6月10日に起きたこと
2025年 06月 11日
日大でまた不祥事!そんなニュースが報道された。
たしかによく不祥事が起きるなあ、とは思うが、東大などの卒業生たちも表には出ないけれど、「悪いこと」をしょっちゅうやっているじゃないか、とも思った。
とくに財務省をはじめとする中央官庁のエリート官僚になりながら、公僕としての使命を忘れて己が保身や出世のために間違った政策を遂行したり、やるべきことに目をつぶって不作為の罪を冒したりしているのではなかろうか、と。
エリートたちの悪行は、その国民に悪影響を及ぼすこと、日大の不祥事よりはるかに甚大であるのに、彼らは罰せられることもなく、むしろ栄転して栄耀栄華の暮らしを享受しているかのようにみえる。
そういうエリートたちには天罰がくだることを祈る。

きのうは二子玉川に買い物に行った。
広場の催事でいろんな屋台がでているのを見て歩く。
ここで遇ったが百年目、さあ、どうでも何かを買って帰れ、といわんばかりに、欲しい、買いたい、食べたい欲望を刺激する。

写真をカミさんに送って、買って帰るかを訊ねるが返信がないので、買わず。
でもその先で、長野でとれたプルーンでつくったジャムを一壜買ってしまう。
ビルの中に入っても同じ、あの手この手で買わせようとするデイスプレイ。
なんだか買わなきゃ損するみたいな気になってくる。
僕は、さいしょから6階の書店に行く、と決めて、わき目も(できるだけ)ふらずにエレベーターに乗りこむ。

あったあった、これは図書館にはまだなかったし、書き込みもしながら、早く読みたかった。
ジャムと新刊本を買ったので興奮して、カフエにも入って、さっそく読み始めた。
加藤陽子の書いた「はじめに」にこんな文章を見つけた。
そうそう、その2020年だ、加藤陽子たち6人が日本学術会議の新会員になるのを菅首相が拒否した(違法にも)のだった。
そして昨日、学者や心ある人たちの反対もむなしく、参院内閣委で「日本学術会議を独立法人とする」法案が可決されたのだ。
期待された経済の再興(それにともなう学問の興隆も?)は果たされず、学問の権力による統制への道はちゃくちゃくと整備されている。

本書は、奇跡ともいうべき国際学術交流の精華の一群の本と格闘し、「日本と中国」「日本と英国」「日本とドイツ」といったように二国間関係史として分類した、「世界とその中の日本を広く相互的な視野から捉え」たものだ。
「トナリのシガク」とは、日本近代史を専門とする加藤からすると、隣接領域である、西洋史・東洋史あるいは世界史などの面白さを堪能する、羨望するというコンセプトで始まったという。
「トナリのシバフ」にもかけている由。

帰りのバスに、近所の花屋のおばさんが、ちょっとお澄ましして乗っていた。
降りると、ここ数年お会いしなかった近所のおばさんに出遭った、そのあまりの変りように驚く。
僕もそうなのか。
そのあと、少し近所を散歩していたら、一度もあったことのない居酒屋のマスターが開店準備をしているのを見た。
相次いで遇った三人と僕の間の関係の共通性、そんなものがあるのかなと考えたが、なさそうだ。
しいて言えば、6月10日に半径二百メートルの空間を共有して、本人たちはそれと知らぬ間に僕にみられた、それだけだろうか。
なんかそれ以上のなにかを感じるのだけれど。




たしかによく不祥事が起きるなあ、とは思うが、東大などの卒業生たちも表には出ないけれど、「悪いこと」をしょっちゅうやっているじゃないか、とも思った。
とくに財務省をはじめとする中央官庁のエリート官僚になりながら、公僕としての使命を忘れて己が保身や出世のために間違った政策を遂行したり、やるべきことに目をつぶって不作為の罪を冒したりしているのではなかろうか、と。
エリートたちの悪行は、その国民に悪影響を及ぼすこと、日大の不祥事よりはるかに甚大であるのに、彼らは罰せられることもなく、むしろ栄転して栄耀栄華の暮らしを享受しているかのようにみえる。
そういうエリートたちには天罰がくだることを祈る。

きのうは二子玉川に買い物に行った。
広場の催事でいろんな屋台がでているのを見て歩く。
ここで遇ったが百年目、さあ、どうでも何かを買って帰れ、といわんばかりに、欲しい、買いたい、食べたい欲望を刺激する。

