おさきまっくら
2026年 02月 09日
いやはや、ことばがありません。
暗澹たる思いで選挙報道を見るのをやめて、コルチナダンペッツオの大滑降を見た。
スキーはやはり滑降だね。
黒い稲妻やコルチナダンペッツオという言葉が懐かしい。


「名前と人間」(田中克彦)を続けて読む。
ことばというものについて、いろんな古今東西の事例や学説をひきながら、考えさせてくれる「頭の体操」だ。
話が佳境に入ると「これについて深入りはせずに」と前に進むのが、ちょっとじれったいが、そういう語り口につられて、「「差別語」からはいる言語学入門」からこの本や、ソシュールにたどり着いているのだから、稔の多い本だとおもう。
人間がことばをつかうのは、意味を伝える、意味のはたらきをもちいて、情報を伝えるためである。
その際、まずモノの名―単語があって、文法はあとからついてくる。
それなのに、言語学は文法とオトに熱中して、意味にかかわる問題は哲学や論理学にまかせてきた。
言語研究にたずさわる人たちが、言語を一種の自然物として、つまり、より非社会的に、非人間的に、さらに言えば、人間が自分の意志で変えようとしても変えられないものとしての言語を研究する方に関心を寄せてきたのだ。
そして、その一例として、ソシュールが確立した「記号の恣意性」という概念を、オノマスチカの側は最も基本的は問題としてとりあげ、検討しなければならない、という。
「記号の恣意性」とは、「能記(オト)」と「所記(概念)」との関係の恣意性、無縁性のこと。
「ウマ」というオトと、その概念(実用的には「馬」という実物)との関係は、必然(自然)ではなく、無縁だ。
だから馬は、トルコ語では「アト」、フランス語では「シュヴァル」、イタリア語では「カヴァロ」などという。
この指摘を、田中は、
そう言いつつ、しかし、ソシュールのいうことが金科玉条ではなく、やってみればことばは変えられるというのだ。
おさきまっくら、、こんなに日本人は変わってしまったのか。
暗澹たる思いで選挙報道を見るのをやめて、コルチナダンペッツオの大滑降を見た。
スキーはやはり滑降だね。
黒い稲妻やコルチナダンペッツオという言葉が懐かしい。

きのうは、マンションの臨時総会があった。
管理業務を委託している会社から、管理費の大幅値上げを要求されて、半年以上議論交渉を続けてきたが、いよいよなんらかの対応をしなければならなくなった。
我家は毎月15000円程度の値上げが避けられそうもない。
このマンションを売ってどこか地方の安い小さなマンションに引っ越すにしても、ここに引っ越してきた時の、あの苦労を想うと、それこそ死んだ方がマシだ。
高市の勝利で、おかみはますます年寄りに冷酷に当たってくることは間違いない、長生きしすぎたなあ。

一夜明けて眩しいような青空、バンザイバンザイというバカ面を見るのをやめてモツアルトを聴く。
いっそ、ここまでくると清々しいような気もする。
考えてみれば、新党中道がそこそこ善戦しても、それで日本の貧困が救われるという希望もないのだ。
バカ面の面々がどれだけのことをやるのか、やる気があるのか、手ぐすねひいて待つしかないな。
気をとりなおして、朝のルーテイン家事をする。
それはよかったが、洗った洗濯物をひっくりかえして、カミさんに叱られたのが、ちいと悲しかった。
管理業務を委託している会社から、管理費の大幅値上げを要求されて、半年以上議論交渉を続けてきたが、いよいよなんらかの対応をしなければならなくなった。
我家は毎月15000円程度の値上げが避けられそうもない。
このマンションを売ってどこか地方の安い小さなマンションに引っ越すにしても、ここに引っ越してきた時の、あの苦労を想うと、それこそ死んだ方がマシだ。
高市の勝利で、おかみはますます年寄りに冷酷に当たってくることは間違いない、長生きしすぎたなあ。

