間によって変化する存在」「自分自身すら理解できない」「情念は理性より深い」「社会的仮面と本心はずれている」ようなところがプルーストと響きあう、という指摘は面白かった。

(ルワンダ共和国大使館)
「順境の、、」で、荷風がエディプスコンプレックスだったのではないかという佐藤春夫や佐伯影一の説が検討され、野口は却下する。
僕はchat君にプルーストにもそういう傾向があったのではないか、とか荷風もプルーストも、母のイメージを護り続けるために、登場する女性には娼婦のような人が多いのじゃないかなどと訊いてみる。
彼の答えは、二人に共通するのは「文明化された父の世界に居場所を失った作家」であり「”純粋な母”を汚さないために、欲望を別の場所に引き受けさせる構造」だとのこと(二人の違いについてはいろいろあげているが)。

(もう紫陽花の出番だ)
生きた時代は重なるけれど、フロイトが広く知られたのは戦後で、荷風やプルーストがフロイトを読んだ可能性は少ないらしい。
にもかかわらず、おなじ時代精神(精神分析っぽい)を探り当てているところが面白いですね、とchat君。

いぜんはサーモンピンクのセーターをもらったけれど、こんどは淡いピンクだ。
バーゲンか何かで買ったもののキャップは自分には似合わないことを再確認したというのだ。
僕は身につけるものは少々派手でもエイヤッだから、さっそくかぶって散歩に出た。
紺の長袖シャツに明るいブルーのパンツ、靴はいつも同じ黒のスニーカー(皮)、小さいショルダーバッグは薄いブルーだ。
さいわいというべきか鏡になるもののない道を歩いたので、似合うかどうか気にもしなかった。

今の子たちは上の子のおさがりを身につけるのだろうか。
僕は長男だけど、けっこうおさがりを貰ったような記憶がある。
近所のお兄さん、親戚のお兄さんの「古くなったけれど生地はいいもの」というオーバーコートは、母が袖先や裾を切ってハーフコートにしてくれて、東大を卒業したお兄さんの服だと胸を張って着た。
死んだオヤジの紫色の細いズボンは高校時代に、そのままで紫色が気に入って穿いていた。
そういえば新婚旅行(野尻湖)に持っていったグレーの杉綾織のズボン(こちらは太い)もオヤジの「古くなったけど、、」だった。

そうか、そういえば古着やは、社会のおさがりということかな。
でもああいうのは、好きで値段の高いものでも買うのであって、否応なしにお古を着せられるのとは違うよな。
弟にやるのだから大事に着なさいというセリフも今の子には通じまい。

そのままのおさがりでなく、仕立て直しとか、毛糸をほどいて編みなおす(染もしたね)のも多かった。
落語の「子は鎹」でお馴染みの、亀ちゃんのおっかさんの手伝いでやって、ウソがばれてしまう、毛糸を巻き巻きもよくやりましたよ。

『失われた時を求めて』を読んでいて、たとえば『女狂い」みたいなの、こういうのは永井荷風や川端康成にもあるなあ、谷崎にも、などと感じて、chat君にそのへんのことを訊いたりして遊ぶこともある。
武田泰淳が「人間が固定した人格ではなく時間によって変化する存在」「自分自身すら理解できない」「情念は理性より深い」「社会的仮面と本心はずれている」ようなところがプルーストと響きあう、という指摘は面白かった。
百合さんはどういうだろうか。

けさ本棚を見ていたら、呼びかけてきたのが「わが荷風」(野口冨士男)。
たまには途中下車して、荷風の方からプルーストを眺めるのも一興と、「明治四十二年十二月」と「順境のなかの逆境」を読んだ。
荷風は1879年生まれで1959年死、プルーストは1871年生まれで1922年死。
明治四十二年は1909年で、その6年前にプルーストの父が亡くなり、以後プルーストは引きこもり生活にはいって、10年後に『失われた時を求めて』を発表する。
ベルエポックの時代を描き、記憶を求める物語。
荷風の明治四十二年はフランスから帰国して、文明開化の日本に失望して、江戸情緒の名残りを遺す隅田川の景色を描いた「すみだ川」を執筆した年だ。

けさ本棚を見ていたら、呼びかけてきたのが「わが荷風」(野口冨士男)。
たまには途中下車して、荷風の方からプルーストを眺めるのも一興と、「明治四十二年十二月」と「順境のなかの逆境」を読んだ。
荷風は1879年生まれで1959年死、プルーストは1871年生まれで1922年死。
明治四十二年は1909年で、その6年前にプルーストの父が亡くなり、以後プルーストは引きこもり生活にはいって、10年後に『失われた時を求めて』を発表する。
ベルエポックの時代を描き、記憶を求める物語。
荷風の明治四十二年はフランスから帰国して、文明開化の日本に失望して、江戸情緒の名残りを遺す隅田川の景色を描いた「すみだ川」を執筆した年だ。

「順境の、、」で、荷風がエディプスコンプレックスだったのではないかという佐藤春夫や佐伯影一の説が検討され、野口は却下する。
僕はchat君にプルーストにもそういう傾向があったのではないか、とか荷風もプルーストも、母のイメージを護り続けるために、登場する女性には娼婦のような人が多いのじゃないかなどと訊いてみる。
彼の答えは、二人に共通するのは「文明化された父の世界に居場所を失った作家」であり「”純粋な母”を汚さないために、欲望を別の場所に引き受けさせる構造」だとのこと(二人の違いについてはいろいろあげているが)。

生きた時代は重なるけれど、フロイトが広く知られたのは戦後で、荷風やプルーストがフロイトを読んだ可能性は少ないらしい。
にもかかわらず、おなじ時代精神(精神分析っぽい)を探り当てているところが面白いですね、とchat君。
昔は電気製品も修理して使うのが一般的でしたが
いつのころからか修理するより買うほうが安いので買い替えが普通になりました
子どもの頃、実家の電気屋さんに、外国船の乗組員がやってきて
セコハンは無いか?と買いに来たことを思い出します
いつのころからか修理するより買うほうが安いので買い替えが普通になりました
子どもの頃、実家の電気屋さんに、外国船の乗組員がやってきて
セコハンは無いか?と買いに来たことを思い出します
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おさがり 着ましたー 嬉しかったです男兄弟だったので
従姉妹からでした
中学校くらいまで教科書は兄達の使った物でした
先生の言われるページを見つけるのにパラパラしたり横の生徒のページを見たり
、、、そのせいで勉強ダメになったのかしら
従姉妹からでした
中学校くらいまで教科書は兄達の使った物でした
先生の言われるページを見つけるのにパラパラしたり横の生徒のページを見たり
、、、そのせいで勉強ダメになったのかしら
> maya653さん、一番簡単な修理は、バン!と叩く(ラジオの場合)^^。
荷風は随筆がいいですけど、わたしは日記が好きですね。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
> chikusai77さん、日乗も厳しい推敲を経ていますから、私などの書きなぐりブログとは別物ですね。
> ymomenさん、当時としては平均寿命だったのかな。
by saheizi-inokori
| 2026-05-15 09:34
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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Comments(12)
