シンクロニシティ
2026年 03月 02日
5日間外泊して、帰ったらサンチもがんばっていた。
ぼくの入院なんて、サンチの刻一刻の苦しみからみたら、遊山みたいなものかもしれない。
一泊15000円で、三食付いて、日夜を問わず若くてきれいな女性にかしずかれて、富士山やNHKテレビの天気予報のバックみたいな東京の夜景も楽しめて、洗濯掃除などいっさいの家事から解放されて、読書三昧。
83歳になった誕生祝いの東京社会見物だ。
しかも、多くの皆さんから、お見舞い・激励のお言葉まで頂戴しちゃって、まったくもって恐縮至極、ほんとうにありがとうございました。

10時頃に帰宅、荷物をかたづけて、すぐにリンゴとラフランスに「ちもと」の生菓子を温かいデカフエで食べた。
食い気が先に立って写真を撮る間もなかった。
庭のハクモクレンが咲きだしている。

「失われた時を求めて スワン家の方へ」を読む。
本を読むことの意味について、主人公(語り手)の考えを述べた一部だが、多くの作家がこの小説に学んだというのは、こういう点にもあるのだろう。
いや、そうじゃない。
ここなんて、ほんのほんのかけら、もっともっと、いわばこの小説のすべてが、こうやって引用したくなる、傍線を引きたくなるような言葉なのだ。
こういう文章ひとつひとつをなんどか繰り返して玩味する。
出てくる有名な人物や絵画、歴史上の事件などについて、巻末の丁寧な注にあたるだけでなく、グーグルで詳しい解説を読んだり、たとえばユベール・ロベールの古代遺跡の画をみて、複製が欲しいなあなどと夢想したりする。
午後いっぱいかけて、百頁も読めない。
百頁も読んだら読みすぎなのだ。
一日に数頁で十分、そんな小説だと思う。

(退院前に病院のあちこちから 駒沢公園の木々)
痛快だったのは、けさ、まだ病室で朝飯が配られるのを待っているあいだに、chronoir2023さんのブログを訪問したら、ラベルの弦楽四重奏曲をすばらしいと書いてあったので、その場でSpotifyで聴いたら、ビビッビッ!「プルーストだ!記憶をまさぐっているよう」と感じたので、そのようにコメントした。
帰宅して、小説を読みながら、またラベルを聴きながら、ふとラベルとプルーストには関りがあったのか、とグーグルに訊くと、ほぼ同時代に生きて、互いに才能を認めあっただけでなく、交流もあり、さらに、なんとなんと「両者ともに、記憶、失われた時、感覚、過去の再構築をテーマに、洗練されたスタイルで追求した。さらにパスティーシュ(偽作・模倣)を手法として取り入れた点も共通している」んだって!
文学も音楽も好きだけれど、好きなものを手当たり次第に楽しんでいいるだけで、それをホントに深いところで理解できているか、ちゃんと鑑賞できているかについてはまったくといっていいほど自信がなく、文学通・音楽通のブログの透徹した鑑賞力に劣等感をもっていた、、でも、どうでえ、ちったあ俺様の鑑賞力も捨てたもんじゃなかろうよ、、なんちって。
ついでにじゃあ、こっちはどうだと、ソシュールとプルーストの関係についても質問してみると、交友こそ確認されていないが、二人とも言語(記号)、時間、意識というテーマで20世紀の思想に革命的な影響を与えた由。
僕がプルーストを読む気になったのは、水村美苗の本のなかで水村がなんども(原語)読んでいる様をかいていて、食欲をそそられたからで、ソシュールはメルロポンティと田中克彦経由。
おもしろいシンクロニシティではないか。
それほど聞いたことがなかったラベルが急に身近に感じられてきたぞ。
けさはようやくシャバの時間に起きて、家事をふくめた朝のルーテインをこなすことができた。
トーストと野菜スープにヨーグルトのうまいこと!





ぼくの入院なんて、サンチの刻一刻の苦しみからみたら、遊山みたいなものかもしれない。
一泊15000円で、三食付いて、日夜を問わず若くてきれいな女性にかしずかれて、富士山やNHKテレビの天気予報のバックみたいな東京の夜景も楽しめて、洗濯掃除などいっさいの家事から解放されて、読書三昧。
83歳になった誕生祝いの東京社会見物だ。
しかも、多くの皆さんから、お見舞い・激励のお言葉まで頂戴しちゃって、まったくもって恐縮至極、ほんとうにありがとうございました。

10時頃に帰宅、荷物をかたづけて、すぐにリンゴとラフランスに「ちもと」の生菓子を温かいデカフエで食べた。
食い気が先に立って写真を撮る間もなかった。
庭のハクモクレンが咲きだしている。

「失われた時を求めて スワン家の方へ」を読む。
本を読んでいるあいだ中、内部から外部へ、真理への発見へ、と不断の運動を行っているこの中心的な信頼につづいて、次にくるのは、自分もそこに参加している筋の運びが与える感動だった。
最初に小説を書いた人の巧妙なところは、人間の情動の装置においてイメージが唯一の本質的な要素である以上、本物の人物をきれいさっぱり消し去ってしまうという単純化こそが決定的な完成となることを理解していた点にある。一人の現実の人間は、どんなに私たちがその人と共感しようとも、その多くの部分は感覚で知覚したものであり、つまりこちらには不透明なままで、私たちの感受性には持ち上げることのできないようなお荷物になっている。不幸がこの人を襲ったとしても、そのことで私たちが心を動かし得るのは、彼について持っている全体的な概念のほんの小部分においてにすぎない。そればかりか、彼自身も自分の不幸を悲しみ得るのは、自分にかんする全体的な概念のほんの小さな部分においてにすぎないだろう。小説家の発見は、魂のはいりこみ得ないこのような部分においてにすぎない部分を、同じくらいの量の非物資的部分、つまり私たちの魂が同化し得るものに置き換えてしまおうと考えついたことだった。
いや、そうじゃない。
ここなんて、ほんのほんのかけら、もっともっと、いわばこの小説のすべてが、こうやって引用したくなる、傍線を引きたくなるような言葉なのだ。
こういう文章ひとつひとつをなんどか繰り返して玩味する。
出てくる有名な人物や絵画、歴史上の事件などについて、巻末の丁寧な注にあたるだけでなく、グーグルで詳しい解説を読んだり、たとえばユベール・ロベールの古代遺跡の画をみて、複製が欲しいなあなどと夢想したりする。
午後いっぱいかけて、百頁も読めない。
百頁も読んだら読みすぎなのだ。
一日に数頁で十分、そんな小説だと思う。

痛快だったのは、けさ、まだ病室で朝飯が配られるのを待っているあいだに、chronoir2023さんのブログを訪問したら、ラベルの弦楽四重奏曲をすばらしいと書いてあったので、その場でSpotifyで聴いたら、ビビッビッ!「プルーストだ!記憶をまさぐっているよう」と感じたので、そのようにコメントした。
帰宅して、小説を読みながら、またラベルを聴きながら、ふとラベルとプルーストには関りがあったのか、とグーグルに訊くと、ほぼ同時代に生きて、互いに才能を認めあっただけでなく、交流もあり、さらに、なんとなんと「両者ともに、記憶、失われた時、感覚、過去の再構築をテーマに、洗練されたスタイルで追求した。さらにパスティーシュ(偽作・模倣)を手法として取り入れた点も共通している」んだって!
文学も音楽も好きだけれど、好きなものを手当たり次第に楽しんでいいるだけで、それをホントに深いところで理解できているか、ちゃんと鑑賞できているかについてはまったくといっていいほど自信がなく、文学通・音楽通のブログの透徹した鑑賞力に劣等感をもっていた、、でも、どうでえ、ちったあ俺様の鑑賞力も捨てたもんじゃなかろうよ、、なんちって。
ついでにじゃあ、こっちはどうだと、ソシュールとプルーストの関係についても質問してみると、交友こそ確認されていないが、二人とも言語(記号)、時間、意識というテーマで20世紀の思想に革命的な影響を与えた由。
僕がプルーストを読む気になったのは、水村美苗の本のなかで水村がなんども(原語)読んでいる様をかいていて、食欲をそそられたからで、ソシュールはメルロポンティと田中克彦経由。
おもしろいシンクロニシティではないか。
それほど聞いたことがなかったラベルが急に身近に感じられてきたぞ。
けさはようやくシャバの時間に起きて、家事をふくめた朝のルーテインをこなすことができた。
トーストと野菜スープにヨーグルトのうまいこと!

