上げ膳据膳

きのうは、NY会夏の巻、二十年前にNY研修一週間をともにした何組かのうちこの会だけが延々と続いている。
その秘密の一つは、万年幹事をしてくれる人の存在、Оちゃんは年に三度、ときには旅行も含めて、適当な頃合いを見計らってアプリで都合を聞いてくれる。
アプリのない頃は、この指止まれ!で、最小催行人数二人で決行、その絶妙なアバウトさがいいのだ。

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(会場が八重洲だったので、現役時代の通勤コースで東京駅に行き、その変貌ぶりに驚くとともに一抹の寂寥も感じた。
写真真ん中右の槇町ビルにオフィスがあった。
今はどこに移ったのかも知らない)

僕が鉄道会館にいた頃、新卒採用し、すぐにNY研修にも行ったОちゃん、その後別の大きなショッピングセンターに転じてずっとがんばっている。
だから会場選びにもそつがない。

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(飲み放題、僕は「冩楽」を四ハイ)

前の台風を警戒して延期したので、参加は4人と減ったけれど、その分親密に3時間ほど話ができた。

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それぞれ違う会社にいる3人が職場のパワハラ、セクハラについて語り、部長のМ君はパワハラと言われることを恐れずに厳しい叱責もしている、と言えば、怒りと叱るのは違うからと頷くОちゃん。

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コロナ以来、当たり前のようになっている在宅勤務の功罪やサーベイ、部下が部長を評価するシステムのことなども、僕には別世界の話のように聞こえた。
部下にプレゼントしたり、言うべきことを言わなくなる部長が増えないか?と尋ねると、そんな見え透いたことをやるとかえって評価が下がるという。
要は私たちをちやんと見て仕事をさせてくれることが大事なの、、
かつての佐平次さんのように、と思わぬところでお世辞も忘れない。

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しかし、当時の僕が部下たちからサーベイされたら、批判的な人も多かったと思う。
旧態依然、茹でカエルのままでいようとする人たちは、僕のやることをコンチクショウと思っていた、それは覚悟しながら改革していた。

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デザートも食べて次回は早めの忘年会かなと再会を約す。
外は秋の気配、先日買ったジャケットを初はおり。

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(始まる前に懐かしい丸善にも寄って、一冊小難しそうな本を買った)

祖母の歌。
たはやすく涙はいづれほがらかに笑ふはかたし我老ひにけり
涙もでなくなっちゃおしまいだけど、たしかにしかめっ面が多くなったな、僕も。
一茶のおじさんの「梟よ面癖直せ春の雨」の教えは忘れないようにしているつもりでも。

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母の句。
女には上げ膳据膳菊の宿
そんなことを云いながら、旅行から帰って来ると「あ~あ、我が家が一番」とつぶやいてお茶を飲んでいた。
男の僕でも、家事一切を忘れて、のんびり温泉につかっていたい。
むかしのように、あれ食いたいこれ食いたいはもうないな。

Commented by tona at 2024-08-28 07:56 x
叱ると怒る、区別があるのに、子育中ずっと「怒」…怒鳴るで通したような。
殆ど母に育ててもらったので弊害が現れなかったのが幸いでした。
ニューヨーク会いいですね。男性の方がそういう会にはどんどん夜でも出かけて行けますね。
Commented by saheizi-inokori at 2024-08-28 10:25
> tonaさん、やられている側は敏感に違いがわかるのですね。
NY会、年代も会社も違う男女4人で話が盛り上がるのが愉しかったです。
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by saheizi-inokori | 2024-08-27 11:45 | わが母と祖母の遺したまいしうた | Trackback | Comments(2)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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