無駄にしたくなかった話
2026年 01月 28日
けさもじゅんちゃん、しつこいと言われても、高市政権のとんでもない危険性を少しでも多くの人に知っていただきたいのです。
高市政権の無能さが凝縮された話。



散歩を始めた頃はぎらぎら輝く夕日に邪魔されて撮れなかった富士が、終える頃にはくっきりと浮かび上がった。
スマホを構えていると、「きれいですね」と声をかけていく男がいた。
いぜんもこの場所で、同じことをいうお婆さんがいた。

水村美苗の最近作、冒頭の「無駄にしたくなかった話」のみ書下ろし、あとは既発表のエッセイ、講演、インタビュー、追悼記事などもろもろの短い文章が載っていて、水村フアンにとってはちょっとした玉手箱。
開けなくても、僕はすでにお爺さんだけれど。
「無駄にしたくなかった話」は、フランスのバスク地方、ビアリッツという高級リゾートのそばのヴィラに夫の岩井教授と10日間滞在したときの紀行文だ。
イーアンなるフランス在住のアメリカ人(小説「大使とその妻」に彼らしい人物が登場する)が、自分の取り巻きを費用は参加者持ちで「招待」する。
その「取り巻き」の誘いに岩井氏が乗り気になったので、重い腰をあげて出発する。
集まったのは、日本からの三人のほかの四人は、いずれも大金持ち(マスクのようなスーパーリッチではないものの)の美術品などのコレクター。
その四人からみたら「貧しい」という水村夫妻も、僕からみたらかなりの金持ちではあるが。
紹介されると、ネットでその人の財産などを調べたり、就寝前の日本人だけの集まりで、人物月旦をしたり、美苗さんの好奇心(とくに大金持ちの生活と意見にたいする)の強さが、この作品の魅力でもある。
好奇心、興味、いずれも人間に対する愛情でもあるのだが。
夫の岩井、いや自分自身をも含めた7人の言動、そこからみえる人間像がいきいきと描かれる。
美術館や骨董店、名だたるレストラン、、どこに行っても、彼らは堂々と時間をたっぷりつかい、相手のことなど気にするふうもない。
あたかも彼らのまわりに大きなスペースができるかのようだ。
香水「JOY」で有名なジャン・パトウの別荘を訪れて、パトウの甥に遇せられ、アラン・ドロンなどの弁護士だったピエール・エべの山荘では、美術品や骨董家具などの多さに「こんなごちゃごちゃした家には住みたくないな」と考えもする。
三軒目に行ったのは、老朽化したアパートの五階、その主はバスク博物館館長の同性愛の恋人、帝政ロシアからの亡命貴族の孫で高校の歴史の教師をしている。
家中絵画で飾られ、ラヴェルやストラヴィンスキーに関する本も出し、乱読家の常で至るところにいろんな大きさや厚さの本が積み重ねられている。
それぞれカバーの違う「カラマゾフの兄弟」が三冊もある。
生徒たちに教えるのにどの翻訳がいいか検討しているのだ。
心のこもった紅茶のもてなしのあと、部屋のグランドピアノでラヴェルを弾き、アンコールにこたえてバッハも。
ホップ・ステップ・ジャンプで、さいごに訪れた家が、もっとも貧しく(比較の上で)、もっとも宗教的、知的、芸術的な心地よさにあふれている。
旅に出る前に、書庫の片づけをしていて、美苗は、亡くなった父が単身で沖縄の米軍基地で通訳をしていたころに書いた母あての手紙を読んで、その頃の父がいかに貧しく、子供たちを文化的な空気のなかで育ててやりたいと願っていたかを知る。
その頃の自分の「鈍」な顔の写真もみる。
そのことによって喚起された様々な思いが作中の通奏低音となっている。
帰国してから、アメリカに住む親友(虚栄心があるがゆえに、おなじ虚栄心に満ちた女を揶揄する術を知っている)に旅の思い出を、ズームでかたる。
catty(猫のように)、女二人で、男の耳には聞き苦しいことを、こっそりとマリア(旅で一緒だった、美苗が好きでもあり優越感も持ったブランド品・キラキラ女)のことをからかおうと。
いっしょに笑っていた彼女が、もし自分が一緒に行っていたら、とちゅうで爆発しただろうという。
どうしてそんなに贅沢な日々を毎日続けて平気なのか、世の不公平に怒りで爆発する、と。
彼らは(節税のためでなく)、すべて寄付してしまうべきだとも。
美苗は、必ずしも友だちの怒りに同情しない、危うく喧嘩別れになりそう。
(父のおかげで)英語ができるゆえに可能だった旅のことを日本語で書くのは後ろめたい。
日本では「細雪」などの例外を別として、「貧」の文学で、「富」「贅」のことを書いてもまともな文学にならないのではないか。
そんな思いがあって、旅行記を書くのをためらっていた。
刻一刻体力も脳力も衰えていっているときに、あの一か月ほどを無駄にしてしまうのか、と淋しく思っていた。
それでも、アメリカの友だちとの仲直りののち、ようやく無駄にしたくない話を日本語で書こうと思う。
「エドウィン・マクレランの追悼文」、日本人を母として日本に生まれながら戦争のせいで日本を追い出され、父の国英国にも住めず、故郷の言葉日本語を、故郷を裏切ることに利用することを強制され、しかしその日本語を内なる故郷とした日本文学研究者。
その孤独を,MOMENT JOONのそれと重ねながら読んだ。
「センチメンタル・ジャーニー」、千歳船橋が出てくる、「母の遺産」だったかな。




高市政権の無能さが凝縮された話。



散歩を始めた頃はぎらぎら輝く夕日に邪魔されて撮れなかった富士が、終える頃にはくっきりと浮かび上がった。
スマホを構えていると、「きれいですね」と声をかけていく男がいた。
いぜんもこの場所で、同じことをいうお婆さんがいた。

水村美苗の最近作、冒頭の「無駄にしたくなかった話」のみ書下ろし、あとは既発表のエッセイ、講演、インタビュー、追悼記事などもろもろの短い文章が載っていて、水村フアンにとってはちょっとした玉手箱。
開けなくても、僕はすでにお爺さんだけれど。
「無駄にしたくなかった話」は、フランスのバスク地方、ビアリッツという高級リゾートのそばのヴィラに夫の岩井教授と10日間滞在したときの紀行文だ。
イーアンなるフランス在住のアメリカ人(小説「大使とその妻」に彼らしい人物が登場する)が、自分の取り巻きを費用は参加者持ちで「招待」する。
その「取り巻き」の誘いに岩井氏が乗り気になったので、重い腰をあげて出発する。
集まったのは、日本からの三人のほかの四人は、いずれも大金持ち(マスクのようなスーパーリッチではないものの)の美術品などのコレクター。
その四人からみたら「貧しい」という水村夫妻も、僕からみたらかなりの金持ちではあるが。
紹介されると、ネットでその人の財産などを調べたり、就寝前の日本人だけの集まりで、人物月旦をしたり、美苗さんの好奇心(とくに大金持ちの生活と意見にたいする)の強さが、この作品の魅力でもある。
好奇心、興味、いずれも人間に対する愛情でもあるのだが。
夫の岩井、いや自分自身をも含めた7人の言動、そこからみえる人間像がいきいきと描かれる。
美術館や骨董店、名だたるレストラン、、どこに行っても、彼らは堂々と時間をたっぷりつかい、相手のことなど気にするふうもない。
あたかも彼らのまわりに大きなスペースができるかのようだ。
香水「JOY」で有名なジャン・パトウの別荘を訪れて、パトウの甥に遇せられ、アラン・ドロンなどの弁護士だったピエール・エべの山荘では、美術品や骨董家具などの多さに「こんなごちゃごちゃした家には住みたくないな」と考えもする。
三軒目に行ったのは、老朽化したアパートの五階、その主はバスク博物館館長の同性愛の恋人、帝政ロシアからの亡命貴族の孫で高校の歴史の教師をしている。
家中絵画で飾られ、ラヴェルやストラヴィンスキーに関する本も出し、乱読家の常で至るところにいろんな大きさや厚さの本が積み重ねられている。
それぞれカバーの違う「カラマゾフの兄弟」が三冊もある。
生徒たちに教えるのにどの翻訳がいいか検討しているのだ。
心のこもった紅茶のもてなしのあと、部屋のグランドピアノでラヴェルを弾き、アンコールにこたえてバッハも。
ホップ・ステップ・ジャンプで、さいごに訪れた家が、もっとも貧しく(比較の上で)、もっとも宗教的、知的、芸術的な心地よさにあふれている。
旅に出る前に、書庫の片づけをしていて、美苗は、亡くなった父が単身で沖縄の米軍基地で通訳をしていたころに書いた母あての手紙を読んで、その頃の父がいかに貧しく、子供たちを文化的な空気のなかで育ててやりたいと願っていたかを知る。
その頃の自分の「鈍」な顔の写真もみる。
そのことによって喚起された様々な思いが作中の通奏低音となっている。
帰国してから、アメリカに住む親友(虚栄心があるがゆえに、おなじ虚栄心に満ちた女を揶揄する術を知っている)に旅の思い出を、ズームでかたる。
catty(猫のように)、女二人で、男の耳には聞き苦しいことを、こっそりとマリア(旅で一緒だった、美苗が好きでもあり優越感も持ったブランド品・キラキラ女)のことをからかおうと。
いっしょに笑っていた彼女が、もし自分が一緒に行っていたら、とちゅうで爆発しただろうという。
どうしてそんなに贅沢な日々を毎日続けて平気なのか、世の不公平に怒りで爆発する、と。
彼らは(節税のためでなく)、すべて寄付してしまうべきだとも。
美苗は、必ずしも友だちの怒りに同情しない、危うく喧嘩別れになりそう。
(父のおかげで)英語ができるゆえに可能だった旅のことを日本語で書くのは後ろめたい。
日本では「細雪」などの例外を別として、「貧」の文学で、「富」「贅」のことを書いてもまともな文学にならないのではないか。
そんな思いがあって、旅行記を書くのをためらっていた。
刻一刻体力も脳力も衰えていっているときに、あの一か月ほどを無駄にしてしまうのか、と淋しく思っていた。
それでも、アメリカの友だちとの仲直りののち、ようやく無駄にしたくない話を日本語で書こうと思う。
そもそも文學―というほどのものではないが、こうしてものを読んだり書いたりすること、さらには、歳を重ねていくということは、知らずして刷りこまれた条件反射的な物の見方を少しづつ修正していく機会を与えられるということではないだろうか。
「エドウィン・マクレランの追悼文」、日本人を母として日本に生まれながら戦争のせいで日本を追い出され、父の国英国にも住めず、故郷の言葉日本語を、故郷を裏切ることに利用することを強制され、しかしその日本語を内なる故郷とした日本文学研究者。
その孤独を,MOMENT JOONのそれと重ねながら読んだ。
「センチメンタル・ジャーニー」、千歳船橋が出てくる、「母の遺産」だったかな。

私もこの時間鎌倉から富士山を見てました。風がなく良い日でしたね♪
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> rinrin1345さん、こちらにいらっしゃったのですね。暖かでしょう。
by saheizi-inokori
| 2026-01-28 11:45
| 今週の1冊、又は2・3冊
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Comments(2)