写真をカミさんに送って、買って帰るかを訊ねるが返信がないので、買わず。
でもその先で、長野でとれたプルーンでつくったジャムを一壜買ってしまう。
ビルの中に入っても同じ、あの手この手で買わせようとするデイスプレイ。
なんだか買わなきゃ損するみたいな気になってくる。
僕は、さいしょから6階の書店に行く、と決めて、わき目も(できるだけ)ふらずにエレベーターに乗りこむ。

あったあった、これは図書館にはまだなかったし、書き込みもしながら、早く読みたかった。
ジャムと新刊本を買ったので興奮して、カフエにも入って、さっそく読み始めた。
加藤陽子の書いた「はじめに」にこんな文章を見つけた。
今から思えば、私が「トナリのシガク」(注・東大出版会のPR誌に連載)を書き始めた2012年という年は、世界から日本経済の再興がなお期待されていた時期に相当します。それはつまり、日本の学術界がかつての日本の大きな経済力を正直に反映させ、時間をかけて土を耕し、種を蒔き、培ってきた、その国際交流の学問的成果を一挙に花開かせた時期に当たっていました。2020年くらいまでは、まだ「失われた30年」という言葉が、日本経済の再興を期待する文脈で使われていたのだ。
そうそう、その2020年だ、加藤陽子たち6人が日本学術会議の新会員になるのを菅首相が拒否した(違法にも)のだった。
そして昨日、学者や心ある人たちの反対もむなしく、参院内閣委で「日本学術会議を独立法人とする」法案が可決されたのだ。
期待された経済の再興(それにともなう学問の興隆も?)は果たされず、学問の権力による統制への道はちゃくちゃくと整備されている。

本書は、奇跡ともいうべき国際学術交流の精華の一群の本と格闘し、「日本と中国」「日本と英国」「日本とドイツ」といったように二国間関係史として分類した、「世界とその中の日本を広く相互的な視野から捉え」たものだ。
「トナリのシガク」とは、日本近代史を専門とする加藤からすると、隣接領域である、西洋史・東洋史あるいは世界史などの面白さを堪能する、羨望するというコンセプトで始まったという。
「トナリのシバフ」にもかけている由。

帰りのバスに、近所の花屋のおばさんが、ちょっとお澄ましして乗っていた。
降りると、ここ数年お会いしなかった近所のおばさんに出遭った、そのあまりの変りように驚く。
僕もそうなのか。
そのあと、少し近所を散歩していたら、一度もあったことのない居酒屋のマスターが開店準備をしているのを見た。
相次いで遇った三人と僕の間の関係の共通性、そんなものがあるのかなと考えたが、なさそうだ。
しいて言えば、6月10日に半径二百メートルの空間を共有して、本人たちはそれと知らぬ間に僕にみられた、それだけだろうか。
なんかそれ以上のなにかを感じるのだけれど。

うわー読みたいなぁ、となりの史学。加藤陽子ファンです。
佐平次さん、明日からのブログ特に心待ちにしてますし。
佐平次さん、明日からのブログ特に心待ちにしてますし。
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まあ、ランタナ、今年はこの花を買うのを忘れてました。
こちらでは冬越し出来ないのです。いえ、鉢をうちの中で管理擦ればできるのかもしれませんが
春には再生なりませんでした。
これからでも手に入ったら冬越し挑戦してみたいです。
こちらでは冬越し出来ないのです。いえ、鉢をうちの中で管理擦ればできるのかもしれませんが
春には再生なりませんでした。
これからでも手に入ったら冬越し挑戦してみたいです。
> yoko68さん、とてもとてもご期待には応えられそうもありませんが、なにかは書きましょう^^。
> norakoubouさん、私はランタナを知ったのは10年くらい前で、それまでは知りませんでした。
昔はなかったのか、それとも長野にはなかったのでしょうか。
ランタナという名前を度忘れすることが多かったのですが、最近は直ぐに出てきます。
昔はなかったのか、それとも長野にはなかったのでしょうか。
ランタナという名前を度忘れすることが多かったのですが、最近は直ぐに出てきます。
ご紹介ありがとうございます。
となりの史学 読みます。
となりの史学 読みます。
> ikuohasegawaさん、近代史に興味があるかたにはおもしろいと思います。
by saheizi-inokori
| 2025-06-11 11:35
| 今週の1冊、又は2・3冊
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