動かぬ証拠
2025年 01月 08日
憂鬱だ。
あんなに先生を褒めたのに、治療用義歯がまた欠けてしまった。
きのう本来の治療のために行って、かなり苦心して直したのに、帰宅したらまだ何も食べないうちにかけてしまったのだ。
食事に不都合はないけれど、すぐに留守電に報告、さっき電話があって10日の夕方に直してもらいに行くことになった。
べつだん痛くもないけれど、そう何べんも歯医者に行くのは憂鬱だ。
まあ、考えてみれば医者、とくに歯医者に行くってのは、そもそもが憂鬱なことなのだ。
それを、ぶら歩きの「ついで」と思いなして、いろいろ見歩いたり、カフエに寄ったり、医師と話をしたりして、面白くしていたのが、僕の工夫ってわけだ。
でもあんまりしょっちゅうだと面白さはなくなるし、だいたい金がかかってしょうがない。
一割負担で660円、三割にあげられたらお手上げだ。

といいながら、いつものカフエに寄る。
落語も能も、まして歌舞伎も我慢して、居酒屋もやめたあとの僕の楽しみは読書、とくにうまいコーヒーを飲みながらの、とぶら歩きだけといってもよいのだから、許されよ。
だけ、じゃなかったな、ときおり開かれる親しき人たちとの集いも大いなる楽しみではあった。

「デカフエにして」というと怪訝な顔、「こないだのコーヒー、うまかったけど眠れなくなっちゃって」「ダメでしたか、早い時間だったのに」
思い返せば、早い時間というのは錯覚で、あの時も3時過ぎていたから今日とおなしなのだ。
二時間も治療や勉強会をしたことを計算に入れず、予約時間がいつもより早い一時だということに気を取られていたのだ。
デカフエでもうまくて、お替りをしたくなるほど。

「万物の黎明」を少し読む。
ルイジアナ州にある、ポヴァティ・ポイントで見ることができる、前1600年頃にネイティブ・アメリカンによって建造された巨大な土塁の跡、それはミシシッピ川下流域の古代文明の証拠であり、その達成の規模を証言するものなのだ。
200ヘクタールを超える祭祀空間の広さは、ユーラシア大陸の最初の都市(ウルクやハラッパ―)の全体規模に匹敵する。
鳥瞰すると、巨大な円形劇場のようにもみえて、いかにも大いなる農耕文明にふさわしい群衆と権力の場にみえるが、これを作ったのはミシシッピ川下流域の豊富な野生資源を利用する狩猟民、漁撈民、採集民であった。
この地域の狩猟採集民が公共建築を作ったのは、前3500年頃、ユーラシア大陸で都市が出現した同時期に遡ることができる。
「石なき地における石器時代の遺跡」といわれるように、膨大な量の石器、石製武器、容器、貴石、さらに自然銅やフリント、水晶などの鉱石が見つかり、それらは様々な色合いで装飾されていた。
これらの物資は交易によるものではない、ここには輸出した商品のようなものの証跡はないのだ。
ポヴァティ・ポイントの最大の資産は無形物、たとえば神聖なる幾何学の表現、暦や天文に連動した知識、儀礼や、歌、ダンスなどの知的財産だったと考えられる。
ミシシッピ川流域とそれをかなり超えたいくつかの場所に、同時代の小さな遺跡があるが、それらのマウンドや尾根のさまざまな構成は、顕著なまでに均一の幾何学的原理にしたがっている。
この時代の人々が共有していたとおぼしき標準的測定単位と比率を基礎とし、土台となる算術法は、正三角形の変換特性を基礎とし、紐や糸を使って計算、それを巨大な土塁の設計にまで拡大していたらしい。
浅学な僕は本書で、この遺跡のことをはじめて知ったが、それも無理はない。
世界中の考古学者たちがあまり触れてこなかったからだ。
なぜか?
それは、ポヴァティ・ポイントが、アメリカの先史時代のアーケイック期(古期)に位置づけられるからだ。
前8000年頃から前1000年頃までの7000年という長大な期間をひとまとめにして、先住民の歴史をカバーするネーミング(時系列的侮辱、と筆者はいう)にみられるように、「この時代じゃなくて、そのあとに重要なことが起こるんだよ」という通説を覆す証拠がでてきては困ってしまう、からだ。
僕も見に行ったことがある青森の三内丸山遺跡、スウェ―デンとフインランドに挟まれたボスニワ湾の「巨人の教会」、中央ウラル山脈のシギルスコエ湖畔の「シギルの偶像」、カレリアやスカンジナビア南部の琥珀色に染色された埋蔵品に窺われる中石器時代の礼儀作法の一端、ストーンヘンジの遺跡が穀物栽培が放棄され家畜の飼育とともにヘーゼルナッツの採集がふたたび優位となった時代と見られること、、いまではほとんど世界中で証拠のあらわれている狩猟採集民のモニュメント現象。
その背後にある政治システムについては、まだほとんどわかっていない。
そこで繰り出される奇妙な知的アクロバットのいくつか、それが今日僕が読む所に書いてあるはずだ。

レジで勘定しようとしたら、マスターが、僕の履いていたジーンズはどこで手に入れたかを尋ねた。
20年以上前に都立大学のセレクトショップで買ったのだが、だぶだぶで裾も長いので、棄てようかと迷っていたら、さいきんまたこういうのがちらほら目につくので穿いていると答える。
認められたようで嬉しい。
恵みの雨のあとは、カラッと晴れて洗濯をしないのがモッタイナイような日差しがリビング一杯に降り注いでいる。
せめて、と掛布団を部屋に干して、僕は日陰の寒い部屋でブログを書いている。

(きょうも徳島茜庵、「阿波ういろ」、もっちりして食べ応えがある)
あんなに先生を褒めたのに、治療用義歯がまた欠けてしまった。
きのう本来の治療のために行って、かなり苦心して直したのに、帰宅したらまだ何も食べないうちにかけてしまったのだ。
食事に不都合はないけれど、すぐに留守電に報告、さっき電話があって10日の夕方に直してもらいに行くことになった。
べつだん痛くもないけれど、そう何べんも歯医者に行くのは憂鬱だ。
まあ、考えてみれば医者、とくに歯医者に行くってのは、そもそもが憂鬱なことなのだ。
それを、ぶら歩きの「ついで」と思いなして、いろいろ見歩いたり、カフエに寄ったり、医師と話をしたりして、面白くしていたのが、僕の工夫ってわけだ。
でもあんまりしょっちゅうだと面白さはなくなるし、だいたい金がかかってしょうがない。
一割負担で660円、三割にあげられたらお手上げだ。

といいながら、いつものカフエに寄る。
落語も能も、まして歌舞伎も我慢して、居酒屋もやめたあとの僕の楽しみは読書、とくにうまいコーヒーを飲みながらの、とぶら歩きだけといってもよいのだから、許されよ。
だけ、じゃなかったな、ときおり開かれる親しき人たちとの集いも大いなる楽しみではあった。

「デカフエにして」というと怪訝な顔、「こないだのコーヒー、うまかったけど眠れなくなっちゃって」「ダメでしたか、早い時間だったのに」
思い返せば、早い時間というのは錯覚で、あの時も3時過ぎていたから今日とおなしなのだ。
二時間も治療や勉強会をしたことを計算に入れず、予約時間がいつもより早い一時だということに気を取られていたのだ。
デカフエでもうまくて、お替りをしたくなるほど。

「万物の黎明」を少し読む。
ルイジアナ州にある、ポヴァティ・ポイントで見ることができる、前1600年頃にネイティブ・アメリカンによって建造された巨大な土塁の跡、それはミシシッピ川下流域の古代文明の証拠であり、その達成の規模を証言するものなのだ。
200ヘクタールを超える祭祀空間の広さは、ユーラシア大陸の最初の都市(ウルクやハラッパ―)の全体規模に匹敵する。
鳥瞰すると、巨大な円形劇場のようにもみえて、いかにも大いなる農耕文明にふさわしい群衆と権力の場にみえるが、これを作ったのはミシシッピ川下流域の豊富な野生資源を利用する狩猟民、漁撈民、採集民であった。
この地域の狩猟採集民が公共建築を作ったのは、前3500年頃、ユーラシア大陸で都市が出現した同時期に遡ることができる。
「石なき地における石器時代の遺跡」といわれるように、膨大な量の石器、石製武器、容器、貴石、さらに自然銅やフリント、水晶などの鉱石が見つかり、それらは様々な色合いで装飾されていた。
これらの物資は交易によるものではない、ここには輸出した商品のようなものの証跡はないのだ。
ポヴァティ・ポイントの最大の資産は無形物、たとえば神聖なる幾何学の表現、暦や天文に連動した知識、儀礼や、歌、ダンスなどの知的財産だったと考えられる。
ミシシッピ川流域とそれをかなり超えたいくつかの場所に、同時代の小さな遺跡があるが、それらのマウンドや尾根のさまざまな構成は、顕著なまでに均一の幾何学的原理にしたがっている。
この時代の人々が共有していたとおぼしき標準的測定単位と比率を基礎とし、土台となる算術法は、正三角形の変換特性を基礎とし、紐や糸を使って計算、それを巨大な土塁の設計にまで拡大していたらしい。
浅学な僕は本書で、この遺跡のことをはじめて知ったが、それも無理はない。
世界中の考古学者たちがあまり触れてこなかったからだ。
なぜか?
それは、ポヴァティ・ポイントが、アメリカの先史時代のアーケイック期(古期)に位置づけられるからだ。
前8000年頃から前1000年頃までの7000年という長大な期間をひとまとめにして、先住民の歴史をカバーするネーミング(時系列的侮辱、と筆者はいう)にみられるように、「この時代じゃなくて、そのあとに重要なことが起こるんだよ」という通説を覆す証拠がでてきては困ってしまう、からだ。
僕も見に行ったことがある青森の三内丸山遺跡、スウェ―デンとフインランドに挟まれたボスニワ湾の「巨人の教会」、中央ウラル山脈のシギルスコエ湖畔の「シギルの偶像」、カレリアやスカンジナビア南部の琥珀色に染色された埋蔵品に窺われる中石器時代の礼儀作法の一端、ストーンヘンジの遺跡が穀物栽培が放棄され家畜の飼育とともにヘーゼルナッツの採集がふたたび優位となった時代と見られること、、いまではほとんど世界中で証拠のあらわれている狩猟採集民のモニュメント現象。
その背後にある政治システムについては、まだほとんどわかっていない。
わかっているのは、これがアメリカ、日本、ヨーロッパ、そしておそらくそれ以外のほとんどの地域での社会進化に関する議論の性質を変えてしまうであろうことだ。学者や専門の研究家が、これらの証拠の意味を無視し続けるには、かなりの努力が必要となる。
そこで繰り出される奇妙な知的アクロバットのいくつか、それが今日僕が読む所に書いてあるはずだ。