シャバの空気も食事もさぞ美味しいことでしょう。
十分堪能してください。
十分堪能してください。
2
退院おめでとうございます。
いつもの生活いつもの食事。。。これが一番ですね。
いつもの生活いつもの食事。。。これが一番ですね。
やれやれのsaheiji師匠でございます。
羨ましいなぁ。
羨ましいなぁ。
御無事で退院おめでとうございます。
無理なさらず、ごゆっくりお過ごしください。
無理なさらず、ごゆっくりお過ごしください。
何はともあれ、ご無事で良かったです。
非日常の体験をなさいましたね。
「失われた時を求めて」は多くの人が本箱に置いてはあっても、完読できずに終わる本、と言われて、私も尻込みしているのですが、興味が湧いてきました。
非日常の体験をなさいましたね。
「失われた時を求めて」は多くの人が本箱に置いてはあっても、完読できずに終わる本、と言われて、私も尻込みしているのですが、興味が湧いてきました。
> unjakuさん、このお尻の痛みも、うらやましい?
> tanatali3さん、ありがとう。
> Solar18さん、ありがとう。
今までに読んだ、長いものは、「火山島」(金石範)、「神聖喜劇」(大西巨人)、「天皇の世紀」(大佛次郎)「戦争と平和」(トルストイ)など、そのうち「神聖喜劇」と「戦争と平和」は二度。
いまのところ、「失われた、、」がいちばん興奮しています。
先を急ごうと云う気にならない、のです。
今までに読んだ、長いものは、「火山島」(金石範)、「神聖喜劇」(大西巨人)、「天皇の世紀」(大佛次郎)「戦争と平和」(トルストイ)など、そのうち「神聖喜劇」と「戦争と平和」は二度。
いまのところ、「失われた、、」がいちばん興奮しています。
先を急ごうと云う気にならない、のです。
ソシュールは、感覚的なもの(イメージ)を意味するもの(シニフィアン)と観念的なものを意味されるもの(シニフィエ)と名づけています。
それで、前者に相当するものを表現、後者に相当するものを内容と呼ぶこともできるかもしれませんね。
そして、その二つの項からなるものが、ソシュールの記号というものでしょうかね…?…
「失われた時を求めて スワン家の方へ」では、紅茶(たぶんリンデンのハーブティー)も印象的です。
それで、前者に相当するものを表現、後者に相当するものを内容と呼ぶこともできるかもしれませんね。
そして、その二つの項からなるものが、ソシュールの記号というものでしょうかね…?…
「失われた時を求めて スワン家の方へ」では、紅茶(たぶんリンデンのハーブティー)も印象的です。
ラヴェルとプルースト、交友があったのですね!
知りませんでした。ありがとうございます!
知りませんでした。ありがとうございます!
入院お疲れ様でした。ラヴェルとプルーストの話、勉強になりました!
お元気でご帰還。よかった!ほんとうに良かった。
> 寿限無さん、私の夏のスイカガブリは、語りての紅茶に浸したマドレーヌです。
> chronoir2023さん、なんだか嬉しくなりますね^^。
> tokidokiashibueさん、スマホというかAIは便利ですね。
ときどき(ショッチュウ?)間違えもしますが。
ときどき(ショッチュウ?)間違えもしますが。
> ハビーのママさん、ありがとう。そんなに喜んでもらえるなんて、そっちも嬉しい^^。
> 福さん、いや、何にもしないで一日を過ごすっていいものだなあ、と愉しんでいましたよ。
世界の真中にいるはずの高市は、少しはブレーキをかけても罰は当たらないと思うのですが。
ほんとの盟友なら、それがむしろ義務ではないか、と。
世界の真中にいるはずの高市は、少しはブレーキをかけても罰は当たらないと思うのですが。
ほんとの盟友なら、それがむしろ義務ではないか、と。
by saheizi-inokori
| 2026-03-02 09:49
| 今週の1冊、又は2・3冊
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