朝飯前のワクチン

イヤフォンで懐かしい映画音楽を聞きながら散歩したら、なんだか映画の登場人物になつたような気がした。

見慣れた街が知らない街のように見えてくる。

親子だろうか、スタスタと僕を追い越していった僧服の二人。

道を曲がって線路沿いをしばらく行くと、あれ、向こうから歩いてきた。

子供の方が、お父さんを置いて先に歩いてきたかと思つたら、線路沿いの柵に一人で佇んでいた幼い坊やに近づいていく。

僕の方を見て、なにかを訴える。

近づいて聞き直すと、坊やのお母さんが怒って先に行ってしまったけれど、保育園（児）だから、一人では家に帰れないと、僕に言うのだ。

坊やに尋ねると、お母さんはあそこにいる、と五十メートルほど先にいる人を指す。

じやあ、一緒にいこうと、手をつないで歩き始めると、ちやんと歩いて、五六歩いくと、手をふりほどく。

よし！一人でいけるね、いい子だね、という。

小さい坊さんも二三歩追いかけて、あとは見守る。

坊やの後ろ姿に、えらいぞ、がんばれ！と声をかけた。

一人になつて、つらつら考えてみたら、あのお父さん坊さんは、息子が坊やにどうするかを、考えさせ、その行動を見守っていたのではないか、それなら余計なおせっかいをしてしまつたのかも知れない。

それにしても、手を握ったときの、かわいらしい感触は、気持が良かったな。

（玉川神社 子落とし獅子 坊さん二人に会う前に参拝したのだ）

けさは突然思いついて、近所のクリニックでインフルエンザのワクチンをうってきた。
仲良し（僕が勝手にそう思っている）女医さんと、冗談を言いながらチクン。
会計２５００円、ちょうど千円札２枚と百円玉が五つあったので、お皿に出したら、だいぶ前に電話で検査結果を知らせた時の料金８０円が未払いだという。
財布には一万円札しかないので、焦ったが、コイン入れの方にジャスト１０円玉３っつと５０円玉一つがあって、滑り込みセーフ。
一枚足りないってことはよくあるけれど、千円札、百円玉、五十円玉、十円玉のすべてがジャスト足りたということは記憶にない。
パチンコで大穴を当てたような気分、、でも財布は軽くなった。


全盲の白鳥さん語録

ええ！？湖と原っぱって全然違うものじゃないのって。それまで”見えるひと”はなんでもすべてがちゃんと見えているって思っていたんだけど、”見えるひと”も実はそんなにちゃんと見えてはいないんだ！と気がついて。そうしたら、色々なことがとても気楽になった。

後期印象派の絵を観た晴眼者の一人が原っぱを湖と思い込んでいたことが、判明したときの反応だ。
白鳥さんは「見えないひと」と「見えるひと」の境界線を飛び越えて、楽になり、心地良い場所を見つけることができた。
そのことを問われて、

うん、確かに。知らない世界に行くときってちょっと怖い。でも、その怖さとワクワクはセットなんだ。そう考えると、不確かさがないところにワクワクはないのかな。確かな世界にずっといたら、居心地はよくても人生としてはおもしろくないのかもねえ。

猪苗代の「はじまりの美術館」（障害があるひとの作品を中心に展示する美術館）に行っての帰りの車の中で、

俺さあ、思ったんだけどさ、障害ってさあ、社会の関わりの中で生れるんだよね。本人にとっては障害があるかなんて関係ないんだよ。研究者や行政が『障害者』を作り上げるだけなんだよね。

研究者や行政だけではなくて、僕たち「健常者」もだと思うけど。

白鳥一行の後をついて、ずいぶんいろんな図書館に行き、そのつど、目から鱗がたくさん剝がれた。
あと二カ所か三か所、まだついて行くぞ、邪魔にしないでね。