レジで勘定しようとしたら、マスターが、僕の履いていたジーンズはどこで手に入れたかを尋ねた。
20年以上前に都立大学のセレクトショップで買ったのだが、だぶだぶで裾も長いので、棄てようかと迷っていたら、さいきんまたこういうのがちらほら目につくので穿いていると答える。
認められたようで嬉しい。
恵みの雨のあとは、カラッと晴れて洗濯をしないのがモッタイナイような日差しがリビング一杯に降り注いでいる。
せめて、と掛布団を部屋に干して、僕は日陰の寒い部屋でブログを書いている。

私も陽のあたらない寒い部屋でブログを書いています。
夏は猛烈に暑いのに。
歯医者さん憂鬱ですね。
いったいどうしたことでしょう?
それからコーヒー。3時過ぎたら少し控えたほうが睡眠にはいいのかも。
私も3時過ぎてコーヒー飲むと、眠剤呑んでも眠れません。
無責任なドクターや知人は、「寝なくったって死にはしないわよ。」と
無責任なことを言いますが、直接の死因にはならなくても、注意力が
散漫になり事故や事件に逢いやすくなります。
私が今読んでいるのは、ドクターヘリオットが書いた「愛犬物語」上下2巻。
個性豊かな犬と飼い主の物語。
手術の後は、こんな本がいいのかもしれません。
夏は猛烈に暑いのに。
歯医者さん憂鬱ですね。
いったいどうしたことでしょう?
それからコーヒー。3時過ぎたら少し控えたほうが睡眠にはいいのかも。
私も3時過ぎてコーヒー飲むと、眠剤呑んでも眠れません。
無責任なドクターや知人は、「寝なくったって死にはしないわよ。」と
無責任なことを言いますが、直接の死因にはならなくても、注意力が
散漫になり事故や事件に逢いやすくなります。
私が今読んでいるのは、ドクターヘリオットが書いた「愛犬物語」上下2巻。
個性豊かな犬と飼い主の物語。
手術の後は、こんな本がいいのかもしれません。
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私の場合、アルバイト始めて2割負担から3割負担になっての歯医者通院はホントに憂鬱です由。
> unjakuさん、歯がかけるのは、治療用の仮歯だからやむを得ない面もあるのかも。
やっぱり三時過ぎのコーヒーはNGですか、高齢者は睡眠時間をしっかり確保しろと言いますから、気をつけましょう。
寝が足りない朝はテキメンに血圧が上がり、コントロールしがたい不機嫌に往生します。
私が読んでいる本は知らなかったことを教えられてワクワクしますが、逆説や長い文章に独特のクセがあつてちよつと読みにくいところもあります。たまに読みやすいエンタメを読みたくなりますが実際に読んでみたら、つまらないと思うのです。
やっぱり三時過ぎのコーヒーはNGですか、高齢者は睡眠時間をしっかり確保しろと言いますから、気をつけましょう。
寝が足りない朝はテキメンに血圧が上がり、コントロールしがたい不機嫌に往生します。
私が読んでいる本は知らなかったことを教えられてワクワクしますが、逆説や長い文章に独特のクセがあつてちよつと読みにくいところもあります。たまに読みやすいエンタメを読みたくなりますが実際に読んでみたら、つまらないと思うのです。
動かぬ証拠とは!こういう展開だったのですね(^^)。鬱陶しい気持ちわかります。歯医者はなるべく短期間で済ませたい…ものです。

ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
> shisouanさん、高速道路が地下化された東京、見たことはあるはずですが、、都電は良く利用しましたよ。
by saheizi-inokori
| 2025-01-08 12:28
| 今週の1冊、又は2・3冊
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