田園調布で
2025年 08月 19日
いつもより空いている病院の待合室、黒い上下に白いマスクの若い女性が、心配そうに座っていた。
どうか大したことでないように、と祈る。

「先生、北見にはいらっしゃらなかったのですか」「ええ、お金がないんだそうです。私をよぶと飛行機代がかかるから」、医師不足、とくに循環器内科の医師がなり手がいない、と嘆く。
「中学生のなりたい職業が公務員、ユーチューバー、スポーツ選手だ、っていってましたね」「今の医学部生のほうが偏差値は高いというのに」、人のためにもてる才能を活かしたい、そんな気持ちは古臭いのだろうか。

三本杉まで歩いて、バスで田園調布に行く。
駅前の短い商店街を歩く。
二三、昼飯にいいような店を見つけた。
コンビニでトイレを借りたあと、店内を涼みがてら見る。

ウイスキーの値段をまじまじと眺めて、若い頃に高峯の花だったスコッチが角瓶より安いのをみて、しみじみする。
あの頃、スコッチを飲むと「やはりうめえな、スコッチは」と云ったのは何だったのか。

歩行車保護義務違反の取り締まりをしているパトカー。
僕が神奈川県警で交通指導取り締まりの仕事をする頃、この違反を重点をおいて取り締まることを始めたのだった。

まだ10時、駅に戻って駅ビルの熊沢書店へ。
文藝春秋の「戦後80年の懐かしいとワクワク」という特集の、原田ひ香「丸の内旧国鉄ビル」を立ち読みする。
彼女は、1994年、あそこ(今の丸の内オアゾ)にあった日本国有鉄道清算事業団に就職して、総務部総務課秘書室に配属され、新館6階の役員室に勤務したという。
僕はその一階上の7階にあった職員局で国労動労とくんずほぐれつをしたし、その前は旧館5階の東京北鉄道管理局の総務部人事課にも勤務したから、懐かしく読めた。
建物も懐かしいけれど、来客がないと秘書室では大相撲のテレビ中継を見ていたみたいな、”民間的空気”がJRに移った、その残りのような旧国鉄の、ある種のんびりした、オヤジ的雰囲気をとどめる事業団の職場風景がもっと懐かしい。
同期の友人のなかにもJRに移らず事業団で仕事をした人がいて、きっと彼は原田さんを知っているはずだ。
はずだけれど、その彼が話ができない病気で入院しているのだ、と思ってハッとする。

芥川賞に落選した作品や、歴代の受賞者が最も愛する受賞作品などの記事も載っていて、よほど買いたかったが、待てよ、もっと欲しくなる本があるかもしれない、と下におく。
以前から気になっていた「緊縮資本主義」を手にして、およそ5分くらい、あとがきとかあちこちを読んで、3740円の値段を考えては迷う。
取りあえず、今読んでいる本、この間買ったばかりの本を読み終えてから、そのときにまだ読みたいかどうか、考えようと決める。
武田百合子の「ことばの食卓」の冒頭の「枇杷」を読んで、これはもう買うことにする(680円)。
文藝春秋は、そういうわけで古池や、かわず。

かれこれ11時、腹も北山(朝、早かった)なので、商店街に取って返して、ネパール料理の店に入る。
カレーのつもりだったのに、チキンビリヤニセット(サラダ、ライタ、ソフトドリンク 1390円)が食いたくなる。
本代をけちって食いもんで贅沢する、シダラがない夏の老人だ。
おお!と言いたくなるほどの大盛、食っても食ってもなくならない。
少し残したのは、まずかったわけでなく、ぜんぶ食うほどうまくもなかったということ。
うちの近所に、渋谷で知られたロゴスキーというロシア料理のレストラン(支店?)があって、そこには二度くらいしか行かないうちに閉店してしまい、そのあとに出来た店で、初めてビリヤニを知った。
ウマイと思ったのに、やはりそれほど行かないうちにその店もやめてしまった。
どこがどうとは言えるほど、ビリヤニに通じていないけれど、あのビリヤニとはずいぶん違う。
インド、パキスタン、ネパール、、各地に広がる家庭料理だろうから、日本のカレーがそうであるように、いろんな料理の仕方があるのだろう。

(旧田園調布駅)
腹がくちくなったので、ふたたび商店街を上がって、駅の向こう側のカフエ「ペリカン」で、デカフエを飲みながら『日本の思想』精読」(宮村治雄)を読んだ。
第6章「近代日本の思想と文学」(二)―「開かれた知的共同体」の条件―
第7章「日本の思想」(一)―「伝統」の多義性と「開国」への新たな視点―
第8章「日本の思想」(二)―「開国」と「日本近代」―
終わりに―「伝統」への戦略的視座
あとがき

