「屍衣にポケットはない」(ホレス・マッコイ)

パーシブァル・エブェレットの「ジェイムズ」という小説を読み始めた。
マーク・トゥエインの「ハックルベリーフィンの冒険」から引き継がれる人物が主な登場人物だ。
ミスワトソンに所有される黒人奴隷ジム(ジェイムズ)が主人公。
ほんとうは白人たちよりもはるかに深い教養と知性の持ち主だけど、白人たちの前では、わざわざ無知を装うことを家族に教えている。
白人たちが満足できることこそが、奴隷の安全なのだ。
愛する家族と切り離されて売られそうになって逃亡する。

「屍衣にポケットはない」(ホレス・マッコイ)_e0016828_20454417.jpg

晩酌をしながら、録画しておいたテレビで、BLMの運動のために、アメリカ大陸2000キロを歩き続けた若者のドキュメントをみた。
アメリカ南部にまだ「ジェイムズ」に描かれる黒人差別の意識が生きていること、クー・クラックス・クランの共鳴者が堂々とそのことを隠さないでいることを見た。

「屍衣にポケットはない」(ホレス・マッコイ)_e0016828_18171147.jpg

おととい読み終えた、猫額洞さんのブログで教えてもらった本。
アメリカの作家なのに、1937年にロンドンで出版されたのは、アメリカには買い手がつかなかったから。
その後、1945年にフランスのガリマール社が、アメリカ型の犯罪小説を集めたミステリー叢書を発刊した時に、最初に刊行された四冊は、ピーター・チェイニーの「この男危険につき」と他一冊、ジェイムズ・ハドリー・チェイスの「ミス・ブランディッシの蘭」と本書だった。
僕はそのうちの三冊読んだことになる(たぶん)。

「屍衣にポケットはない」(ホレス・マッコイ)_e0016828_20593647.jpg
(もう。いいよー)

とうじのフランスで、本書はプロレタリア文学、あるいは実存主義文学の作品として熱狂的な支持を受けたと、解説の杉江松恋が書いている。
ほ~、そういえば、とは思うけれど、そんな作品とはいささか違う。

主人公ドーランは、地方新聞の記者だったが、地元社会の不正を告発する記事を書いても書いても、没にされて一念発起、自ら週刊誌を創刊して、おもうさま社会のスキャンダルを記事にしていく。
とうぜんのことながら、それを許せない権力からの攻撃・圧力がなされる。
正義感が強く、非道・不正に猛烈な(制御しがたい)怒りを抱く。
その一方で、女たちにもてることもてること!
しかも良心のある男たちにも好かれている。
そういう連中から、借りられるだけの金を借りまくる才能もある。

ちょっと、劇画を読むようなスピーデイでハードボイルドな、しかし、どこかギクシャクとしたような文章が不思議な魅力をもつ。
なにか書かれている以上の世界観を感じるのだ。
とくにラストシーンは、鮮烈にして秀逸、強い印象を残す。

「屍衣にポケットはない」(ホレス・マッコイ)_e0016828_21025930.jpg

ドーランが戦う相手にクルセーダーズが登場する。
クー・クラックス・クランの現代版だ。
現代の日本人が読んでも、まったく時代遅れとは思えない小説。
他の作品も読んでみよう。

PVアクセスランキング にほんブログ村にほんブログ村 本ブログへにほんブログ村 本ブログ 読書備忘録へにほんブログ村 シニア日記ブログへにほんブログ村 シニア日記ブログ 80歳代へ<<

名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by saheizi-inokori | 2025-12-08 10:29 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(0)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori