絶望の精神史

昨日の昼はウドン、蕎麦、ラーメン、、いろいろあっても何かを作って食い、片付ける気になれなくて、図書館で予約した本を受取がてら、町で外食しようとした。
あてにしていた角のラーメン屋が休みなので、カフエに入る。
2時過ぎ、カレーだと晩飯に触るかな、じゃあ、何にしよう。

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こんなにして外でお金を出して、フライドポテトを食ったのは初めてかもしれない。
なにかの添え物についてくることはあったかもしれないが。
あ、そうか、この間の居残り会の銀座ライオンで食ったな。

酒のつまみで、誰かが注文したものを食うのと違って、昼飯代わりに、それのみを注文するなんて、なんだか堕落したような気がする。
指先をアルコールで消毒して、つまんでみると、熱くてほかほか、安っぽい油の味がうまいじゃないか。
でもいくらなんでも、この一盛をぜんぶ平らげるのはよくない、間違いだ、半分くらいは残そう、そう思いながら、一本、一本、止まらない。
こういうところが背徳の味なのだ。
蒸かして塩辛をつけて食うなら、もっと食っても、ぜんぜんこういう背徳感はしない。

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図書館で借りたのは「金子光晴全集 第十二巻」だ。
その冒頭に収められている「絶望の精神史」を読みたい。
猫額洞さんのブログで教えられたのだ。

日本人のもっている、つじつまの合わない言動の源を知りたい。
表面は、恬淡として無欲な日本人、無神論者の日本人。だが、その反面、ものにこだわり、頑固でうらみがましく、他人を口やかましく非難したり、人の世話を焼くのが好きなのも日本人である。
それらの性格が、どんなふうにもつれ、どんなふうに食いちがってきたかをながめ、そこから僕なりの日本人観を引き出してみたい。
そこで、金子の人生で同伴してくれた身辺の人たちを、記憶から引き出してみたら、彼らはそれぞれ、その背に、その肩に、近代日本の絶望を背負っていることを知った。
金子自身をふくめて、彼らひねくれ者や、あくたれの口から話をきいて、彼らをそうさせねばおかなかった時代時代の強制力について知ろう。

学者や評論家の書くものとちがって、詩人の書く文章は、味わいが深い。
今日の日本人のなかにも、まだ残っている、あきらめの早い、あなたまかせの性質や、「長いものには巻かれろ」という考えからくる、看板の塗替えの早さ、さらには、節操を口にしながら、実利的で、口と心のうらはらなところなどは、江戸から東京への変革のあいだを生き抜けてきた人びとの、絶望の根深さから体得した智慧の深さと言っていいものだろうか。

人をみな豚に化す魔女ともいうべき「国民皆兵」のまえで、日本の若者たちの恐怖を救う味方は、「忘却」しかなかった。

身近からばかり人をとらえてくるのでは、読者に親しみがないかもしれないが、『ハムレット』の墓掘りの場のように、無縁になったしゃれこうべをシャベルで掘り出しながら、僕は、永遠に埋もれたはずの絶望や苦渋のしみを、もう一度、天日にさらして楽しむつもりだ。
なんてね。
金子が暁星中学で学んだ漢文の教師・野間三径の一筆書きの人生など、一編の詩を読むようだ。

「ひげの時代の悲劇 明治の父と子の相剋」という章に、明治も三十年代になると、ひげが社会の上位の人の飾りだけではなく、しだいにくず屋さんや日雇い人足でも、りっぱなひげをもつようになった、と書いてあったので、僕はchatGTPに「明治中頃に一般人も髭をはやすようになったことと、最近の日本人が普通の人でも刺青をするようになったことと、通じるものはありますか」などと尋ねて、しばし楽しんだ。
髭なら剃っちゃえばなくなるけれど、刺青は簡単には消えないのに、あんな宇宙人へのメッセージみたいな模様を彫り込んでしまって、彼や彼女の人生に影響は出ないのか、と常々心配しているのだ。

本を読みながら、いつの間にかフライドポテトをきれいに食い尽くしてしまった。
絶望との相性がいいのだろう。

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昨夜は、珍しくアナゴ弁当がスーパーにあったので、ためしに買ってみたら、悪くなかった。
甘みが勝って、アナゴ特有の風味には欠けたが、なんしろ698円だから、ね。

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Commented by stanislowski at 2025-09-14 19:48
フライドポテトも日本を越えれば日常の献立です。お昼ご飯、晩ご飯にケチャップやマヨネーズや様々なソースをたっぷりつけて。ベルギーはフライドポテトの発祥の地ですし、家族団らんに「食べに行くかー!」って。特に週末はフライドポテトのお店は行列ができています。私もこれから食べに行きます。
揚げ物こってりは頭を麻痺させるから、今日の私には必要。
そして、刺青でなく「タトゥー」と言って、軽い絵や信条などは罪悪感もなく簡単に身体に入れられるのかも。
自分を律する境界線を越えてしまえばもう御終い。
絶望的な私....
Commented by ymomen at 2025-09-15 01:48
背徳の味、なるほど、ですが、本を読みながらだと、油染みが浮きませんか?
読書しながら食べるのが好きですが、サラダを食べていたらドレッシングが跳ねることもあるし、汁物も心配なので、柿の種、ドライローストの木の実、スルメイカがいいと思います。
息子が携帯を読みながら、観ながら食事していて、やっぱりときどき画面が汚れるようで、拭き取っているのは本よりも始末がいいと妙なところで感心しました 笑

こっちでもふつうのひとが刺青をいれていて、教師にもいて、わたしには違和感があります。
友人がこどもの刺青には反対したけど、臍のピアスには折れたというのは、ピアスは飽きれば見えないし穴も塞がるから、というのに納得しました。
こんな彫り物して後悔するんじゃない、というの、よく見ます。
恐い印象のひとが、首に”不景気”と縦に刺青を入れているのを見て、ちっとも怖くなくなりました。
Commented by shisouan at 2025-09-15 11:24
東京の田舎の街の道路ってやはり、狭いんですね。
Commented by saheizi-inokori at 2025-09-15 11:58
> stanislowskiさん、ベルギーでしたか、私はアメリカだと思っていました。
これはポテトチップスかな。
chatGTPによれば、明治中頃の髭の流行と今の刺青は権力に対する反抗という意味が通底するそうです。
真似をする(髭)と解放される(刺青)と方向はちがうものの。
Commented by saheizi-inokori at 2025-09-15 12:01
> ymomenさん、指をテイッシュで拭きふきです^^。
ユーモラスな刺青もありますね、でもあれこそ年を取ってから削りたくなるんじゃないかな。
Commented by saheizi-inokori at 2025-09-15 12:03
> shisouanさん、東京の田舎?最後の写真のことですか。
そう田舎でもないし、狭くもないと思っていましたが。
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by saheizi-inokori | 2025-09-14 11:58 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori