名古屋のヒナちゃん

1982年の秋、僕は名古屋鉄道管理局から任期途中で突然、名古屋臨海鉄道に出向になった。
国鉄改革をめざす本社の意向に反する発言があったことが原因だ。
その経緯は↓の通りだ。


当時の上司である管理局長は、秋田とか遠くに飛ばせという本社の意向もあったけれど、自分の近くにおいて目をかけていれば、なにかと僕にとって都合もよいだろうと思って名古屋臨海鉄道でお願いした、と言って局長室の前に僕専用の部屋まで用意して、いつでもここにいていいよ、臨海鉄道の株主総会まで少しゆっくりしてたらとも言ってくれた。
けれど39歳の僕に半年以上も何もしないでいるのは厳しすぎる。
なんとかと頼み込んで臨時の株主総会を開いてもらって、臨海鉄道の常務になったのだ。
だから臨海鉄道会社からすれば、僕は員数外、招かざる役員だった。↓


しかし、僕はほとんどしょげもせず、臼井部長(元名古屋駅長、現場思いのデキブツ)と組んでバリバリ仕事をした。
その初仕事が春闘対策だった。
ストを決行するという組合委員長の浅井君との出会いがその時だ↓。


その浅井君から葉書がきて、60年におよぶ臨海鉄道(名古屋と衣浦)勤めをおえるという挨拶状だった。
さっそく電話して「ご苦労さま」といい、しばらく思い出話などをした。
僕が名古屋臨海鉄道で楽しく仕事ができたのは、浅井君が協力してくれて(僕のことを「オヤブン」と呼ぶ)、現場のプロパー諸君と仲良くなれたからなのだ。

電話をしながら、携帯の画面に彼の名前とトイプードルの写真がマークになっているのを見て、「このトイプードルは元気か」と訊くと、「それがや!死んでしもうて、、とつぜん、、」という。
なんとサンチと同じ3月19日、朝5時過ぎ!
14歳のヒナちゃんは、サンチと旅立ったのだ。

電話を切ってから、スマホで名古屋までのバス運賃や格安ホテルの値段を調べた。
うつぼつと名古屋に行って、彼らと会いたくなった。
何といっても、僕はナンコツ会↓の永代会長なのだ。


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Commented by barnes_and_noble at 2026-04-18 23:26
同じ日にこの世を去るなんて。ひとり、いや、1匹で旅立つのは、寂しいから、一緒に、って思ったかもしれませんね。
Commented by saheizi-inokori at 2026-04-19 11:47
> barnes_and_nobleさん、しかもほとんど同じ時間なのです。
親同士の(考えてみれば)不思議なエニシといい人生は奇跡の連続です。
Commented by soubou12 at 2026-04-19 15:00
こんにちは。

何とも奇縁ですが、さんちゃん、一人ぽっちで虹の橋をわたるのはさみしすぎますから、一緒だったのかも。

私の父も国鉄マンでした。戦後仕事でアメリカにわたって、帰国したら上司の逆恨みで文字通り席がなかった。辞表をたたきつけた父。受験を控えた子供三人抱えて、再就職先もなく、住む家もなく与野の鉄道官舎を追い出されました。
saheizi-inokoriさんの鉄道人生に、想いを重ねました。
Commented by saheizi-inokori at 2026-04-19 15:35
> soubou12さん、ほんのちょっとしたことで人生が大きく変わることつてありますね。
どんな人にめぐりあえるか、偶然が致命的にもなりますね。
ご苦労されましたね。
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by saheizi-inokori | 2026-04-18 11:17 | よしなしごと | Trackback | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori