文学かぶれ
2026年 05月 14日
きのうは昼飯を食ったあと、ベランダの洗濯物をとりこむ、ほとんど乾いている。
夕方雷の恐れがあるというのだ。
夕方雷の恐れがあるというのだ。
エアコン試運転もやつて外に出る。

最近の都立大学にパンを買いに行く楽しみのひとつ、木陰のおにぎりができなかつたので、せめて水筒のお茶を飲んで、先日千葉でお土産にもらつた、ピーナッツの煎餅を食う。
千葉支社長のとき、来客や堅苦しくなりそうな打ち合わせのときに、殻いり落花生を出した。
お茶は僕が淹れて、それだけでも垣根がなくなり会話が弾む。
みんながバリバリと音をたてて殻を砕くと、その場の緊張がとける。
そのことを覚えていてくれて、お土産にこの煎餅や落花生を持たせてくれたのだ。

もう店の人全員が馴染みになつた小さな店でパンを買い、倉式コーヒーで本を読む。
周りはほとんど年輩の女性、よく喋りよく食う。

ひとつ反対側のバス停まで歩いてバスに乗る。
下校の子どもたちのウルサイこと!
三つ手前のバス停で降りて歩く。
ようやく5600歩、疲れていても歩かないと、すべてが止まってしまう。
体力は栄養で賄われるけれど、気力は歩くことで養われる。
体力は栄養で賄われるけれど、気力は歩くことで養われる。

帰宅して、朝下洗いして漬けおきしておいたパジャマ上下を手洗いする。
Spotifyで70年代の洋楽を聞きながら。
60年代は知っている曲が多いけれど、70年代は知らない曲がほとんど。
考えてみれば、僕の70年代は疾風怒濤の時代、ラジオを聞くことはなかったから、ポピュラーソングが耳に入らなかったのも当然、テレビも休日の子供と一緒の晩飯のときのお笑い番組しか見なかったな。
知らない曲だけれど、なんとなく懐かしい感じがするのは、その時代を生きていたからだ。

『失われた時を求めて』から。
「私」はヴィルパリジ夫人のサロンに入り込む。
ゲルマント公爵夫人の叔母だが、「回想録」を書くような知性が禍して、社交界の地位は高くなく、そこに出入りする人は、親戚のゲルマント家をのぞけば、一流とは言い難い。
娘時代に鼻持ちならない文学かぶれ(ブルー・ストッキング=青踏)と思われ、本人もそれを気にしないでいるうちに、年をとって取り返しのつかないことになったのだ。
かつて王妃に「あなたのことは、自分の娘みたいに大好きですよ」といわれたことを思い出して自分を慰めることも出来たが、「ルロア夫人(ヴィルパリジ夫人のサロンを三流と見なし、絶対に足をふみいれない)のようにたえず人から招待される力を所有するためなら、引き換えに喜んで王妃の言葉をさしだしたことだろう」。

そのサロンに出入りする、「常軌を逸した乱行が原因で」没落した三女神の一人の描写。
彼女はつねにヴィルパリジ夫人と張り合うのだ。
老いたりとはいえ、何年も前には上流社会の若者たちを魅惑したコワズヴォの作になる女神のようなその身体の線、今ではえせ文士たちが詩句のはしばしで誉めたたえている身体の線を崩すまいと、できるだけ動かさないようにしながら―それに彼女は、とくに他人から毛ぎらいされたために、たえず自分の方から愛想よくしなければならないすべての人に共通のくせを、つまりはその埋めあわせである傲然とした固さを、身につけていたのだ―冷ややかな威厳をこめて軽く頭を下げるとすぐ横を向き、あとはもう私など存在していないかのように、こちらにかまおうとしなかった。
それは、ヴイルパリジ夫人に、(いまさら)新しい付き合いには飢えておらず、とくに若者には興味がないことを見せようとしていた。
しかしその15分後に、人に聞こえないように「私」の耳元で、次の金曜日に招待するのだ。
ヴィルパリジ夫人は花の写生をしながら客の相手をする。
いぜん「私」にサロンは俗物の集まるところといったスノブが、ちゃっかり出席していて、その絵について気持の悪くなるようなお世辞をいう。

「気力は歩くことで養われる」 励まされます
最近全く気力が無くなっています
歩いていないからですねー あれほど歩くの大好きだったのに 頑張ります
最近全く気力が無くなっています
歩いていないからですねー あれほど歩くの大好きだったのに 頑張ります
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> juju3291aさん、仰る通りですね、いつも元気な元気ばばさん^^。
by saheizi-inokori
| 2026-05-14 10:12
| 今週の1冊、又は2・3冊
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Comments(4)