四月尽は薔薇尽くし
2026年 05月 01日
前にも書いたけれど、子供の頃は音楽を聴くのも古ぼけた真空管ラジオで放送局が流すものを聴くだけだった。
中学のときにNHK長野放送局の番組にリクエストを葉書でだして採用されたときは嬉しかったな。
たしか「グレンミラー物語」を見たあとだったので、「茶色の小瓶」か「真珠の首飾り」だったように思う。

金持の同級生の女の子が、レコードを聞きたかったら、電話で聞かせてあげる、といったのは今思うと冷やかしだったかも。
公衆電話で10円玉がいくつあっても足りやしないし。
音楽室に大きなステレオが入って、かたずをのんで見ていると、先生がもったいぶって針を置くと「パチパチ」と雑音が響いて、それも有難いものとして聞いた。
「ピーターと狼」を聞いたかな。

Spotifyなんて、あの頃から考えると夢のような話だな。

そんなことを考えながらイヤホンを耳に突っ込んで、薔薇の咲く家を見てあるいた。

子供の頃、薔薇はそうあちこちで見なかったような気がする。
もっともあの頃は花にそれほど興味がなかったようだ。

こうしてあちこちの散歩のときに花を撮るときの感動も年々深まってくるようだ。
いままでは、たんに「きれいだな」でスマホを向けていたのだ。

昼下がりは家で『失われた時を求めて』を読んだ。
そのなかから
ほんとにそうだと思う。
凡児我も魔法の砂を見つけながら生きていきたいものよ。
中学のときにNHK長野放送局の番組にリクエストを葉書でだして採用されたときは嬉しかったな。
たしか「グレンミラー物語」を見たあとだったので、「茶色の小瓶」か「真珠の首飾り」だったように思う。

金持の同級生の女の子が、レコードを聞きたかったら、電話で聞かせてあげる、といったのは今思うと冷やかしだったかも。
公衆電話で10円玉がいくつあっても足りやしないし。
音楽室に大きなステレオが入って、かたずをのんで見ていると、先生がもったいぶって針を置くと「パチパチ」と雑音が響いて、それも有難いものとして聞いた。
「ピーターと狼」を聞いたかな。

Spotifyなんて、あの頃から考えると夢のような話だな。

そんなことを考えながらイヤホンを耳に突っ込んで、薔薇の咲く家を見てあるいた。

子供の頃、薔薇はそうあちこちで見なかったような気がする。
もっともあの頃は花にそれほど興味がなかったようだ。

こうしてあちこちの散歩のときに花を撮るときの感動も年々深まってくるようだ。
いままでは、たんに「きれいだな」でスマホを向けていたのだ。

昼下がりは家で『失われた時を求めて』を読んだ。
そのなかから
現実の塵芥のなかに魔法の砂が混じっていたり、またはなにかのありきたりな事件が小説的なバネになったりするような日々でなければ、人生はほとんど興味をそそらない
凡児我も魔法の砂を見つけながら生きていきたいものよ。
懐かしい音楽♪ 体が自然に揺れます
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> jyariko-2さん、あの頃坊主頭がカッコいいと思いましたよ^^。
ぷよかーしゃんです^^
子供の頃の思い出は良いものでも
もひとつのものでも
何でもなかなか楽しいものですよね^^
小学生の頃演劇部の主役に選ばれたくさんの
台詞覚えに使ったのがラジカセ⁉️でした。
他の人の台詞を間を開けながら録音し自分の
ところを声に出し覚えた記憶があります(笑
結果はそれなりに⁉️友達、後輩、先生にも
上々でしたが、親が来てないことを
先生は残念がりました。
その時は何とも思っていなかったのですが
大人になってから思うと、
『そうね来てくれなかったよね』
と少し寂しく思いました。
兄、特に姉は副教科も含めてほぼオール5、
当時女子には珍しい委員長、男女共友達にも
人望厚く、優秀で、姉のことで父が学校に
来るのは当たり前みたいに受け止め、
私の時に来ないことに
取り立てて不満も何も感じなかったのです。
それには、男の子役の衣装にと
兄の子供の頃の浴衣⁉️を
私のサイズに合わせ母が作り直してくれたり
男の子のように髪をカットして貰うよう
美容室へ連れていってくれたりしたので、
特段思わなかったのだと思います。
すみません。皆さますっきりしたコメント
ばかりですのに、昔のラジオやステレオの
お話を伺いどうでもいい私の昔話を
させていただきました(笑)
子供の頃の思い出は良いものでも
もひとつのものでも
何でもなかなか楽しいものですよね^^
小学生の頃演劇部の主役に選ばれたくさんの
台詞覚えに使ったのがラジカセ⁉️でした。
他の人の台詞を間を開けながら録音し自分の
ところを声に出し覚えた記憶があります(笑
結果はそれなりに⁉️友達、後輩、先生にも
上々でしたが、親が来てないことを
先生は残念がりました。
その時は何とも思っていなかったのですが
大人になってから思うと、
『そうね来てくれなかったよね』
と少し寂しく思いました。
兄、特に姉は副教科も含めてほぼオール5、
当時女子には珍しい委員長、男女共友達にも
人望厚く、優秀で、姉のことで父が学校に
来るのは当たり前みたいに受け止め、
私の時に来ないことに
取り立てて不満も何も感じなかったのです。
それには、男の子役の衣装にと
兄の子供の頃の浴衣⁉️を
私のサイズに合わせ母が作り直してくれたり
男の子のように髪をカットして貰うよう
美容室へ連れていってくれたりしたので、
特段思わなかったのだと思います。
すみません。皆さますっきりしたコメント
ばかりですのに、昔のラジオやステレオの
お話を伺いどうでもいい私の昔話を
させていただきました(笑)
> koro49さん、私もまさかり半島の庭を楽しんでいますよ。
> 1218puyo2さん、私は小学校の学芸会で、演劇に選ばれず、それでも出たくて放課後の練習を毎日見ていたのです。
そしたら見かねた先生が、立ちっぱなしセリフなしの兵士になれというのでした。
それでも嬉しかったな。
兵士の鎧を母がボール紙で作ってくれたのを思い出しました。
そしたら見かねた先生が、立ちっぱなしセリフなしの兵士になれというのでした。
それでも嬉しかったな。
兵士の鎧を母がボール紙で作ってくれたのを思い出しました。
> hanazukan3さん、そうですね、あと辞書、百科事典などで調べることも信じられないほど容易になりましたね。
社会人になって月賦でアメリカーナを揃えて引っ越しのたびに持ち歩いた、あの無駄!^^。
社会人になって月賦でアメリカーナを揃えて引っ越しのたびに持ち歩いた、あの無駄!^^。
by saheizi-inokori
| 2026-05-01 09:50
| 今週の1冊、又は2・3冊
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Comments(8)

