住み馴れる
2025年 11月 11日
きのうの午後は、すっかり甘えん坊になったサンチを見守りながらずっと本を読んだ。
すぐ眠くなるのだろうが、そばにいてやらないと寝られないらしく、ク~ンク~ンとなく。
ほっとくと、次第に大声になって、遠吠えのように首をあげてなく。
隣りに坐ってやると、がむしゃらに膝によじ登ってくるのだ。

夕方遅くなって散歩に出ると、もう暗い。
園芸高校の木が黒く見える脇を歩くと、クマの出るところの人たちはさぞかし怖いだろうと思う。
お墓のある石和にもクマが出たという。
農家や子供のいるお宅では心配の多いことだろう。と書いたら、メールが届いて、あれはジョークだってさ。
せっかく心配したってのに。

まいあさのルーテイン家事はパジャマのままでやるのだが、そろそろそれでは寒くなってきた。
けさは粗大ゴミを出すために外に出るので、上に重ねてズボンと上着を着て、でも裸足に下駄をつっかけて出た。
そのあと、洗面所とトイレの掃除をしたあと、パジャマだけになって風呂で、きのう漬け置きしておいた下着上下を揉み洗いして、こんどは着ているパジャマを脱いで素っ裸になって、そのパジャマを揉み洗いして漬け置きする。
その素っ裸が、さすがに寒くなってきた。
シャワーを浴びるとほっとする。

メルロ=ポンティの知覚の現象学。
自転車や自動車を運転する、煙草の火をつける、こういった仕事は、いちど覚えると「からだで知っている」「からだで憶えている」。
「それ自体は主題とならずにそのつどの主題的な行為とともに非主題的になされるもろもろの行為」は、いうなれば身体的に習慣化し、身体に住みついている。
住み馴れた家の間取りや家具の配置なども「からだで憶えている」から、家具を動かしたりすると動作にとまどうことがある。
このことを哲学者は「実践的な意味の糸をまわりに張り巡らし、物のうえに意味を直接に読み取っている」、そのために、われわれの身のまわりは、いつもある馴れ親しまれた表情をもってあらわれていることになる、といい、その表情をつうじての対象や周囲世界の知覚を「相貌的知覚」と呼ぶ。
哲学の本を読むということは、このようなまどろこっしくて分かりにくい言葉の世界に馴れるということでもあるようだ。
少しでも馴れると、なぜそういう難解な言い方をしなければならなかったかが、すこ~~し、わかってくる。
メルロ=ポンティの相貌的知覚の定義。
「世界に身を挺した主体」としての身体的実存は、上下、左右、前後、高低というような「方位づけられた空間」を、内に含んでいる。
やっぱり、な・ん・か・い。

(八百屋のあとにできた子どもクリニック)
異色のニューヨーク市長が誕生した。
はたしてこの閉塞状況を打ち破ることができるだろうか。
期待してるぞ!
すぐ眠くなるのだろうが、そばにいてやらないと寝られないらしく、ク~ンク~ンとなく。
ほっとくと、次第に大声になって、遠吠えのように首をあげてなく。
隣りに坐ってやると、がむしゃらに膝によじ登ってくるのだ。

夕方遅くなって散歩に出ると、もう暗い。
園芸高校の木が黒く見える脇を歩くと、クマの出るところの人たちはさぞかし怖いだろうと思う。
お墓のある石和にもクマが出たという。
農家や子供のいるお宅では心配の多いことだろう。
せっかく心配したってのに。

まいあさのルーテイン家事はパジャマのままでやるのだが、そろそろそれでは寒くなってきた。
けさは粗大ゴミを出すために外に出るので、上に重ねてズボンと上着を着て、でも裸足に下駄をつっかけて出た。
そのあと、洗面所とトイレの掃除をしたあと、パジャマだけになって風呂で、きのう漬け置きしておいた下着上下を揉み洗いして、こんどは着ているパジャマを脱いで素っ裸になって、そのパジャマを揉み洗いして漬け置きする。
その素っ裸が、さすがに寒くなってきた。
シャワーを浴びるとほっとする。

メルロ=ポンティの知覚の現象学。
自転車や自動車を運転する、煙草の火をつける、こういった仕事は、いちど覚えると「からだで知っている」「からだで憶えている」。
「それ自体は主題とならずにそのつどの主題的な行為とともに非主題的になされるもろもろの行為」は、いうなれば身体的に習慣化し、身体に住みついている。
住み馴れた家の間取りや家具の配置なども「からだで憶えている」から、家具を動かしたりすると動作にとまどうことがある。
このことを哲学者は「実践的な意味の糸をまわりに張り巡らし、物のうえに意味を直接に読み取っている」、そのために、われわれの身のまわりは、いつもある馴れ親しまれた表情をもってあらわれていることになる、といい、その表情をつうじての対象や周囲世界の知覚を「相貌的知覚」と呼ぶ。
哲学の本を読むということは、このようなまどろこっしくて分かりにくい言葉の世界に馴れるということでもあるようだ。
少しでも馴れると、なぜそういう難解な言い方をしなければならなかったかが、すこ~~し、わかってくる。
メルロ=ポンティの相貌的知覚の定義。
正常者にあっては、知覚をつうじて対象のなかに浸透し、対象の構造をおのれのうちに同化するということが起こる(”馴れ”のことだろう・僕)。われわれの身体的実存が、いつも周囲世界と「含みあい」の関係を生きている。
かれの身体をつうじて、対象が直接的に(わざわざ考えなくとも・僕)かれの運動を規制する、主体と対象とのこうした対話、つまり、主体が対象のなかに散乱した意味を捉えなおし、逆に対象のほうが主体の意図を捉えなおすこうした交互作用
「世界に身を挺した主体」としての身体的実存は、上下、左右、前後、高低というような「方位づけられた空間」を、内に含んでいる。
やっぱり、な・ん・か・い。

異色のニューヨーク市長が誕生した。
はたしてこの閉塞状況を打ち破ることができるだろうか。
期待してるぞ!
saheijiさん こんばんは。
いつもいつも難しい本ばかり読んでいらっしゃる。
私は抽象画が苦手なのと同じで、抽象的な表現は、とても苦手です。
具体的な表現でなくては、頭の中で画像が結べないのです。
抽象的な絵や文学が理解できる人を、いつも羨ましいと思っています。
なので、ミロやピカソは全く分かりません。
今月末、夫とツインズがゴッホ展へ行きます。
私は留守番。
具象と抽象、私の頭の中では交わることがないんだろうなぁ。
いつもいつも難しい本ばかり読んでいらっしゃる。
私は抽象画が苦手なのと同じで、抽象的な表現は、とても苦手です。
具体的な表現でなくては、頭の中で画像が結べないのです。
抽象的な絵や文学が理解できる人を、いつも羨ましいと思っています。
なので、ミロやピカソは全く分かりません。
今月末、夫とツインズがゴッホ展へ行きます。
私は留守番。
具象と抽象、私の頭の中では交わることがないんだろうなぁ。
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相貌的という日本語が難しすぎると思います。元の言葉が知りたいです。この現象を私は勝手に運動記憶と呼んでます。頭はボケたけど、手足が勝手に動いてくれるのはありがたいです。
佐平治さんの家近辺では熊やその他の野生動物は出没出ないのでしょうか?
鳥は別としてですが。
鳥は別としてですが。
by saheizi-inokori
| 2025-11-11 11:06
| 今週の1冊、又は2・3冊
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