木村資生を知っていますか
2026年 01月 18日
立憲民主党と公明党がいっしょになって新党を創るのは、自然なこと、好いことだが、そのために違憲の安保法制と原発新増設・再稼働を認めるなら、それは立憲民主党の立党の精神を否定するものであり(大衆とともに生きる平和の党の公明党だって本来は)、そんな新党と自民党の闘いはアホみたいなものだ。
でもダメとダメの闘いであっても、有権者は棄権することなく、より大きなダメ=自民党を負かすために一票を投じるべきだ。
そんなことを菅野完が云っている。
憂鬱だけれど、そんなことだと僕も思う。
(汚い下品な言葉が頻出するので、それがお嫌いなお上品な方はご注意遊ばせ)
きのうも大掃除のあと、午後は都立大学にパンを買いに行き、いつものカフエで「『偶然』はどのようにあなたをつくるのか」(ブライアン・クラース)を読んだ。

(八雲氷川神社)

(八雲金蔵院)
木村は集団遺伝学において分子中立説を唱える。
遺伝子の変異は、適者生存だけでなく、何の理窟も理由もなく、ランダムで無意味で、たまたま幸運に恵まれたものも残っていくと。
すなわち、小さな変動を「ノイズ」として退けることによって不確実性を回避する「合理的選択理論」の通説に異を唱え、思いがけずランダムに起こる小さな変動は人々が考えているよりも重要だ、と主張したのだ。
木村の発見は、現代の通説になる。
木村の話にはオチがある。
彼は1944年、京都帝大に進む。
原爆投下のときの、アメリカ陸軍長官が、かつて京都に遊び、魅せられて、強硬にトルーマン大統領に直訴して、京都に予定されていた投下目標を広島に変更させるということが、なかったら、木村は世界の学者に影響を与えることも出来なかったのだ。
そして、広島で原爆で殺されなかったら、その後世界に対して、とてつもなく大きな貢献をすることになった人もいたかもしれないのでもある。






でもダメとダメの闘いであっても、有権者は棄権することなく、より大きなダメ=自民党を負かすために一票を投じるべきだ。
そんなことを菅野完が云っている。
憂鬱だけれど、そんなことだと僕も思う。
(汚い下品な言葉が頻出するので、それがお嫌いなお上品な方はご注意遊ばせ)
きのうも大掃除のあと、午後は都立大学にパンを買いに行き、いつものカフエで「『偶然』はどのようにあなたをつくるのか」(ブライアン・クラース)を読んだ。

本書は「なぜ物事は起きるのか?」という難問について、政治学、哲学、経済学、進化生物学、地質学、人類学、物理学、心理学、神経科学、、さまざまな知識が提供するピースを繋ぎ合わせて、新しい全体像を浮かびあがらせる、という方法を取っているらしい。
きのうもいくつかの、いままで知らなかった「ピース」を読むことができた。
木村資生(もとお)という人のこともその一つ。
1924年生まれの木村は、生まれつき好奇心が強かったから、かえって一方的に教え込まれる学校が大嫌いだった。
13歳のときに、ある教師によって、植物学への情熱に目覚めて、一生をそれに捧げようと誓う。
ところが、その2年後、木村一家はもろともに食中毒になって、弟が死に、木村自身も自宅にこもって静養する。
植物を調べることができなかったので、数学や遺伝や染色体について本を読んだ。
そうするうちに、進化生物学が彼の情熱の対象に変る。
きのうもいくつかの、いままで知らなかった「ピース」を読むことができた。
木村資生(もとお)という人のこともその一つ。
1924年生まれの木村は、生まれつき好奇心が強かったから、かえって一方的に教え込まれる学校が大嫌いだった。
13歳のときに、ある教師によって、植物学への情熱に目覚めて、一生をそれに捧げようと誓う。
ところが、その2年後、木村一家はもろともに食中毒になって、弟が死に、木村自身も自宅にこもって静養する。
植物を調べることができなかったので、数学や遺伝や染色体について本を読んだ。
そうするうちに、進化生物学が彼の情熱の対象に変る。

木村は集団遺伝学において分子中立説を唱える。
遺伝子の変異は、適者生存だけでなく、何の理窟も理由もなく、ランダムで無意味で、たまたま幸運に恵まれたものも残っていくと。
すなわち、小さな変動を「ノイズ」として退けることによって不確実性を回避する「合理的選択理論」の通説に異を唱え、思いがけずランダムに起こる小さな変動は人々が考えているよりも重要だ、と主張したのだ。
木村の発見は、現代の通説になる。
木村の思考は、私たちの世界の複雑さと、その世界における偶然の巡り合わせに関する理解を深める助けとなりうる。ことによると、万事が何か理由があって起こるわけではないかもしれない。そして、物事が絡み合った世界では、ひょっとするとほんの小さな変化が、とんでもなく大きな結果を生み出すことがありうるのかもしれない。
木村の話にはオチがある。
彼は1944年、京都帝大に進む。
原爆投下のときの、アメリカ陸軍長官が、かつて京都に遊び、魅せられて、強硬にトルーマン大統領に直訴して、京都に予定されていた投下目標を広島に変更させるということが、なかったら、木村は世界の学者に影響を与えることも出来なかったのだ。
そして、広島で原爆で殺されなかったら、その後世界に対して、とてつもなく大きな貢献をすることになった人もいたかもしれないのでもある。
現在の醜く混乱している高市政権をあっという間に打ち倒すヒーローもしくはヒロインがいたかもしれないのだ。


菅野さん、昨夜は4時間もしゃべったんですね
私は途中まで聴いて寝ちゃいましたけど、まあ言いたいことは分かりました^^
それにしても下品でエロい言葉遣い多いですよね~私は平気だけど(笑)
LIVE配信ではなくアーカイブで飛ばしながら聴いてもいいですね
私は途中まで聴いて寝ちゃいましたけど、まあ言いたいことは分かりました^^
それにしても下品でエロい言葉遣い多いですよね~私は平気だけど(笑)
LIVE配信ではなくアーカイブで飛ばしながら聴いてもいいですね
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> stefanlilyさん、そのことは以前から知っていたのですが、大統領に二度にわたって直訴したことや、小倉から飛来した爆撃機がわずかな瞬間、視界が開けたことが、永井博士など多くの人の運命を変えたことは本書で知りました。
by saheizi-inokori
| 2026-01-18 10:20
| 今週の1冊、又は2・3冊
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Comments(4)