ゴッホの真実
2025年 11月 04日
素晴らしい青空、なのに、だるい。
身体というより心が。
いつもなら、歯を磨きながら爪先立ちをしていると、さあっと頭の霧が晴れていくのに、そうならずどんよりしたままだ。
ゴミ出し、便器磨き、手洗い洗濯、、そういったことが、イヤだとちょっとでも思うと、どんどん嫌悪感が増してくる。
なんでこんなことをしなきゃいけねえんだ、って。
大きく深呼吸をする。
背伸びもする。
いつもどおりのストレッチをする。
とちゅうでやってきたサンチをあやしてやる。
ようやく青空がみえてくる。

「ゴッホの耳―天才画家最大の謎―」(バーナデット・マーフイー)読了。
僕が子どもの頃に教わった、ゴッホが自分の耳を切り取ったのは、自画像の耳がうまく描けないのに苛立ってのこと、というのは嘘だったようだ。
美術史の教師ではあっても、ゴッホの絵をきちんと見たこともなかった一介の女性教師が、一念発起して、130年前のアルルの住民1万5千人以上のデータベースや消え去った街の地図を作って、さまざまな資料とデータベースを突き合わせながら真実を追求していく。

世間に流布する、だらしのないアル中、精神異常、好色というゴッホのイメージは、アーヴィング・ストーンの「炎の人ゴッホ」という、フイクションに近い小説と、それをカークダグラスの主演で映画化されたものによる伝説であって、真実ではない。
ゴッホがアルルの町民の多くの署名請願によって、精神病院におくりこまれたというのも、事実とはかけ離れている。
現存する請願書の、(町民の多くどころか)たった30名の署名について、そのなかの誰がゴッホを「黄色の家」から追い出すことによって利益を得る立場にあったかを突き止めていく。
ゴッホが耳を切ったのは、耳の一部か、全部なのか、諸説あるなかで、医師のスケッチを掘り出して、全部であると断定する。
切った片耳を、娼婦に届けたという通説を、その「娼婦」をつきとめて、生存する孫や曾孫に会って、その実像を明らかにする。
本の最初のほうで、ゴッホが心底利他的であり、窮地にいる友人を自分の手で助け出さなければ気がすまなかった、という趣旨のことが書かれていたのが、最後まで読んで得心がいった。

19世紀末期のフランス、プロヴァンス地方の人々の風俗、とくに病院の実態など、映画を見るよりも鮮明に描かれている。
28人の患者に対し、階段のところに便器が一つのトイレ(トルコ式)があるだけ、風呂は月に二回、一年間の入院患者1万5510人に対し、400人しか入浴できなかった。
こういった記述に出遭うたびに、僕は亡妻の最期の、人間を相手にするのではなく病気を「叩く」ことを優先した病院を思いだす。
経済的な負担を心配したのかもしれないが、「一人でいるのはイヤ」と、あの優しいけれど芯の強い人が言い張って入った四人部屋に行くと、いつも悪臭がして、彼女は動けない患者のベッドの下にあるオマルをもってトイレに棄てに行くのだった。
見込みのない患者がいくら痛がっても、おざなりな疼痛管理しかしてくれなかった。
必死になって探したホスピスに、強引に頼み込んで、そちらに移ってようやく少しは人間らしく死を迎えることができたのだ。
あれを思えば、僕が毎日のルーテイン家事ごときを「イヤだ」などと言ったら罰があたるな。
あのときの亡妻より、もっと悲惨な状況にあったゴッホは、しかし、絵筆を放さない。
少しでも元気があるときはカンヴァスに向かい、つぎつぎに傑作をものすのだ。
つくづくゴッホという天才の、優しさとともに、驚嘆すべき靭さを感じることができた。
山田美明 訳
早川書房




<<
身体というより心が。
いつもなら、歯を磨きながら爪先立ちをしていると、さあっと頭の霧が晴れていくのに、そうならずどんよりしたままだ。
ゴミ出し、便器磨き、手洗い洗濯、、そういったことが、イヤだとちょっとでも思うと、どんどん嫌悪感が増してくる。
なんでこんなことをしなきゃいけねえんだ、って。
大きく深呼吸をする。
背伸びもする。
いつもどおりのストレッチをする。
とちゅうでやってきたサンチをあやしてやる。
ようやく青空がみえてくる。

「ゴッホの耳―天才画家最大の謎―」(バーナデット・マーフイー)読了。
僕が子どもの頃に教わった、ゴッホが自分の耳を切り取ったのは、自画像の耳がうまく描けないのに苛立ってのこと、というのは嘘だったようだ。
美術史の教師ではあっても、ゴッホの絵をきちんと見たこともなかった一介の女性教師が、一念発起して、130年前のアルルの住民1万5千人以上のデータベースや消え去った街の地図を作って、さまざまな資料とデータベースを突き合わせながら真実を追求していく。

世間に流布する、だらしのないアル中、精神異常、好色というゴッホのイメージは、アーヴィング・ストーンの「炎の人ゴッホ」という、フイクションに近い小説と、それをカークダグラスの主演で映画化されたものによる伝説であって、真実ではない。
ゴッホがアルルの町民の多くの署名請願によって、精神病院におくりこまれたというのも、事実とはかけ離れている。
現存する請願書の、(町民の多くどころか)たった30名の署名について、そのなかの誰がゴッホを「黄色の家」から追い出すことによって利益を得る立場にあったかを突き止めていく。
ゴッホが耳を切ったのは、耳の一部か、全部なのか、諸説あるなかで、医師のスケッチを掘り出して、全部であると断定する。
切った片耳を、娼婦に届けたという通説を、その「娼婦」をつきとめて、生存する孫や曾孫に会って、その実像を明らかにする。
本の最初のほうで、ゴッホが心底利他的であり、窮地にいる友人を自分の手で助け出さなければ気がすまなかった、という趣旨のことが書かれていたのが、最後まで読んで得心がいった。