一夜明けて眩しいような青空、バンザイバンザイというバカ面を見るのをやめてモツアルトを聴く。
いっそ、ここまでくると清々しいような気もする。
考えてみれば、新党中道がそこそこ善戦しても、それで日本の貧困が救われるという希望もないのだ。
バカ面の面々がどれだけのことをやるのか、やる気があるのか、手ぐすねひいて待つしかないな。
気をとりなおして、朝のルーテイン家事をする。
それはよかったが、洗った洗濯物をひっくりかえして、カミさんに叱られたのが、ちいと悲しかった。

「名前と人間」(田中克彦)を続けて読む。
ことばというものについて、いろんな古今東西の事例や学説をひきながら、考えさせてくれる「頭の体操」だ。
話が佳境に入ると「これについて深入りはせずに」と前に進むのが、ちょっとじれったいが、そういう語り口につられて、「「差別語」からはいる言語学入門」からこの本や、ソシュールにたどり着いているのだから、稔の多い本だとおもう。
人間がことばをつかうのは、意味を伝える、意味のはたらきをもちいて、情報を伝えるためである。
その際、まずモノの名―単語があって、文法はあとからついてくる。
それなのに、言語学は文法とオトに熱中して、意味にかかわる問題は哲学や論理学にまかせてきた。
言語研究にたずさわる人たちが、言語を一種の自然物として、つまり、より非社会的に、非人間的に、さらに言えば、人間が自分の意志で変えようとしても変えられないものとしての言語を研究する方に関心を寄せてきたのだ。
言語学が、その純粋な体系性を保つ上で、厄介なじゃまものである固有名詞をひとまとめにして、オノマスチカ(名前学)という箱の中にほうり込んでしまえば、オノマスチカの方も、言語学の一般理論に気がねなく、自由闊達にふるまうことができる。しかし、こうした、縄張りを設けての内政不干渉は、近代の学問をますます細かく分断し、学問を官僚化するのに役立つものでしかない。そこから結果するものは、ことばという対象を、研究の都合のためにゆがめることであり、ことばと人間という、最も重要な関係を見えなくさせることである。田中は、言語学とオノマスチカの双方が、たがいの主張を深刻に受けとめることが言語への理解を深めるために必要だとする。
そして、その一例として、ソシュールが確立した「記号の恣意性」という概念を、オノマスチカの側は最も基本的は問題としてとりあげ、検討しなければならない、という。
「記号の恣意性」とは、「能記(オト)」と「所記(概念)」との関係の恣意性、無縁性のこと。
「ウマ」というオトと、その概念(実用的には「馬」という実物)との関係は、必然(自然)ではなく、無縁だ。
だから馬は、トルコ語では「アト」、フランス語では「シュヴァル」、イタリア語では「カヴァロ」などという。
この指摘を、田中は、
実に大切な指摘であって、何度噛みしめて味わっても足りないほどの内容がある。ことば、要するに、モノの名前を言語ごとにどういうふうに呼んでもいいということになっているという、この原理はまた、なぜ世界のことばが一つになれないかを説明している。そして、同時にこの同じ原理から、
ことばは個人(ときには社会)の恣意(わがまま、意志)では変えられないという結果が出てくる。とし、それが、一つのことばを共有する人たちの、共通の利害に結ばれた運命共同体をつくり、それが民族と呼ばれ、時には国家を所有したりして、その国家は自分の国語をすばらしいものと(国民に)教え込む必要があり、教え込まれた方もそう云う気になり、国語をほめる習慣が確立し、それが文化の重要な一部ともなる、という。
そう言いつつ、しかし、ソシュールのいうことが金科玉条ではなく、やってみればことばは変えられるというのだ。
こんな国民になったのはいろいろな要素があるんでしょうけど
教育の劣化も大きい気がします
少子化なうえ、ろくな政治教育のもしていないのに、
18歳に選挙権を引き下げたのも、自民党の策略だったのか?とさえ思えてきます
「高市さんいいと思います~政策はよくわかりませんが~」とTVで言ったタレントみたいな子が
ほとんどなんじゃないかしら
教育の劣化も大きい気がします
少子化なうえ、ろくな政治教育のもしていないのに、
18歳に選挙権を引き下げたのも、自民党の策略だったのか?とさえ思えてきます
「高市さんいいと思います~政策はよくわかりませんが~」とTVで言ったタレントみたいな子が
ほとんどなんじゃないかしら
