枇杷熟るる
2026年 04月 20日
おとといサボった都立大学のパン屋に昨日行った。
雪ウサギさんのブログに刺激されて東光寺の、これも羅漢さんだろうか、を見に寄った。
去年は三郷の菜の花、こないだは舎人公園のネモフィラと雪ウサギさんのあとを追いかけている。
雪ウサギさんは羅漢さんたちにいろんなセリフをしゃべらせている。
さて、このお方からはどんなセリフが聞こえてくるか。

「あ~あ、もう!」もう、なにか?それは喋らないようだ。

松江の空見chronoirさんを想って、ときどき僕も空を見上げるけれど、雲一つない青空だった。
両側を木に挟まれた小径を、ひらひらとあとさきになる、モンシロチョウをサンチの魂かと思いつつ歩き続けていたからかもしれない。
祖母の歌から。
台風で鉄道がずたずたになって道も歩けないようなときに、勤めていた盲聾唖者のための学校に「這ってでもいく」といってまわりをやきもきさせた。
病気がガンだとわかると「なぜ早くいってくれないの」といって、起き上がって畑仕事や教会のお説教を勤めた。
子どもの僕もしょっちゅうお小言をくらった。
祖母とも口喧嘩が激しく、夏休みに遊びに行って唯一いやなことは二人が夜中寝てまで喧嘩する声がきこえることだった。
それだけにこういう歌を読むと、ほっとする。

母の句。
亡妻は枇杷が好きで入院したときも見舞いに多くの枇杷を貰って喜んでいた。
母も枇杷を持って来てくれたのか、覚えていない。
枇杷が熟れたままになっている二階を見ながら、病院の嫁のことを想ったかどうか、知る由もない。
亡妻がホスピスに移って、少しは痛みを抑えることができた最後の日々の朝、僕はよく車椅子をおして小金井公園に連れて行った。
そのとき母もいっしょのこともあったのだ。
その句。
僕は馬鹿だから母の句集を読んでこの年の句に流れる母の悲しみを今頃になってしみじみ感じるのだ。
自分が生きていくだけで精一杯だったのだ。
続けて、この年の句を二首。
おまけ。
若者たちに広がる改憲反対の動き。
なお昨日日曜日は国会前に3万6千人が集まった。




雪ウサギさんのブログに刺激されて東光寺の、これも羅漢さんだろうか、を見に寄った。
去年は三郷の菜の花、こないだは舎人公園のネモフィラと雪ウサギさんのあとを追いかけている。
雪ウサギさんは羅漢さんたちにいろんなセリフをしゃべらせている。
さて、このお方からはどんなセリフが聞こえてくるか。

「あ~あ、もう!」もう、なにか?それは喋らないようだ。

松江の空見chronoirさんを想って、ときどき僕も空を見上げるけれど、雲一つない青空だった。
両側を木に挟まれた小径を、ひらひらとあとさきになる、モンシロチョウをサンチの魂かと思いつつ歩き続けていたからかもしれない。
アイツが幼い頃、この道を散歩して医師に歩かせすぎといわれたのだ。
あなたの1万歩はサンチの何歩になると思いますかと。
ちょこちょこと必死になって、時には先になって歩いたね。
それが東光寺を出るとき、ようやくこの雲に気づいた。
ちょこちょこと必死になって、時には先になって歩いたね。
それが東光寺を出るとき、ようやくこの雲に気づいた。
なんだかサンチが「散歩楽しかったよ、またね~」と空を駆けていくように見えた。


祖母の歌から。
死ぬことをいつか忘れぬ娘とふたりいたわりあいて日々を過ごせば伯母は優しいけれど義務を果たすことなどについては厳しく神経質な人だった。
台風で鉄道がずたずたになって道も歩けないようなときに、勤めていた盲聾唖者のための学校に「這ってでもいく」といってまわりをやきもきさせた。
病気がガンだとわかると「なぜ早くいってくれないの」といって、起き上がって畑仕事や教会のお説教を勤めた。
子どもの僕もしょっちゅうお小言をくらった。
祖母とも口喧嘩が激しく、夏休みに遊びに行って唯一いやなことは二人が夜中寝てまで喧嘩する声がきこえることだった。
それだけにこういう歌を読むと、ほっとする。