すべて読了。
一つひとつの言葉の意味を、そのつどきちんと理解しながら、句読点一つにも気を配って文意を探り続ける。
あれ?分からなくなると、後戻りして、ぼんやりと読み過ごした一行の意味の重さを知る。
腐りかけた糠味噌状態の脳が、かきまわされて、少し生気を取り戻したような気になった。

スマホから、アマゾンに「日本の思想」の中古を発注する。
送料込みで500円ほどで、値段のつけられないような精神の宝物が手に入るのだ。

盆休み明けのせいか、空いているカフエの居心地が、とても良いので、「ことばの食卓」(武田百合子)の「枇杷」を、もういちど、ゆっくりゆっくり読んで、泰淳が枇杷を食う様子の精妙な描写にこめられた追憶の情感を味わう。
三時過ぎ、まだ暑さの真っ盛りに、エアコンの利いたバスで帰宅。
車中でも「ことばの食卓」の「牛乳」「続 牛乳」「キャラメル」を読む。
子どもの頃のこと、その細部をよく覚えているなあ、と感嘆。
僕なんか今朝のことだって、こんなに微細なところを書けやしない。
それは記憶力ではなくて、観る目、感じる心がないからなのだ。

(蟠桃)




どうか大したことでないように、と祈る。

「先生、北見にはいらっしゃらなかったのですか」「ええ、お金がないんだそうです。私をよぶと飛行機代がかかるから」、医師不足、とくに循環器内科の医師がなり手がいない、と嘆く。
「中学生のなりたい職業が公務員、ユーチューバー、スポーツ選手だ、っていってましたね」「今の医学部生のほうが偏差値は高いというのに」、人のためにもてる才能を活かしたい、そんな気持ちは古臭いのだろうか。

三本杉まで歩いて、バスで田園調布に行く。
駅前の短い商店街を歩く。
二三、昼飯にいいような店を見つけた。
コンビニでトイレを借りたあと、店内を涼みがてら見る。

ウイスキーの値段をまじまじと眺めて、若い頃に高峯の花だったスコッチが角瓶より安いのをみて、しみじみする。
あの頃、スコッチを飲むと「やはりうめえな、スコッチは」と云ったのは何だったのか。

歩行車保護義務違反の取り締まりをしているパトカー。
僕が神奈川県警で交通指導取り締まりの仕事をする頃、この違反を重点をおいて取り締まることを始めたのだった。

まだ10時、駅に戻って駅ビルの熊沢書店へ。
文藝春秋の「戦後80年の懐かしいとワクワク」という特集の、原田ひ香「丸の内旧国鉄ビル」を立ち読みする。
彼女は、1994年、あそこ(今の丸の内オアゾ)にあった日本国有鉄道清算事業団に就職して、総務部総務課秘書室に配属され、新館6階の役員室に勤務したという。
僕はその一階上の7階にあった職員局で国労動労とくんずほぐれつをしたし、その前は旧館5階の東京北鉄道管理局の総務部人事課にも勤務したから、懐かしく読めた。
建物も懐かしいけれど、来客がないと秘書室では大相撲のテレビ中継を見ていたみたいな、”民間的空気”がJRに移った、その残りのような旧国鉄の、ある種のんびりした、オヤジ的雰囲気をとどめる事業団の職場風景がもっと懐かしい。
同期の友人のなかにもJRに移らず事業団で仕事をした人がいて、きっと彼は原田さんを知っているはずだ。
はずだけれど、その彼が話ができない病気で入院しているのだ、と思ってハッとする。

芥川賞に落選した作品や、歴代の受賞者が最も愛する受賞作品などの記事も載っていて、よほど買いたかったが、待てよ、もっと欲しくなる本があるかもしれない、と下におく。
以前から気になっていた「緊縮資本主義」を手にして、およそ5分くらい、あとがきとかあちこちを読んで、3740円の値段を考えては迷う。
取りあえず、今読んでいる本、この間買ったばかりの本を読み終えてから、そのときにまだ読みたいかどうか、考えようと決める。
武田百合子の「ことばの食卓」の冒頭の「枇杷」を読んで、これはもう買うことにする(680円)。
文藝春秋は、そういうわけで古池や、かわず。

かれこれ11時、腹も北山(朝、早かった)なので、商店街に取って返して、ネパール料理の店に入る。
カレーのつもりだったのに、チキンビリヤニセット(サラダ、ライタ、ソフトドリンク 1390円)が食いたくなる。
本代をけちって食いもんで贅沢する、シダラがない夏の老人だ。
おお!と言いたくなるほどの大盛、食っても食ってもなくならない。
少し残したのは、まずかったわけでなく、ぜんぶ食うほどうまくもなかったということ。
うちの近所に、渋谷で知られたロゴスキーというロシア料理のレストラン(支店?)があって、そこには二度くらいしか行かないうちに閉店してしまい、そのあとに出来た店で、初めてビリヤニを知った。
ウマイと思ったのに、やはりそれほど行かないうちにその店もやめてしまった。
どこがどうとは言えるほど、ビリヤニに通じていないけれど、あのビリヤニとはずいぶん違う。
インド、パキスタン、ネパール、、各地に広がる家庭料理だろうから、日本のカレーがそうであるように、いろんな料理の仕方があるのだろう。

腹がくちくなったので、ふたたび商店街を上がって、駅の向こう側のカフエ「ペリカン」で、デカフエを飲みながら『日本の思想』精読」(宮村治雄)を読んだ。
第6章「近代日本の思想と文学」(二)―「開かれた知的共同体」の条件―
第7章「日本の思想」(一)―「伝統」の多義性と「開国」への新たな視点―
第8章「日本の思想」(二)―「開国」と「日本近代」―
終わりに―「伝統」への戦略的視座
あとがき

すべて読了。
一つひとつの言葉の意味を、そのつどきちんと理解しながら、句読点一つにも気を配って文意を探り続ける。
あれ?分からなくなると、後戻りして、ぼんやりと読み過ごした一行の意味の重さを知る。
腐りかけた糠味噌状態の脳が、かきまわされて、少し生気を取り戻したような気になった。

スマホから、アマゾンに「日本の思想」の中古を発注する。
送料込みで500円ほどで、値段のつけられないような精神の宝物が手に入るのだ。

盆休み明けのせいか、空いているカフエの居心地が、とても良いので、「ことばの食卓」(武田百合子)の「枇杷」を、もういちど、ゆっくりゆっくり読んで、泰淳が枇杷を食う様子の精妙な描写にこめられた追憶の情感を味わう。
三時過ぎ、まだ暑さの真っ盛りに、エアコンの利いたバスで帰宅。
車中でも「ことばの食卓」の「牛乳」「続 牛乳」「キャラメル」を読む。
子どもの頃のこと、その細部をよく覚えているなあ、と感嘆。
僕なんか今朝のことだって、こんなに微細なところを書けやしない。
それは記憶力ではなくて、観る目、感じる心がないからなのだ。