19世紀末期のフランス、プロヴァンス地方の人々の風俗、とくに病院の実態など、映画を見るよりも鮮明に描かれている。
28人の患者に対し、階段のところに便器が一つのトイレ(トルコ式)があるだけ、風呂は月に二回、一年間の入院患者1万5510人に対し、400人しか入浴できなかった。
こういった記述に出遭うたびに、僕は亡妻の最期の、人間を相手にするのではなく病気を「叩く」ことを優先した病院を思いだす。
経済的な負担を心配したのかもしれないが、「一人でいるのはイヤ」と、あの優しいけれど芯の強い人が言い張って入った四人部屋に行くと、いつも悪臭がして、彼女は動けない患者のベッドの下にあるオマルをもってトイレに棄てに行くのだった。
見込みのない患者がいくら痛がっても、おざなりな疼痛管理しかしてくれなかった。
必死になって探したホスピスに、強引に頼み込んで、そちらに移ってようやく少しは人間らしく死を迎えることができたのだ。
あれを思えば、僕が毎日のルーテイン家事ごときを「イヤだ」などと言ったら罰があたるな。
あのときの亡妻より、もっと悲惨な状況にあったゴッホは、しかし、絵筆を放さない。
少しでも元気があるときはカンヴァスに向かい、つぎつぎに傑作をものすのだ。
つくづくゴッホという天才の、優しさとともに、驚嘆すべき靭さを感じることができた。
山田美明 訳
早川書房

あら、珍しい。
どなたのコメントも入っていない。
若くして亡くなったゴッホの真実が、あまり知られてないせいかもしれませんね。
著者によれば、ゴッホは精神異常者ではなくて、「てんかん」の持ち主だった
可能性もあると言います。家系をたどると、どうも精神的な問題を抱えた一族だった
ようにも思えますが。
天才と呼ばれるほどの画家で、それがどれほど誤解を生みやすい気質の持ち主であったか、
本当のことを知るのは難しいことですね。
ゴッホが亡くなると、弟のテオも後を追うように亡くなります。テオの夫人のヨーが
ゴッホの作品と共に様々な資料を、手元に置いて、ゴッホのパトロンのような仕事を
してくれたせいで、ようやくゴッホの苦悩に満ちた画家としての真の姿が現れたのですね。
ただそれは、なかなか理解しがたい複雑な気質のゴッホの人生ではありました。
どなたのコメントも入っていない。
若くして亡くなったゴッホの真実が、あまり知られてないせいかもしれませんね。
著者によれば、ゴッホは精神異常者ではなくて、「てんかん」の持ち主だった
可能性もあると言います。家系をたどると、どうも精神的な問題を抱えた一族だった
ようにも思えますが。
天才と呼ばれるほどの画家で、それがどれほど誤解を生みやすい気質の持ち主であったか、
本当のことを知るのは難しいことですね。
ゴッホが亡くなると、弟のテオも後を追うように亡くなります。テオの夫人のヨーが
ゴッホの作品と共に様々な資料を、手元に置いて、ゴッホのパトロンのような仕事を
してくれたせいで、ようやくゴッホの苦悩に満ちた画家としての真の姿が現れたのですね。
ただそれは、なかなか理解しがたい複雑な気質のゴッホの人生ではありました。
1
> unjakuさん、淋しく思っていたところでした^^。
おもしろい本を教えてくださってありがとう。
きのうは録画でゴッホの絵の真贋調査のドキュメンタリーを見ました。
もう一回ゴッホ展に行こうかな。
おもしろい本を教えてくださってありがとう。
きのうは録画でゴッホの絵の真贋調査のドキュメンタリーを見ました。
もう一回ゴッホ展に行こうかな。
>落語
浅草・昼の部に参りました。
菊志ん 「風呂敷」実に見事。情景が目に浮かぶようでした。
「寄席は浅草が一番、上野はホールみたいだし、席亭が「芸のある人しか出さない」と気位が高い。池袋は客入りが悪く、客席に白骨死体・・・新宿は古めかしい構えでロケによく使われるけど、実は防火法違反。」なんて、マクラで話していました。
浅草・昼の部に参りました。
菊志ん 「風呂敷」実に見事。情景が目に浮かぶようでした。
「寄席は浅草が一番、上野はホールみたいだし、席亭が「芸のある人しか出さない」と気位が高い。池袋は客入りが悪く、客席に白骨死体・・・新宿は古めかしい構えでロケによく使われるけど、実は防火法違反。」なんて、マクラで話していました。
> 福さん、なんて言いながら、こんどは上野では「ここが最高、芸の分かる人がおいでになる」とか池袋では「通の中の通が集まる寄席」などというのでしょうね^^。
わあ、読んで見たくなりました。
ゴッホ最後の手紙という油絵アニメーションが生まれたのも、ゴッホの描き方故に感じますし、ファンも多いから、今から見ると、不遇なのが不思議です。
そういえば、SOMPOビルのひまわりを、ベルリンのユダヤ系銀行家が、ナチスに取られたものだから返せと言って来ているってニュースを見たけど、どうなったかな。と思い出しました。
ゴッホ最後の手紙という油絵アニメーションが生まれたのも、ゴッホの描き方故に感じますし、ファンも多いから、今から見ると、不遇なのが不思議です。
そういえば、SOMPOビルのひまわりを、ベルリンのユダヤ系銀行家が、ナチスに取られたものだから返せと言って来ているってニュースを見たけど、どうなったかな。と思い出しました。
by saheizi-inokori
| 2025-11-04 10:29
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
Trackback
|
Comments(8)