母の句。
枇杷熟るるいつも二階の雨戸立つ母がこの句を詠んだのは平成五年の夏、亡妻が逝った年の夏だ。
亡妻は枇杷が好きで入院したときも見舞いに多くの枇杷を貰って喜んでいた。
母も枇杷を持って来てくれたのか、覚えていない。
枇杷が熟れたままになっている二階を見ながら、病院の嫁のことを想ったかどうか、知る由もない。
亡妻がホスピスに移って、少しは痛みを抑えることができた最後の日々の朝、僕はよく車椅子をおして小金井公園に連れて行った。
そのとき母もいっしょのこともあったのだ。
その句。
車椅子の範子が膝へ白粉花僕はツユクサを摘んで帰って牛乳瓶にさして病室においた。
僕は馬鹿だから母の句集を読んでこの年の句に流れる母の悲しみを今頃になってしみじみ感じるのだ。
自分が生きていくだけで精一杯だったのだ。
続けて、この年の句を二首。
寄鍋や嫁が遺愛の大土鍋
泣癖の古き暦を外すかな
おまけ。
若者たちに広がる改憲反対の動き。
なお昨日日曜日は国会前に3万6千人が集まった。

お母さまのうた
亡くなった奥様への想いに朝からジーンときてしまいました。
亡くなった奥様への想いに朝からジーンときてしまいました。
2
こんにちは。
今は亡き奥さまは引き揚げ家族のお隣さんだったと記憶していますが、違ったかしら?
お母さまの句、お嫁さんという言葉以上の肉親としての惜別の情に満ちていて心に響きました。
一緒に生活してきた思い出の土鍋。台所で汗してきた主婦として、母として、嫁としての日々への哀惜の情がにじんでいて涙しました。
車いすを押す saheiziさんの沈黙の奥にある深い想いが伝わります。
今は亡き奥さまは引き揚げ家族のお隣さんだったと記憶していますが、違ったかしら?
お母さまの句、お嫁さんという言葉以上の肉親としての惜別の情に満ちていて心に響きました。
一緒に生活してきた思い出の土鍋。台所で汗してきた主婦として、母として、嫁としての日々への哀惜の情がにじんでいて涙しました。
車いすを押す saheiziさんの沈黙の奥にある深い想いが伝わります。
saheiziさんこんにちは。
羅漢様は、
「さぁ~朝メシも喰ったし、幸せいっぱい探しに行こうかな~、
リュックに幸せ一杯詰められると良いな!」
とでもつぶやいてるかな・・・
あれ?saheiziさんかなこの方は。
羅漢様は、
「さぁ~朝メシも喰ったし、幸せいっぱい探しに行こうかな~、
リュックに幸せ一杯詰められると良いな!」
とでもつぶやいてるかな・・・
あれ?saheiziさんかなこの方は。
なにも語らない息子さんを詠んだ句も拝見したいと思いました
> soubou12さん、そうです。助け合って生きてきた隣人でした。
二人にもつといろいろ尽くしてあげられたはずと、今ごろになつて思います。
二人にもつといろいろ尽くしてあげられたはずと、今ごろになつて思います。
> yukiusagi_syakunaさん、なるほど!
それでは私もそうするとしましょう。ありがとう!
それでは私もそうするとしましょう。ありがとう!
> maya653さん、ありがとう。では明日にでも。
どの句も胸に染み、ジーンとなりました。
> norakoubou2426さん、ありがとう。
母もまさか自分の作品がこうしていろんな方に読まれることになるとは夢にも思わなかったでしょう。
生前は句集を作ることに反対でしたから。
これも親不孝なのかな。
母もまさか自分の作品がこうしていろんな方に読まれることになるとは夢にも思わなかったでしょう。
生前は句集を作ることに反対でしたから。
これも親不孝なのかな。
お母様のくが身にしみますね
ツユクサのところで胸がつまりました。。
若い方の間に改憲反対の動きが広がってきているんですね
当地の古い歴史的な音楽劇場の建築改修がやっとなり、オペラや古典のファンがつめかけています
一昨夜のアンコールがオーケストラ演奏のイマジンで、演奏後、観客の淑女紳士若者の無言の
叫びがぐわんと渦になって巻き上がる感じがしました = 想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう? 殺す理由も死ぬ理由も無く ただ平和に生きているって。。ジョンレノン
私のアカウントが消えてしまい、記事も書けず、いいねの表示もブログ名では表示されません。
非会員ユーザーと出ます。でも訪問させていただいています!!
問い合わせていますが、面倒なことです。
いつもお邪魔するブログにいちいち断りも。。。面倒です。このまま消えるかな。
非会員ユーザーと出ます。でも訪問させていただいています!!
問い合わせていますが、面倒なことです。
いつもお邪魔するブログにいちいち断りも。。。面倒です。このまま消えるかな。
> chronoir2023さん、ね、ふわっと、そうみえるでしょう?ありがとう。
俳句や短歌をたしなむ方はこうして残した作品でたくさんの人を感動させることができるんですね。
絵とかではなく言葉の表現だからなおさらです。
作品を読んで共感することでその人と繋がったような思いになるのですよね。
絵とかではなく言葉の表現だからなおさらです。
作品を読んで共感することでその人と繋がったような思いになるのですよね。
by saheizi-inokori
| 2026-04-20 07:04
| わが母と祖母の遺したまいしうた
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