様々なところを巡られていて凄いです。そして警察のお仕事もされていたのですね。そして食事。僕はビリヤニをどう味わうべきかいつも当惑躊躇し未だ精通できていません。
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渋谷の「ロゴスキー」は何度も行きました。学生時代だけでなく、卒業後に仲間たちと会う時のランチ場所。そして、40代の頃、仕事絡みでロシア人のタマーラさんと言う女性と、東京見物(案内)の3泊4日の旅をしました。彼女は日本は初めてです。「ロゴスキー」に案内したら、料理の出し方が違うとか、作り方が違うから、店の人に伝えて欲しいと言われ、困ったことがあります(笑)もちろん、神田のロシア語の専門店にも行きましたが、これもあまり関心なし。鎌倉より、浅草に行きたいと言われ、ほとほと疲れた記憶があります。でも、その後も連絡を取り合っていたのですが、10年程前から音信不通。何処で生きているかなぁ~。私よりも少し年上のお姉さんでした。息子さんがチェルノブイリ原発事故で被曝したと聞いた時、彼女の深い悲しみを少しは理解したような気がします。ただの昔話ですが(笑)
あの頃の渋谷は良かったなぁ~。落語も行きましたよ。
あの頃の渋谷は良かったなぁ~。落語も行きましたよ。
えー! saheiziさんは私の敵だったんですか?60年近く前で、昔の敵は今日の友?みたいな話ですが。
「歩行車保護義務違反の取り締まり」免許を取って最初に捕まった一番忘れられない交通違反です。
不公平な取り締まりに腹が立って、帰ってから警察に電話してその時の警官に出てもらい、その不公平さに抗議しました。
一応謝られ、これからは公平に勤めますという言葉で終わりになりました。「口先だけ」は分かっていましたが、言いたいことを言えて腹の虫が治まったので。
若くはなくなってからは最初から諦めるようになりました、これが大人の分別というものなんですかね。
「歩行車保護義務違反の取り締まり」免許を取って最初に捕まった一番忘れられない交通違反です。
不公平な取り締まりに腹が立って、帰ってから警察に電話してその時の警官に出てもらい、その不公平さに抗議しました。
一応謝られ、これからは公平に勤めますという言葉で終わりになりました。「口先だけ」は分かっていましたが、言いたいことを言えて腹の虫が治まったので。
若くはなくなってからは最初から諦めるようになりました、これが大人の分別というものなんですかね。
こんにちは。
「ことばの食卓」、食べて、じゃなかった!読んでみたくなりました!
ビリヤニ、「少し残したのは、まずかったわけでなく、ぜんぶ食うほどうまくもなかったと言うこと」
そう言うことでしたか。納得しました!
「ことばの食卓」、食べて、じゃなかった!読んでみたくなりました!
ビリヤニ、「少し残したのは、まずかったわけでなく、ぜんぶ食うほどうまくもなかったと言うこと」
そう言うことでしたか。納得しました!
> Hana3131Hさん、渋谷のロゴスキーには一度行ったのかどうか、はっきりしないなあ。
ボルシチを食ったような気もするけれど。
タマーラさん、会ったこともない人に強い印象を受けました。
百合子さんつながりかな。
渋谷で落語?どこかな、今は大和田ホールで時々やりますが。
ボルシチを食ったような気もするけれど。
タマーラさん、会ったこともない人に強い印象を受けました。
百合子さんつながりかな。
渋谷で落語?どこかな、今は大和田ホールで時々やりますが。
> ebloさん、取り締まりの公平、そうしているつもりでも、取り締まられる側からすると、納得しがたいケースも多いようですね。
謝ったということは、警察が悪かったのでしょう。
「なぜ、俺だけ?」というのが一番多いでしょうね。
謝ったということは、警察が悪かったのでしょう。
「なぜ、俺だけ?」というのが一番多いでしょうね。
『日本の思想』精読」(宮村治雄)のご紹介、丁寧で明解な解説を感謝致します!
自然で魅力的なテンポで、あぁと 胸のつかえが落ちる気が致しました
政治という営みの対極に位置するはずの「文化」や「教養」が
浅薄な「する」論理で掘り崩されているのではないか。。。
車の記事も響きました。我家の周りの緑の丘を古い車が連らなりピクニック・パレードを
するのを見ます 夫も古い車をとても大切にしておりまして、遠出は私めのが出陣することに
= 「日本の思想」の中古を発注する 値段のつけられないような精神の宝物が手に入るのだ=
ここの文章とそのすぐ上の写真にわくわくしました いつかの記事を心待ちにしております
原田ひ香さんは好きな作家。今は、『ランチ酒』読んでます。
なんと、『ことばの食卓』
プライベートミニマムライブラリー^^;の中の一冊です。
と言っても、娘の本棚から借りて返さないまま。
『枇杷』の中の、「タンと舌を鳴らし」という表現が、心に残っています。
明日時間があったら、少し読んでみますね。
娘のは、古本屋でゲットしたもの。
裏表紙に鉛筆でサインがあるのですが、多分前の持ち主。
この本はいつか返さなくちゃいけない本だと思ってるけど、挿画も含めて素晴らしい本。
プライベートミニマムライブラリー^^;の中の一冊です。
と言っても、娘の本棚から借りて返さないまま。
『枇杷』の中の、「タンと舌を鳴らし」という表現が、心に残っています。
明日時間があったら、少し読んでみますね。
娘のは、古本屋でゲットしたもの。
裏表紙に鉛筆でサインがあるのですが、多分前の持ち主。
この本はいつか返さなくちゃいけない本だと思ってるけど、挿画も含めて素晴らしい本。
ネタを二つもお借りしました。無断ですみません。
>旧田園調布駅
「おやじ太鼓」という古いドラマに出てきます。
進藤英太郎が一代で建築会社を築き、豪邸に住まい、家族に威張りちらし、その実大変な人情家だという、いかにも昭和なドラマです。
高円寺のオバ役の小夜福子が来るたびに、「お昼は鰻重でいいわ」と言うのに笑いました。
「おやじ太鼓」という古いドラマに出てきます。
進藤英太郎が一代で建築会社を築き、豪邸に住まい、家族に威張りちらし、その実大変な人情家だという、いかにも昭和なドラマです。
高円寺のオバ役の小夜福子が来るたびに、「お昼は鰻重でいいわ」と言うのに笑いました。
> りんごさん、読むので精一杯で、とても丁寧で明解な解説なぞ、望むべくもないことは本人が一番痛感しております。
それでも、そういって頂くと、ブログを続ける元気が湧いてまいります。
どうもありがとうございました。
それでも、そういって頂くと、ブログを続ける元気が湧いてまいります。
どうもありがとうございました。
> barnes_and_nobleさん、私はたぶん未読、ちょっと読みたくなりました。
> Solar18さん、すてきな文章のきっかけになれて嬉しいです!
by saheizi-inokori
| 2025-08-19 11:54
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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