六角精児になって
2025年 06月 13日
きのうも皮膚科、前回の血液検査の結果は腎臓、クレアチニンが1.23とやや高め(異常)のほかは問題なし。
症状が落ちついているのでブレドニンを5ミリに減らすことにする。

病院の玄関の前にキッチンカーが営業していて、きのうは台湾の変った麺や飯だったので、鶏肉弁当850円を買う。

せせらぎの小径を歩いて、ボランテイァの丹精した花々やコサギ、コイなどをみて、途中のベンチにかけて弁当を開く。

こんなことをするのは久しぶり、ちょっとわくわくするな、六角精児みたいだ^^。
六角精児とは違ってビールではなく水を飲みながら食う。
台湾を思いだしながらも。
なかなかいけた。

帰宅しようとして乗ったバス、気が変わって終点の等々力まで行って、尾山台に向かう。
しばらくこっち方面にご無沙汰だったので、コーヒーのうまいカフエにはいる。

カフエインレス、それだけにしとけばよかったのに、ミルクも注文したものだから、取っ手のない飲みにくいカップで出された上に、ストレートのほうがずっとうまかった。

「となりの史学」を読む。
日本経済の残光が輝きを失いつつあった2010年代に、世界的な研究者の知的ネットワーク、東大出版会の企画力、研究者間の交流を財政的に可能にした各種財団の資金力に支えられて日本で開催された国際会議の成果である本のなかから優れたものをとりあげて、順に読んでいき、そのなかで加藤陽子が注意をひかれたことを、脱線をまじえつつ、簡潔にコメントしていく。
読みようによっては、日本近代史エッセイのような趣もある。

1930年代の日本史を主たる研究フイ―ルドとする、というその言葉に歴史学というものの、凄さや深さを想う。
たった百年足らず前に起きた、ほかでもないここ日本の著名な出来事の意味するところ、世界の各層に与えた影響、背景、裏に隠れていた動きなどを、優秀な学者たちが一生をかけて追求するのだ。
1930年代において、日本とアメリカは自給自足圏を希求していた自己中心的な国、アンチ・システムでありアウタルキーの国であるという点で似ていた。
近衛内閣は、日中戦争を、東アジアの「内乱」とみなしていた。
アメリカも、ドイツの侵略戦争を世界に対する内乱とみなした。
アメリカの中立法などが伝統的な戦争観や中立概念を変容させたのだ。
ソ連を敵とする資本主義国として、日中英米がまとまろうという構想と、ドイツを核として反ヴェルサイユ体制国としての日独中ソが連合する構想の二つがあった。
すべての関係国はこの20年代半ばから40年までの時代、二股をかけていた。
満州事変の勃発を受けて不可侵条約を提起したのはソ連の側だった(ただしソ連がアメリカと国交回復を果し国際連盟に加入が認められ、極東ソ連軍の増強に成功すると、こんどは日本が積極的になる)。
スターリンの個人蔵書にあった、日本に関する三冊のうちの一冊は「日本の脅威」(T・オコンロイ)で、その内容は昭和初年に日本国内の新聞・雑誌に載った「エロ・グロ・ナンセンス」情報を典拠としていたらしい。
日本の僧侶が女色にふける様子が生々しく描写されたページに、スターリンが「日本民族の祖先は「ならず者」や悪党であり、日本人の乱暴な言葉遣いや過激な表現は、日本の革命的過去(明治維新)と低俗文化の所産なのだ」と注記してあったという。
2016年11月に来日したベラルーシのノーベル賞文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチは、インタビューで「現在のロシアでは、プーチンが穏健に見えるくらい、対外強硬論が若者の間で多くみられる。よって、何らかの戦争が今後起こりうるように感じられる」と語っていた。
コーヒーを引くかぐわしい香りを嗅ぎながらいろいろ教えてもらった。

尾山台の市場で、豆アジを買った。
かりかりに揚げてもらって食うのが楽しみだ。
古本屋には買いたい本はなかった。
早めに変えて、洗濯と風呂掃除をした。
症状が落ちついているのでブレドニンを5ミリに減らすことにする。

病院の玄関の前にキッチンカーが営業していて、きのうは台湾の変った麺や飯だったので、鶏肉弁当850円を買う。

せせらぎの小径を歩いて、ボランテイァの丹精した花々やコサギ、コイなどをみて、途中のベンチにかけて弁当を開く。

こんなことをするのは久しぶり、ちょっとわくわくするな、六角精児みたいだ^^。
六角精児とは違ってビールではなく水を飲みながら食う。
台湾を思いだしながらも。
なかなかいけた。

帰宅しようとして乗ったバス、気が変わって終点の等々力まで行って、尾山台に向かう。
しばらくこっち方面にご無沙汰だったので、コーヒーのうまいカフエにはいる。

カフエインレス、それだけにしとけばよかったのに、ミルクも注文したものだから、取っ手のない飲みにくいカップで出された上に、ストレートのほうがずっとうまかった。

「となりの史学」を読む。
日本経済の残光が輝きを失いつつあった2010年代に、世界的な研究者の知的ネットワーク、東大出版会の企画力、研究者間の交流を財政的に可能にした各種財団の資金力に支えられて日本で開催された国際会議の成果である本のなかから優れたものをとりあげて、順に読んでいき、そのなかで加藤陽子が注意をひかれたことを、脱線をまじえつつ、簡潔にコメントしていく。
読みようによっては、日本近代史エッセイのような趣もある。

1930年代の日本史を主たる研究フイ―ルドとする、というその言葉に歴史学というものの、凄さや深さを想う。
たった百年足らず前に起きた、ほかでもないここ日本の著名な出来事の意味するところ、世界の各層に与えた影響、背景、裏に隠れていた動きなどを、優秀な学者たちが一生をかけて追求するのだ。
1930年代において、日本とアメリカは自給自足圏を希求していた自己中心的な国、アンチ・システムでありアウタルキーの国であるという点で似ていた。
近衛内閣は、日中戦争を、東アジアの「内乱」とみなしていた。
アメリカも、ドイツの侵略戦争を世界に対する内乱とみなした。
アメリカの中立法などが伝統的な戦争観や中立概念を変容させたのだ。
ソ連を敵とする資本主義国として、日中英米がまとまろうという構想と、ドイツを核として反ヴェルサイユ体制国としての日独中ソが連合する構想の二つがあった。
すべての関係国はこの20年代半ばから40年までの時代、二股をかけていた。
満州事変の勃発を受けて不可侵条約を提起したのはソ連の側だった(ただしソ連がアメリカと国交回復を果し国際連盟に加入が認められ、極東ソ連軍の増強に成功すると、こんどは日本が積極的になる)。
スターリンの個人蔵書にあった、日本に関する三冊のうちの一冊は「日本の脅威」(T・オコンロイ)で、その内容は昭和初年に日本国内の新聞・雑誌に載った「エロ・グロ・ナンセンス」情報を典拠としていたらしい。
日本の僧侶が女色にふける様子が生々しく描写されたページに、スターリンが「日本民族の祖先は「ならず者」や悪党であり、日本人の乱暴な言葉遣いや過激な表現は、日本の革命的過去(明治維新)と低俗文化の所産なのだ」と注記してあったという。
2016年11月に来日したベラルーシのノーベル賞文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチは、インタビューで「現在のロシアでは、プーチンが穏健に見えるくらい、対外強硬論が若者の間で多くみられる。よって、何らかの戦争が今後起こりうるように感じられる」と語っていた。
コーヒーを引くかぐわしい香りを嗅ぎながらいろいろ教えてもらった。

尾山台の市場で、豆アジを買った。
かりかりに揚げてもらって食うのが楽しみだ。
古本屋には買いたい本はなかった。
早めに変えて、洗濯と風呂掃除をした。
saheiziさんこんにちは。
外で食べるお弁当は美味しいですよね!
私も天気が良いとお弁当を買って、ベンチで食べますよ!
崎陽軒のシウマイ弁当が大好きです。
「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」たまにですが見ます。
外で食べるお弁当は美味しいですよね!
私も天気が良いとお弁当を買って、ベンチで食べますよ!
崎陽軒のシウマイ弁当が大好きです。
「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」たまにですが見ます。
2
今頃コメントで失礼します。
読者さんが多いので…。
六角精児さん、好きです。血液データ悪そうなのに飲み鉄してる時の幸せそうなお姿が(^-^)
ディズニー➕で配信されていた「ガンニバル」というちょっと理解できないバイオレンスホラーで辛い役をしっかり演じていました。俳優さんとしても存在感ありますね。
読者さんが多いので…。
六角精児さん、好きです。血液データ悪そうなのに飲み鉄してる時の幸せそうなお姿が(^-^)
ディズニー➕で配信されていた「ガンニバル」というちょっと理解できないバイオレンスホラーで辛い役をしっかり演じていました。俳優さんとしても存在感ありますね。
> jasmine-booさん、残念ながら彼の出演ドラマも見ないのです。
この番組だけ、それで好きになりました。
近しいものを感じます。
会津只見で一人酒をした蕎麦屋に彼の色紙が貼ってあるのが嬉しかったです。
この番組だけ、それで好きになりました。
近しいものを感じます。
会津只見で一人酒をした蕎麦屋に彼の色紙が貼ってあるのが嬉しかったです。
by saheizi-inokori
| 2025-06-13 12:20
| 今週の1冊、又は2・3冊
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