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建党以来の大勝と…。私もまっくらな気持ちですが、大多数の人がこれを望んているということなのだ、と噛み締めています。つまり、今、困ってない人、が沢山なのだろうか…。
> tsunojirushiさん、困っているのに、野党が頼りにならないから、自民党を壊しそうな高市を支持する、そんな人も多かったのではないかとおもいます。
横からコメント失礼します
>今、困ってない人、が沢山なのだろうか…
これで思い出したのですが、知り合いの40代女性がこう言ってました
「私たちは物心ついたころからずっと自民党政治でずっと下り坂を経験してきているので
高市さんなら変えてくれるんじゃないか?と最初思った」と
その後高市発言などを見て、この人はダメだと気付いたそうですが
つまりずっと下り坂なので今更特に困ったとは思っていないのかも
>今、困ってない人、が沢山なのだろうか…
これで思い出したのですが、知り合いの40代女性がこう言ってました
「私たちは物心ついたころからずっと自民党政治でずっと下り坂を経験してきているので
高市さんなら変えてくれるんじゃないか?と最初思った」と
その後高市発言などを見て、この人はダメだと気付いたそうですが
つまりずっと下り坂なので今更特に困ったとは思っていないのかも
> baobab20_z21さん、もう言い訳はきかないぞ、誰のせいでもない、お前のせいだぞ!つてね。
> maya653さん、それはまさにユデガエルですね。すでに下半身不随になつているかも。
余寒お見舞い申し上げます。
家事、お疲れ様です。多大敗の理由は立憲が公明党と組んだ事でしょう。
これで、旧統一協会との関係、裏金、企業献金、議員削減、全てが消えました。間違いなく、大増税が待っています。
家事、お疲れ様です。多大敗の理由は立憲が公明党と組んだ事でしょう。
これで、旧統一協会との関係、裏金、企業献金、議員削減、全てが消えました。間違いなく、大増税が待っています。
「長生きしすぎてしまった」はMさんも最近よく言います。
こちらでは応援していた候補者が当選して、それは良かったと思えるのですが、世の中全体を見渡すと心配なことばかりでMさんは元気がありませんし、政治に疎い私も不安です。
こちらでは応援していた候補者が当選して、それは良かったと思えるのですが、世の中全体を見渡すと心配なことばかりでMさんは元気がありませんし、政治に疎い私も不安です。
私も予想されたとは言え、これほどまでとはと力が抜け、家人はサッサと就寝し、しめしめと、韓流ドラマに逃げ込みました(*^^)v
しっかりと見極めないといけないですね。
しわ寄せは、高齢者を含めた弱者に向かいそう。
しっかりと見極めないといけないですね。
しわ寄せは、高齢者を含めた弱者に向かいそう。
> open-mind1109さん、長生きしすぎたと思いつつ、ストレッチはやりました。
半身不随で生きながらえたくないのです。
一生懸命生きてきたつもりですが、長生き自体が許されない社会になってしまいました。
半身不随で生きながらえたくないのです。
一生懸命生きてきたつもりですが、長生き自体が許されない社会になってしまいました。
自分は世間の感覚とだいぶズレていたんだな~と実感しましたが、そんな、世間とズレている自分を誇りに思っています!
私も自分が変わっているのかしら?この日本には合わないのかしらと自問自答してしまいました。
なんだか居心地悪く、言葉も習慣も違う異国に住んでいるようです。
開票の夜は早々と食事を済ませ、お風呂に入りテレビの前に座りました。
家人には、あまり期待すると後で悲しくなるかもよ‥と言われましたが、その時はまさかと
希望を持っていました。今はまたすっかり地底の奥深く落とされて、かすかに覗く青空を恋しく眺めています。
なんだか居心地悪く、言葉も習慣も違う異国に住んでいるようです。
開票の夜は早々と食事を済ませ、お風呂に入りテレビの前に座りました。
家人には、あまり期待すると後で悲しくなるかもよ‥と言われましたが、その時はまさかと
希望を持っていました。今はまたすっかり地底の奥深く落とされて、かすかに覗く青空を恋しく眺めています。
by saheizi-inokori
| 2026-02-09 10:42
| 今週の1冊、又は2・3冊
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