居残り会補遺
2025年 12月 11日
きのうの記事に居残り会忘年会のことを書いたら、幸兵衛さんからのコメントで、ご自身が演じた落語「百川」は、「寝床」で始めて途中でいつの間にか「百川」に変わるという、ヒネリがあつたことついてご注意があつた。

そこには俳句だけでなく、「昭和の名人 志ん生・文楽との日々」という、矢野が死の一年ほど前に「大衆文学研究会神奈川支部」というところで話した講演の記録も載っているのだ。
そのなかに、八代目桂文楽は「同じ話はいついかなる時でも同じに演じる。まさに楷書の藝」であるのに対して、五代目古今亭志ん生は、天衣無縫、融通無碍、自由闊達で、はなしが途中で別のはなしになったりすることはしょっちゅうある、と書いている。
それを読んで気がついたのは、居残り会で幸兵衛さんが、「寝床」を話しはじめて途中から「百川」に移ったのは、あれは志ん生の真似だったのかもしれないということ。
昨日の記事にも書いたように、セリフは黒門町、すなわち文楽のセリフを使い、やり方は志ん生のオマージュであったとは、端倪すべからざる幸兵衛さんだった。

(九品仏で)
改めて、関内の夜が「人生でベスト10の夜」だったなあ、と思いつつ、スポティファイで、Daylistというアルゴリズムが勝手に僕向けに編集したカテゴリをつけてたら、最初に「ミスター・ロンリー」がかかったのには驚いた。
なにがって、あの夜、幸兵衛さんとヨッシーが、この曲をバックに城達也のナレーションの真似もしたのだもの。

1956年生まれ、アフリカ系アメリカ人作家、南カリフオルニア大学卓越教授による、ハチャメチャに面白く、かつ重たい小説読了。
途中まで「ハックルベリー・フィンの冒険」をなぞっているが、時代設定は「ハック、、」を数十年後にずらし、ジェイムズとハックの旅のとちゅうで南北戦争が起きる。
そうそう、それは僕も気づいていたのに、大事なところを書き落としていたのだった。

あの晩のことで、ことし亡くなった矢野誠一の話が出たと書いたが、それは矢野誠一が落語好きにとっては先達ともいうべき、この道の具眼の人であり、彼が落語について書いた軽妙洒脱な本はみんなが愛読していたからであるが、メンバーの一人・Mさんが矢野と面識もあったこと、「矢野誠一さんを偲ぶ会」で発行した「徳三郎九十句」(徳三郎は矢野の俳号)という小冊子をお持ちいただいて、みんなに一冊づつプレゼントしてくださったからでもある。


そこには俳句だけでなく、「昭和の名人 志ん生・文楽との日々」という、矢野が死の一年ほど前に「大衆文学研究会神奈川支部」というところで話した講演の記録も載っているのだ。
そのなかに、八代目桂文楽は「同じ話はいついかなる時でも同じに演じる。まさに楷書の藝」であるのに対して、五代目古今亭志ん生は、天衣無縫、融通無碍、自由闊達で、はなしが途中で別のはなしになったりすることはしょっちゅうある、と書いている。
それを読んで気がついたのは、居残り会で幸兵衛さんが、「寝床」を話しはじめて途中から「百川」に移ったのは、あれは志ん生の真似だったのかもしれないということ。
昨日の記事にも書いたように、セリフは黒門町、すなわち文楽のセリフを使い、やり方は志ん生のオマージュであったとは、端倪すべからざる幸兵衛さんだった。

改めて、関内の夜が「人生でベスト10の夜」だったなあ、と思いつつ、スポティファイで、Daylistというアルゴリズムが勝手に僕向けに編集したカテゴリをつけてたら、最初に「ミスター・ロンリー」がかかったのには驚いた。
なにがって、あの夜、幸兵衛さんとヨッシーが、この曲をバックに城達也のナレーションの真似もしたのだもの。
知らぬ犬近づいてくる初冬かな徳三郎九十句のなかからです。

1956年生まれ、アフリカ系アメリカ人作家、南カリフオルニア大学卓越教授による、ハチャメチャに面白く、かつ重たい小説読了。
途中まで「ハックルベリー・フィンの冒険」をなぞっているが、時代設定は「ハック、、」を数十年後にずらし、ジェイムズとハックの旅のとちゅうで南北戦争が起きる。
主人公の逃亡奴隷、ジェイムズの南北戦争観。
2024年のピューリッツァー賞と2025年の全米図書賞。
ジェイムズが見る夢にはヴォルテールやルソーが登場する。
夢の中で彼らと会話を交わすのだが、
タカイチ的な人には通じない皮肉だろう。




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私は奴隷制に対する北の態度について考えた。奴隷制を終わらせようとする気持ちのうちどれだけが、自分の抱いている罪悪感と苦痛を鎮めたいという白人の欲望から来ているのだろうか?さすがに見ていられなくなったのか?奴隷制を許す社会に生きることはキリスト教的感性を逆なでするのか?戦争の原因がなんであれ、奴隷を自由にするというのは付随的な理由付けであり、結果として奴隷が解放されてもぞれは付随的なことにすぎないと私は知っていた。
2024年のピューリッツァー賞と2025年の全米図書賞。
ジェイムズが見る夢にはヴォルテールやルソーが登場する。
夢の中で彼らと会話を交わすのだが、
(、、、)さらに嫌なのは、奴隷制、人種、さらには白人中心主義についてヴォルテール、ルソー、ロックらと空想的だが不毛な会話をすることだった。対等な立場にある人間が自分の平等権を主張しなければならないとは、なんて奇妙な世界なのだろう?なんて奇妙な存在なのか?その主張を広めるためにまず、対等な立場に立たせてもらわなければならないし、主張に同意しない人からの反論にもいちいち答えなければならないとは。晦渋なユーモア、とでもいうのだろうか。
タカイチ的な人には通じない皮肉だろう。

いえいえ、「寝床」で文楽の真似はしたかもしれませんが、「百川」の方は志ん朝を意識していました。
「さらし五反と生玉子20個」で二つの噺をつないで五分落語にしたのですが、決して、志ん生を意識したわけではありません、偶然です(^^)
他に、二つの噺で五分落語ができないか考えたのですが、なかなか難しいです。
「さらし五反と生玉子20個」で二つの噺をつないで五分落語にしたのですが、決して、志ん生を意識したわけではありません、偶然です(^^)
他に、二つの噺で五分落語ができないか考えたのですが、なかなか難しいです。
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> kogotokoubeiさん、いやいや、蓄積された落語の粋が無意識に発露したのかもしれませんよ、いよいよもって、、^^。
佐平次さんに補遺を書いていただいたので、それに応じる(?)ため、この「なんちゃって落語」の記事を書きました。
ご笑覧のほどを(^^)
ご笑覧のほどを(^^)
> kogotokoubeiさん、了解!こういうことがブログの醍醐味ですね。
by saheizi-inokori
| 2025-12-11 16:09
| 今週の1冊、又は2・3冊
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Comments(4)